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その日、友達と言えない同期が死んだ。その日以来、そいつと距離が縮まった。  作者: 網野ホウ


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百か日 その2

 場所を移動し、お斎の時間が始まった。

 和気あいあいとした雰囲気だが、俺の隣で浮いている美香は、やはり何となく怯えた感じ。

 池田も他の同期と歓談しているようだが、席か遠いからその話の中身までは聞こえない。

 さっきまでの睨んでた目つきは忘れたかのようだ。

 が、しかし。


「……お疲れ様。あら? 磯田君はお酒飲まないの?」

「誰が亡くなったとかって連絡が、いつ入るか分かんないから」

「そうなんだ。成績の良し悪しじゃ、人格とか心構えとかまでは分からないものね」


 同期同士での話題で盛り上がって、そして落ち着いたころに池田が俺の席までやってきた。


「あ、ウーロン茶飲んでたのね。はい、どうぞ」

「あ、どうも……」

「他の同期の人は注ぎに来ないのね」

「来る方が珍しいだろ。俺と同級になった奴は一人もいないみたいだし」

「そっか。それにしても……美香ちゃんは残念だったわね」

「まぁ……人の死ってのは、時や所を選ばずにやってくるからな。俺も例外じゃない。ここから帰ろうとした途端に、コロッと倒れるかもしれない。が、一々そんなことを恐れてたら、何もできゃしないけど」


 注いだ後の茶の瓶を持ったまま、池田はじっとこっちを見てた。


「どうした?」

「何か、お坊さんらしい事言うなぁ、って感心してた」

「俺も、何か坊さんらしい事言っちまったなぁ、って思った」

「何それ」


 睨んでたことなんか覚えてないような、明るい顔で笑っている。


「それにしても久しぶりね。さっきも言ったけど、立派な跡継ぎ、してるじゃない」


 厳密にいえば、まだ後は継いでない。


「住職健在だよ。まだ下働きって感じだ」

「そんなことなかったよ。……でもこんな風に声をかけるなんて、学生時代じゃ考えられなかったわね」

「こっちは、美香さんが同級生だったってことも覚えてなかった」

「え?! そうなの?!」


 池田の驚く声は、やや声が大きかった。

 何人かがこっちを見たが、またすぐにそれぞれの会話に戻る。


「驚きすぎ。友達いなかったからな」

「だって、何か、仲よさげだったから……」


 仲がいい?

 何言ってんだ?


「学生時代、異性と積極的に会話したことは全くなかったぞ? したとしても挨拶程度だ。……あ、池田からは服装とか、よく注意されたけどな」

「あ、あはは。あんときは、磯田君の格好ひどかったもん。ワイシャツ、ズボンの中に入れるか出すかどっちかにしてほしかったし、ズボンの窓も半開きなことも多かったし」

「で、異性で一番多く言葉を交わしたのも……多分池田じゃないかな? あのやり取りは会話と呼べるもんじゃないしな」

「えーっとね、昔話じゃなくてね……」


 やばい。

 やはり話題は美香か?


「あたしね……親しい人にはほとんど話してないんだけど……見えるのよ」

「見える? 何が? あ……」


 ズボンの窓が半開きって話は、池田から出た。

 お茶らけてみる。


「……磯田君、そこじゃないから。それと、ちょっと真面目な話だから」

「お、おう?」


 両手で股間を抑えただけなのに、なんでそんな怖い顔をされるのか。


「……磯田君、あなた……美香ちゃんのこと、見えてるでしょ?」


 単刀直入かよ。


「あー……美香、さんのことは、成仏してもらわなきゃ困るんだが……。葬儀が終わってもそこらにいるってんなら、俺の仕事の信用問題になるんだが」


 厳密にいえば親父か。

 葬儀の導師は親父が務めたから。


「あのね、あたし、今……普通に就職はしてるんだけど、その仕事の時間外で……霊能力がどうのってのをやってるの」

「……僧職の前でそう言うこと言うか」

「いや、ライバルとか商売敵とか、そういう次元の話じゃないから。ていうか、この手の話、磯田君は信じる? 霊魂とか幽霊とか」


 興味はある話。

 よその世界の物語を聞いてるような意味でな。


「あるんだろうな、とは思う。が、我が身に降りかかることとは思えん。霊感ゼロなんでな」


 これは事実。

 つか、美香以外の霊は見たことがないから、あながち間違いじゃない、はずだ。


「えっとね……時々磯田君の方を見てるのよね」

「まじか。どこにいるんだ? 肩の辺りにいる?」


 と、小芝居をかましてみる。

 知らないふりをして、こいつの目的が分かるまで様子見した方がいいか、ってな。


「ううん。磯田君の向こう側。あたしと反対側の所にいるよ。白装束っていうの? あんな格好で、テーブルの上に座ってる」


 正解。

 見えてるのか。

 でも話し声は聞こえない、と。


「葬式しても成仏できてない……。うちって、池田さんから信頼損ねてる状況?」


 俺には美香さんしか見えないが、池田は他の霊も見えるんだろうか?

 他のお檀家さんの霊が見えてたら……葬式あげても成仏させられない寺、なんて言われるんだろうか?

 転職考えた方がいいかな……?

 つっても、今更、なりたい職業なんて思いつきゃしない。

 いろいろ手遅れだな。


「お葬式って、亡くなった本人より、生きている遺された人たちのためにも必要だと思うから、そこまで卑下しなくてもいいけど……」

「とりあえず、俺には見えない。で、美香さんはどうなればいいんだ?」

「まぁ……祓って成仏させてあげるよりほかないんだろうけど」


 やっぱりそうきたか。

 でも、極楽浄土に往生するのか最適だと思うんだよな。


「とは言われても、俺には全く姿は見えないし、もしそうだとしても体に何の異変も感じないから……」

「でもほっとくと、悪霊になってしまうことがあるから、早いうちに対処しないと」


 おいおい。

 物騒だな。


「何で悪霊になるんだ? そっち方面の話は全く知識はないから、説明してもらわんと理解できんのだが」

「……声をかけても返事してくれない。触ろうとしても透過してしまう。自分はここにいるのに誰も相手してくれない、となったら、どんな風に感じると思う?」

「生きてる人間だったら、無視とかされたら……卑屈になるか? いじけたりとか……」

「そう。それが悪霊に変わる原因になるの」


 美香の声を聞こうとしてたら、自然と睨んだ顔になってた、ということか。

 ……無視したことは一度もないんですがその件についてはどうなんですかね?


「この世に留まってる原因は、心残りがあるとか未練があるとか、なのよね。あたし、美香ちゃんにずっと語り掛けてたんだけど無反応だったから、こういう装飾品の力を借りて浄化してあげようと思ってるんだけど」


 俺の妄想がほぼ当たってた。

 さぁどうしようか。


「……何かをしたい、みたいな目的があってこの世に留まってるのかも、とか思ったり」

「それが分かれば苦労はしないわよね」


 さぁ困った。

 本人だって、何かをしたがってそうな感じじゃないしな。


「声とか聞こえないのか? 何かを訴えてることが分かるとか」ひょっとして、彼女、何か俺に言いたい事でもあるのか?」

「あたしのかけた声は聞こえてないみたいだし、美香ちゃんが何かを言いたそうな感じもしないのよね。磯田君やお母さんの方を見てたりするから、何か言いたいことがあるとは思うんだけど……」


 自称霊能力者ですら聞こえない声を、霊感ゼロの俺が聞き取れる。

 これだけでも、うさん臭さを感じてしまうんだが……。

 でも考えてみれば、美香が俺に話しかける時ばかりじゃなく、いつも口は閉じたままなんだよな。

 驚いた時には流石に開くけど。


「ところでさ、その事、美香さんのお母さんに話した?」

「まさか。言えるわけないでしょ。事実をそのまま伝えることが、全てにおいて正しいとは限らないわよ」


 ほう。

 そういうことは弁えてるのか。


「それに、依頼を受けたら除霊とかするけど、それを生業としてるわけじゃないから。だからいきなり『私、除霊の仕事もしてるんです』なんて言ったって、怪しまれるだけだし」

「でも俺にはそういうことをいきなり言ってきたよな?」

「美香ちゃんが頻繁に磯田君の方を見てるもの。躊躇してる場合じゃないって焦ったわよ。でも……今日で百か日よね。それだけ長い間憑りつかれて、特に健康に被害がないってのも、ちょっと安心した」


 憑りつかれてるわけじゃないんだがな。

 憑りついてるとしたら、俺にじゃなくて我が家にじゃないのか?


「で、磯田君はこれから毎月拝みに行くんだって?」

「あぁ。そういう予定になってるが……」

「そっか。するとあたしも、美香ちゃんちに行くとしたらそれに合わせないとまずいわよね」

「なんで?」

「当たり前じゃない。今回初めて顔を出したのよ? その日から毎日のようにあの家に訪問してたら、美香ちゃんのお母さん、間違いなくあたしを怪しむでしょ?」


 それもそうか。


「あたしから動くつもりでいるから、普通の依頼人から受ける依頼と違うから、料金云々なんてとるきはさらさらないんだけどね。美香ちゃんが悪霊になるのを黙って見てらんないからさ」


 ……やっぱ、正直に話した方がいいかなぁ……うーむ……。


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