腹黒女子とお人好し男子
「いらっしゃいませー」
閑静な住宅街。その一角にひっそりと佇むコンビニエンスストア。
流れ作業の様に事務的にレジ打ちをするのはまだ二十代の様に見える若い男と、青春真っ只中と言わんばかりの女子高生。
客層はジジババばかりの店だが、二人の若い従業員はこの暇を持て余した閉鎖的な空間を密かに楽しんでいた。
「いやー暇だね」
榊卓郎。23歳。軽い口調でもう一人の若い従業員に話しかけ、軽く伸びをする。
「じゃあ私バックルームで寝て良いっすか」
西住穂花。高校二年生。憎らしげな笑みを浮かべながら、軽口を叩くと榊は西住の頭を軽く叩く。
「お前が行くなら俺が行くわ、阿呆」
親しげにツッコミを入れる榊の表情は、言葉とは裏腹に少し嬉しそうに顔を綻ばせる。
「いた!酷いっすわJKの頭を叩くとか」
穂花は唇を尖らせ、キッと睨みをきかせ榊の瞳を覗く。
「先輩、じゃあじゃんけんしましょう。」
「勝った方が寝るのか?」
「違いますよ、勝った方が選択権を得るんです」
「?それは勝った方が寝るのと何が違うんだ?」
「いいから!じゃあやりますよ!」
穂花は有無を言わせず、手を拳の形に変え、じゃんけんを始める。
「さいしょーはぐー」
『じゃんけんぽん』
穂花の小さな手は手の平を見せつける様に開かれ、榊ははっきりとチョキの形で指を二本たてている。
「俺の勝ちだな」
「チッ」
「じゃあ俺は寝させて」
「あーあー、私めっちゃ頭痛いわー。これ絶対風邪引いてるわ。もうしんどい」
「お前、まさか」
「なんでしょうか?あ、先輩風邪引きかけてる女の子を放ってさっさと寝てくださいよ、あーしんど」
「なるほど、だから選択権…」
条件の意味を理解した榊はひどく頭をうな垂れ、西住の顔を覗く。
ニヤリと唇を歪ませ、楽しそうにしているが、仮にも目の前にいるのは庇護欲をそそられてしまう小さな女の子。前に良く風邪を引くと聞いていた榊は彼女の見え透いた嘘を直ぐには一蹴出来ず、うーんと頭を抱える。
「ず、ずるい」
「何がですか?」
これが、我儘なだけで可愛げもない容姿をしていたなら榊もこんなに悩む事はなかっただろう。だが、自分よりも背丈が小さく、愛らしげな容姿をしている彼女の瞳を見るとどうしても戸惑ってしまう。
「くそ!分かったよ少し休憩してこい!」
「え!いいんすか?なんか、すみませんね」
西住はそう言いながら、軽い足取りでバックルーム内に入っていく。
取り残され、一人孤独にレジ打ち業務をする榊。
「はぁ…俺って本当に甘い」
脳味噌が砂糖菓子で形成されているのではないか。
そう思って想像すると、自分の脳味噌を西住に食べられている情景が浮かび背筋がゾッとした。
「西住カニバリズム…」
「誰かカニバリズムですか!?」
気づかぬうちにバックルームから出てきて榊の後ろに立っていた西住に叫ばれる。
「食べないで!」
「食べませんよ!」
小心者でどこまでもお人好しな榊と一見清楚な小動物の様な見た目をした腹黒女子の西住。
そんなやり取りをしながら今日も清楚で腹黒な君が笑い合う。