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ようこそはじめまして

「そいやっ」


 春の陽気に包まれて風が花の甘い香りを運ぶ。小さな虫たちもこの地方の厳しい冬を越して少しずつ目覚め始める頃だ。


「ほいっ」


 カンッ、と木を打ち付ける乾いた音が響く。村外れの古びた一軒家のそばで二人の人物が薪割りに勤しんでいる。


「なあ」

「どーした弟くーん」


 声をかけた人物は姉のリァナとよく似た、茶の混じったブロンドに可愛らしい顔立ちの(ただ目付きは生意気そうな)美少年で、突き立てた斧の柄に顎をのせて、実に不満そうにもう一人の作業者…安住を見ている。


「いい加減名前覚えろ、スフナだ」

「知ってるよー」

「…ホントにムカつくなお前」


 明らかにイライラしながら安住を睨みつけるスフナ。

 昨日、姉が突然この異世界人を連れて(引きずって)来てからずっと苛立っているのだ。この女は侵略者の仲間だ、いくら姉が平気だと言っても仲良くしようなどと思えるはずがない。今朝の朝食の時も一悶着あって(自分が遅れたことが原因だが)ますます警戒を解く訳にはいかないと心に決めたのだ。


 コンッ、と小気味良い音が響く。安住は再び大きく振りかぶって斧を振り下ろす。


「お前軍人だって言ったよな」

「そーだよー、厳密には違うけどねー」

「たくさん訓練して強くなるんだよな」

「そりゃーまー、一般的にはねー」


 会話をしながらも薪割りはやめない。真面目にコツコツと作業する様は普段ののんびりとした態度からは想像しにくく、意外に働き者なのだろうかと思わせる―――思わせるのだが…。


「お前一本の薪割るのにどんだけ時間かかってんだよ!?」

「うへぇー」


 自分より年下の少年に怒られて首をすくめる安住。さっきから斧に刺さった薪を何度も台に打ち付けているのだが一向に割れる気配がない。スフナはとっくに自分の分を終わらせて安住の作業が終わるのを待っているのだ。


「だってさー薪割りなんて初めてなんだよー」

「ああ!もういい!俺がやる」


 結局スフナに薪付の斧を奪い取られ、隅に追いやられてシュンとする。薪は一発で割れた。


 今朝から安住は一宿一飯の恩義として姉弟の仕事を手伝っている…もとい邪魔をしている。

 安住の過ごしてきた22世紀の世界にこちらの世界の日常的な仕事は存在しない。水汲みだとか薪割りだとか、魚を捕ったり薬草を摘んだり。そもそも何もかも焦土と化した地球で、かつ、科学技術が全ての世界でこういったことをやる機会がある分けがなく、彼女が足手まといになるのも無理はない。もっとも、本人がどんくさいのは事実だが。


「お前結局何ならできるんだよ」

「戦争だよー」

「いや、戦争って…」


 まあ兵士なら当然か、と思いつつもこんなやつが戦場で生き残れるものかと内心呆れるスフナ。今目の前にいる女はきっと後方の安全なところに居たから今日まで生きてこれたのだろうと結論付ける。


「そうだ、お前鉄砲持ってんじゃん。鳥とか獣とか獲ってくれよ」

「あー、あたしの銃でー?」

「他にないだろ」

「だめだめー、威力強すぎて獲物が爆砕しちゃうんだよー」

「爆砕!?」


 自分の知っている鉄砲の威力と違う。たまに村に在中していた旧王国兵の鉄砲を思い浮かべ、その威力は魔法の補助がなければ普通の弓兵の射撃にも劣ると聞いたと安住に告げる。


「そりゃー前装式滑腔小銃(マスケット)と比べたらねー」


 この世界には銃がある。大砲もある。そして魔法もある。それらの中で最も戦闘に重宝されるものは魔法であり、銃砲の研究はさして行われてこなかった歴史がある。まして、統合軍がエルルトラン地方を占拠する前に存在していたヘト王国とトラン=シュパ王国は、この地域の環境的要因によって外国からの侵略もこの世界の『脅威』とも無縁のまま過ごして来たために、銃砲の技術は原始的な物でごく初期の物に留まっている。


「地球の基準で考えたら700年分の技術力の差があるんだよー」

「す、すげぇ」

「おかげさまでここに来る道中狩りができなくてねー、延々と栄養剤のお世話に…」


 嫌なことを思い出してげっそりする。一日二粒で飢え知らず、効果の優しい抗生分質も含んで感染症対策もできるアメイジングなお薬。味も食感もあるわけない錠剤を水で飲み下すだけの一週間。満腹中枢だけ刺激されて心が死んでゆく日々を思い出し何故か半笑いになる。無論、目は死んでる。


「なぁ、撃ってみてくれよ!」

「えー」

「いいだろちょっとくらい」

「弾がもったいないー」


 安住の話を聞いて興奮し目を輝かせるスフナ。厳しい環境の中で生きるため大人びいて見える少年ではあるが、やっぱり男の子である。武器の強さやかっこよさに憧れて心躍る様は年相応の子供っぽさがある。


「だめだめー、おもちゃじゃないんだよー」

「なんだよけち!」


 むくれる可愛らしい少年をなだめながら少し距離が縮まったかなと思い嬉しくなる。一方でいつも傍らにある四十四年式歩兵小銃を撫でながらこれが仕事道具であることを改めて肝に銘じる。この小銃が、少年の同胞を確実に殺すために設計された道具であるなどと口が裂けても言えない。




 銃に興味津々でまとわりついて離れないスフナのために、物理安全装置と電子ロックを厳重にして小銃を弄らせていると、家の中で作業をしていたリァナが小袋を抱えて出てきた。


「薪割りは終わった?」

「俺が全部やったよ」

「全部やってもらったよー」


 一緒に薪割りをするという話ではなかったのか…内心ツッコミを入れたくてたまらないリァナであったが、今朝からの安住の作業状況をよく知っているので言及しない。


「これから村へお薬届に行きます。あと、お買い物も少し」

「おー村に行くのー、荷物持ちするよー」


 大した荷物でもないし結構です…と断ろうとしたが、ここまでいいトコなしの安住の顔を立てる必要がありそうなので、空気を読んでお願いする。当の安住は「名誉挽回だ任せろー」と腕をぐるんぐるん回してやる気をアピールしている。…やる気が空回りして問題を起こさなければよいが、と願うばかりである。




 スフナに留守番を頼み小川のほとりの家を後にする二人。

 家を出るとすぐに轍のある道が現れる。よく整備された林の中を通るでこぼこ道だ。ピンと真っ直ぐな樹木が整然と立ち並び、日の当たり具合がしっかり計算されていて林の中は明るい。

 木々のトンネルを抜けると、林業で栄えるラタンカラン村の建物が見えてくる。姉弟が住む家がある林はこの村の所有するもので、家自体も元々は昔の作業小屋だったものらしい。

 なぜ子供だけであんな村はずれに住んでいるのか気になって聞いてみるがどうにも歯切れが悪く、とりあえず薬師の見習いみたいなもので素材が手に入りやすいから…という返答ではぐらかされる。


「…そういえば、安住さんの服って不思議ですね。はじめに見たときは灰色っぽかったのに、家に居たときは黒っぽい茶色で、今は緑のまだら模様、着替えたわけじゃないですよね」

「光順応迷彩だよー、昔の光学迷彩研究の副産物でー電子制御無しで素材の自然な反応を利用してー」

「?」

「あーえーと、ほら、”メダマトカゲ”みたい……な?」


 この世界に住むカメレオン様の生き物を例に上げて納得してもらう。実際にカメレオンスーツなどと呼ばれることもあるので間違いではない。地球上のカメレオンはとうに絶滅しているので安住にとってそれが何なのかは知る由もないが。


「魔法の服なんですね」

「科学なんだけどねー」


 少し噛み合わないが興味深そうなリァナと雑談をしながら暫く歩くと村に到着する。

 村と言うには少し大きく人通りがそこそこ多いラタンカランは、伝統的な木材と天然の石を組み合わせた家々が立ち並び、あちこちでギコギコと木材を加工する音が聞こえてくる。

 昔はトラン=シュパ王国の旧王家に木材を散々安く買い叩かれ貧困で苦しんでいたようだが、統合軍の占領後は適正な価格での取引と需要の拡大により今日のような活気ある村へと成長したのだ。


「お薬を先に届けてきます。お買い物はその後で」

「りょーかい、戻ってくるまでぶらぶらしてるよー」

「…あの、知らない人について行っちゃだめですよ? 人のものを勝手に触ったりとかも危ないですからね? 道に迷ったら衛兵さんを探して―――」

「心外なんですけどー!? あたしそんな子供じゃないよー!?」


 リァナからあんまりな心配のされ方をしてショックを受ける安住。当のリァナも正直安住を一人にすることが不安なのでやっぱり一緒に行動しないかと誘ってくる始末なのであった。




 リァナから厳重注意を受けつつ集合場所を決めて単独行動を許してもらった安住。

 調べたいことがあって村の中を探索していると村人達から不審な目で見られる。この地域の伝統衣装でも中央の人間の格好でもない、異世界の奇異な軍服を身にまとう人間など安住以外に居ないのだから当然といえばそうなのだが―――


(なーんか敵意を感じるよねー)


 目線が合いそうになると身を隠す人、ヒソヒソと何かを話し合いこちらを睨みつけている人、村人全員とは言わないが明らかに様子がおかしい。目的地までの道を訪ねたいが声をかけようとすると避けられてしまう。


(もしかしてここの再開発支援した部隊が何か悪さしたのかなー)


 リァナが日本語を使ったことやラタンカランという名前から記憶を照合するに、ここには統合軍…特に日本軍が中心となってインフラ整備や経済教育支援を行っていたと推測する。


 旧王家が支配していた時代では中央と地方の経済的文化的格差があまりにもひどかったために、これらを是正し人類統合軍による新たな支配構造である『エルルトラン共和国』の治世を広める働きがあった。しかし、突然やってきた異世界の侵略者に自分たちの平穏を破壊され「我々が新たな支配者だ」と言われてすぐに納得できる訳がなく、最初期には住民との小競り合いも幾らかあったという。加えて、厳命が下されているにもかかわらず住民に対し乱暴を働く兵士も居たために、占領から16年たった今でも統合軍に対し反抗的な地域が残っている。


(石とか投げられませんよーに)


 一抹の不安を抱えながら、安住は村の中心へと向かっていく。

 村の外輪部は経済的発展に伴い新しく建てられた商店や製材所がやや乱雑に並ぶが、中心に行くに従いきっちりと区分けされた住宅街が現れる。歩道がむき出しの地面ではなく都市部と同じ石畳になっており、景観にあったデザインの街灯(ソーラー式電灯)が均一の感覚で置かれている。他にも病院や学校、教会など辺境の村には贅沢な文化水準の施設が立ち並び、さながら貴族の治める街といった風情がある。


(そろそろ見えるかなー、自力で行けたねー)


 住宅街の中央には太い道が通っている。馬車が通るための道でもあるが、この村の中は馬車を使う必要があるほど広いわけではない。これは自動車のためのものだ。これを辿れば目的地にたどり着くはず、そう考えて意気揚々と歩みを進める。そして―――


「おい貴様ここで何をしている!」


―――衛兵に捕まった。




「住民から不審者の目撃情報が相次いでいたが、やはり()()()()()()だったか」


 衛兵に手を縛られて駐屯所に押し込まれ、小銃を取り上げられて怖そうなおじさん達に囲まれる安住。彼らは統合軍指揮下の旧王国兵士たちのはずだ。

 威嚇されている中で()()付けで呼ばれるものだからニヤけてしまいさらに睨まれる。


「ここで日本語教えた人絶対わざとだよねー」


 空気を読まずにおどけて見せつつ、駐屯所の中を見渡す。

 石造りのがっしりした建物の中には兵士が寝泊まりするスペースや留置所、簡易的な事務スペースもあり警察的機関としての機能が凝縮されている。壁際には非番の衛兵の分か、大量の剣や槍が据えてあり、また、少量の鉄砲も準備されている。村の規模が大きいので駐在する兵士の数もそこそこいて、巡回に向かうものは軽装の鎧を身に着け、当番でないものは鎧下のチュニック姿で剣の手入れやらカードゲームに勤しんでいる。

 

「ところでーあたし何で捕まったのかなー、何も悪い事してないんだけどー」

「表の旗を見ただろう。そういうことだ」


 たくさんいるおじさんの中で一際ガタイがよく偉そうな人物が答える。小脇に抱えている兜は他の衛兵のものより装飾が派手なのでひと目で指揮官クラスの人物と分かる。


「見たけどさー、いやーひどくない?」


 駐屯所の建物には普段、国の威信を示すように国旗が掲げられている。安住が知る現在のエルルトラン共和国ならば当然、エルルトラン共和国の国旗、人類統合軍の軍旗、加えて日本軍の影響下なら日の丸、この三つが掲げられていて然るべきなのである。だが現実は―――


「お前たち統合軍が壊滅したことにより、エルルトラン共和国は滅んだ。ここはトラン=シュパ王国だ」


 表の旗は旧王家のもの。つまり、状況が統治前に戻っているので自分は敵の領地内でのんきにお散歩していたことになる。なぜこうなっているのか理由は痛いほどよくわかっている。なんせ軍の総司令部が『あれ』に綺麗サッパリ消し飛ばされるのをこの目で見てきたのだから。


「情報が早いんだねー、まだ二週間立ってないと思うけどなー」

「お前たちが整備した道路と自動車のおかげだ」

「こうもあっさり掌返しされるとショックなんだけど―」

「我々も世話になった身だ、こんな事になって残念に思うよ」


 残念に思う、と言う割には別段悲しそうな素振りも見せず肩をすくめる指揮官。統合軍はこの地方の発展のために尽力してきたが、この地方の住民たちと心を通わせるには至らなかったようだ。…もっとも、統合軍もとい地球人類にとって必要なことは異世界との交流ではなく、いかに資源と土地を手に入れるかという問題なので、信頼関係を構築できるほどの丁寧な付き合い方が出来ていたかは甚だ疑問であるが。


 指揮官の肩越しに見える事務机に若い兵士が座っていて、通信機で何やら話をしている。鎧甲冑に近代的な道具というミスマッチな光景に何とも言えない趣を感じる安住だが、一体どこに報告を上げているのかが死活問題なのである。


「つかぬ事聞くけどさー、今この国の、おじさん達の一番偉い人はどちら様かなー」

「…我らは王家に忠誠を誓う兵士だ。これまでもこれからも仰ぐ王は唯一人、アゼイラー四世様だ」


 安住の緊張感のない砕けた物言いに若干イラつきながら答える指揮官。だが安住は構わずに続ける。


「その王様確か国外逃亡したはずなんだけどー」

「逃げたのではない!来るべき反抗の時を―――」

「そーいうのいいから」

「なんだとっ」


 安住の言いぐさに忠義を重んじる兵士たちは黙っていられない。指揮官だけでなく休憩していた他の衛兵まで集まってくる。失言をした…という認識はあるが、知るべきことが先にある。


「旗がトラン=シュパ王国のものなのはただの意地でしょー、いま首都を占拠しているのも代理統治者を宣言しているのも猟兵団のはずだよー」

「はっ、猟兵団だと」


 色めき立っていた衛兵たちから今度は嘲笑が漏れる。一方指揮官の方はと言うと苦々しいと言った顔をしている。


「そうだ、今我らの都は外界の賊徒共に牛耳られている。貴様ら異界の侵略者がやっていたようにな……。だが!我らは屈したわけではない!今は奴らのいいように使われてやろう、奴らが我々を支配したのだと思い上がらせるのだ!そして!今一度王が舞い戻られる時!その時こそ悲願は―――」

「ふーん」


 勝手に熱くなっているむさ苦しいおっさんたちを尻目に安住は考え込む。


―――やいのやいのうるさいが、要するにこの人達は今猟兵団に従っている。先程の通信も自分の身柄を確保したことを伝えるものか。猟兵団は残党狩りを続けているはずなので居場所がばれるのはたいへん不味い…………さっき指揮官が自動車と言ったか、やはりここにはあるか、どうにか奪取せねば―――


 思考を中断して目線を上げると衛兵たちはまだ盛り上がっている。王国は不滅であり自分たちの安寧を汚すものは許さない、必ずや裁きが下るだろうと。


「…………君たち本当に馬鹿なんだねー」


 言うつもりの無かった本音がポロッと出てしまい場が凍りつく。もはや訂正はできないが訂正する気も起きないのでぶっちゃけることにする。


「き、貴様っ!今なんと言った!」

「馬鹿だって言ったんだよー大馬鹿野郎共」

「――――――!?」


 もはや集まっている衛兵全員が頭に血が上り、声にならない怒気がわなわなと手を震わせている。指揮官が今にも掴みかからんとする勢いで近づくと、縛られていたはずの安住の手が自由になっていることに気づく。彼女の手には折りたたみ式の小型ナイフが握られていた。


「お粗末だねー何もかもお粗末がすぎるねー」

「いつの間に………」

「女の子だからってボディーチェック遠慮したー?紳士的なのは結構だけど下手すりゃ死ぬよー?」

「そんなナイフでこの人数を相手しようと言うのか」

「ナイフじゃないよー」


 指揮官は会話をしながら安住の懐に潜り込み制圧しようと隙きを窺っていたが、彼女が一瞬で引き抜いた艶のない黒い塊を向けられて思考が止まる、そして周囲に居た茹でダコのように赤くなっていた衛兵たちの顔が青ざめていく。


「小銃は回収するのに拳銃は取り上げないってどうなのよー」

「わ、我々を殺すのか!我々はお前たちに従って散々尽くしてきた味方だったはずだろう!?」

「既に過去形なんだよねー、引き金を引くかは君たち次第だよー」

「ぐ………」

「この状況になっても君たちは武器を取ろうとしないんだねー、平和主義者だから?違うよねー、ただ臆病で怠惰なだけなんだよー。統合軍が敗退した今、旧体制の兵士を集めて猟兵団と戦えばその悲願とやらは叶うはずなのに、どうしていない王様を待っているのー?そもそも守るべき国民捨てて王様が逃げ出しているのに不滅の王国ってなーに?裁きが()()ー?()()じゃないのー?何で他人事みたいなのー?」

「だ、黙れ……」

「君たちオーロ人がこの地方に移住して百年ちょっと?ご自慢の”安寧”ってやつですっかり腑抜けちゃったねー。いざと言う時に国民を守らない軍隊ー、あまつさえ体制が変わったら反乱を起こす国民に剣を向けるー、口では勇ましいこと言っても今は新しい侵略者にヘコヘコ頭下げてるー。ねーねー忠義ってなにー」

「…」


 拳銃を向けられている恐怖もそうだが怒涛の勢いでトゲのある言葉を投げかける安住に身動きが取れなくなる衛兵たち。隙無く周囲を警戒しわずかにでも身動きを取れば拳銃を向けて牽制し、机の上にあった自分の小銃を回収する。


「長いものに巻かれることが悪いとは言わないよー、生存戦略として正しいよー………一般人ならね」

「ガキが知ったような口を…!」

「ガキ一人留めておけない大人な皆さーん?おねーさんからありがたい忠告だぞー」


 片手に拳銃、片手小銃、それぞれ集まった衛兵に向けながらジリジリ後退する。正直な話、こちらは連射火器を持っているわけではないのでここにいる全員を相手にするのは本来分が悪い。しかしながら彼らはやはり動こうとしない。安住の銃の威力をよく知っているということもあるだろうが、こんな時でさえ誰かが先に動くのを待っていたり、動いた結果大きな被害を出して責任を取らされることを恐れている。


「なんの責任感もなく兵隊ごっこで幸せに暮らせる時代は終わりましたー、ここから先は死ぬ気で生きないと死に方も選べない修羅の世界でーす。チンケなプライドにしがみついて現状を認めず敵を舐めてかかる君たちにはおあつらえ向きだねー、そして何より―――」



―――ビーッビーッビーッ


 突然部屋の中にブザーが鳴り響く。


 安住の言葉だけが支配する空間を引き裂くようにビープ音が繰り返される。発信源は事務机の通信機だ。



《緊急通信!緊急通信!》


《こちらエーフェ村監視塔 敵襲だ! 北西より中規模集団が接近! 繰り返す―――》



 突然の事にその場の全員が通信機に釘付けになる。事態が飲み込めずにキョロキョロする衛兵ばかりだが指揮官は流石にその意味を理解し、理解しているからこそその強面の表情を引きつらせている。


 安住が口を開く。入口の前に立ち逆光で浮かび上がる黒いシルエットが冷ややかに言い放つ。



「―――そして何より、『奴ら』が裁きを下すだろうねー」

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