人と神と魔神
地上ではディランたち人間が支配している。といっても、亜人や獣人などがひっそりと暮らしており、
『連合ギルド』と呼ばれる様々な種族が分け隔てなく、より平等にという思想の下で結成されたいわゆる保護機関である。
その中でもディランは、戦争の大英雄として地上では彼の名を知らないものなどいないと言われている程の有名人だ。
そんな彼にも、悩み事がたくさんある。例えば、天界との国交拡張だったり、亜人や獣人の移民リスト作成など、種族、という点においては彼が一番携わっている業務といえよう。
「お疲れ様、ディラン。はい、私特製のブレンドコーヒー。」
「ああ、ありがとう。いつも助かるよミレーユ。」
彼女はディランの妻で、ミレーユ・ザルヴァー。現在はディランの秘書を務めており、その仕事ぶりはまるで鬼神の如き凄まじさ。
ちなみにディランの本名はディラン・エクスス・ザルヴァー。ザルヴァーは彼の姓で、ミレーユは彼の家に嫁いだ。家内の関係も良好で隙あらばいっしょにお茶を飲む程に。
あの戦争からおよそ四年が過ぎた。季節は巡り、桜が咲き乱れる春。生命の誕生と、終わりを告げる季節になり始めた頃、地上では今でも戦争の跡が残っていて、未だに全てを処理出来てないでいる。
ディランは戦争を終結させた内の一人ではあるものの、代償として己の左腕を差し出し、不可侵条約及び通商条約の締結を成功させた。が、冥界の総裁であるザガンを筆頭に、バアル、パイモン、ベレト、ベリアルなどの王を含む魔神七十二柱は、地上に出て様々な方法を駆使して人間を苦しめていた時期があった。といっても、ほとんどがグランに対する処遇の改善を訴えていたので、さすがに手に負えないとばかりに彼を呼び、鎮静化させてもらった。
「我々は納得がいきません!!!貴方がこのような待遇を自ら甘んじて受け入れるなど・・・」
「前にも言ったと思うが、これは俺が自ら招いた結果だ。しばらくは王政をこなさなくてはいけなくなったがな。」
「しかし、だからといって貴方がこれ以上、人間のいいなりになられているのは、見たくはありません!!!」
そう言い放った瞬間、延髄を抜かれるような感覚を覚えた。否、覚えさせられてしまった。
それは殺気、よりももっと強いなにか。強いて言うなら破壊衝動のようなもの。
「・・・俺がいつ、人間の言いなりになったって?」
彼の瞳がギラリと魔神達を睨みつける。その目は綺麗な紫ではなく、血よりも赤い紅蓮色をしている。
感情の変化が一定を超えると、彼の瞳は両親から受け継いだ色に染まるという。紅蓮色になれば怒りや憎悪、群青色になれば悲しみや絶望を意味し、それは魔神達にとっては何者でも彼に逆らうことはできない。最強の双神の間に生まれてきた彼の強さは誰もが知っている。あの戦争を生き残っただけでなく、戦死した一人一人をきちんとした形で弔ったりも。
「誰が何と言おうと、俺のすることにいちゃもんつけてもらっては困る。それに・・・」
「「?」」
「これは、そう、俺が俺に対しての罰であり贖罪なんだ。だから、侮辱するのはよせよ。」
「「は」」
それからの魔神達は、彼に従いながらも冥界を立て直す準備を始めているのだとか。
ヴィオラ達堕天使は、もともと天界よりも冥界に興味があり、いずれは行ってみたいと思っていた。
幸か不幸か、それを叶えてくれたのは、憎き神であった。
昔と今ではかなり違う天界では、幼いころに見たあの眩い髪と、まるで宝石のような瞳を持つ少年に心を奪われた。今は憎き神ではあるが、彼に対してだけ言えば、彼はヴィオラを救ったのだ。昔は孤立無援になりかけた時、今はあの戦争で死にかけた時。その両方ともグランに救われた。
それ故に、なのかどうかはわからないが、彼に恋心を抱いてしまっていた。彼が視界に入ればすぐさま飛びつき、不埒だと突っ張って嫌がっていた色仕掛けも彼の為であるならば何でもしてしまうので、配下はともかく、他の部隊の悪魔達にまで影響を及ぼしかねないほど。
だが、そんな彼女を、グランは優しく受け止める。といっても、彼も実のところ少々呆れており、あれはどうにかならないのかと聞きこむばかり。
魔神達の中でも、傲慢≪ルシファー≫の霊装≪コード≫をもつヴィオラを次の魔神候補にするほどの実力を持ってはいるが、あの戦争の後からは性格が豹変して、彼に依存するようになっていた。
まあ、魔神達もそれぞれ変人、ならぬ変神であるため何も言えない。
ある日の朝、一体の悪魔が宮殿に向かって急いで走ってきている。仲間たちはどうしたのだろうかと声をかけようとしたがそれどころではないと一喝された。
王室へと走り、目の前の豪華な扉を蹴破るかの如くすさまじい勢いで開く。
「緊急、緊急の報告申し上げます!」
「なんだ、こちらにはまだ片付けねばならん仕事があるというのに」
「そ、それどころではないんです!人間が、人間が魔族狩りを始めたとの報告が!!!」
それを聞いた瞬間、そこにいた者たちは顔が青ざめていた。