穿つ者、貫く者
私は一体いつまで彼の後ろについて行くだけなのだろうか。
一体いつになれば彼の隣に立てるのだろうか。
そんな事を考えながら日々修練を欠かさず、弓の腕前を鍛え上げているレティシア。
矢を番え、弓に添え、弦に掛け、引き絞り、そして放つ。この一連の動作を毎日一時間こなしている。
特にこれといった事情とか理由はない。というよりかは、気づいたらすでに習慣として根付いていただけのこと。
しかし、ここのところ的の中心を射ることが少なくなっていた。
迷いがあること、自信が消失していること、様々な理由が挙げられるが、やはりグラフェルのことについてが大きかった。
シャルルから褒められ、母にも才能を見出されたこの弓術、それが彼のことを考えるだけで濁ってしまう。決して彼が悪いわけではないと思ってはいるものの、やはり心のどこかで嫉妬や憎悪に似た感情に支配されそうになる。何でもそつなくこなし、何でも見様見真似ですぐさま出来るようになってしまう彼のことを、きっと羨んだのだろう。あれほど文武両道という言葉を体現している人なぞこの世界においてそういない。
きっと妬んでいたのだろう。己の才能だけで周りからちやほやされていることに。
私はどれほど強く彼を邪険にしていたのだろう。本当はあの時も、彼が辛い目にあっていい気味だと思っていた。だが、私が考えていたよりも、彼のほうがもっと邪険にしていたという。
誰もグラフェルという一個人として見ておらず、誰も彼のその天賦の才に踊らされていることに気づかずに放置していたこと、彼は母親譲りの優しさ、いやそれ以上だったから、敵を撃つことに躊躇していた。
普通なら考えられないが、誰かを傷つけ、誰かを葬り、それでも生きなければならないという圧迫感に苛まれてしまっていたのだ。終戦後、彼はトラウマにより、床に伏せていた。額からは尋常ではないほどの汗をかいており、今にも崩れそうな心を両親が必死に介抱していたのを偶然通りがかったことがあった。
その瞬間から、私の考えは変わった。認められたいのは、褒められたいのは、苦しいのは、辛いのは彼の方だったと気付かざるを得なかった。
「私は・・・あの人に酷いことしたのに、それでも手を取ってくれるのは、情けでも、憐憫でも、何でもない。ただ、側にいてほしいというその小さな願いが、素敵だなんて・・・。私は変わったのかな、いや、元からそうだったんだろうね。この弓も、彼は何の算段もなくただありのままを称賛してくれた。この矢が、弓が、あなたに群がる敵を私が穿つ。撃って見せるわ。」
決意したことによって迷いが消えたかどうかは定かではない。が、段々的の中心を射抜くことが出来るようになってきていた。
見えない明日があろうとも、この矢がその概念を撃ち抜いてみせよう。
そう決意し、鍛錬を終え、部屋を出ようとした時、扉の前に人影が見えたので開けるのをやめた。
それが分かったのか向こうから開けてきた。人影の正体はエルシアだった。
「申し訳ないのだけど、私と一手付き合ってくださらない?」
彼女の目には明らかに戦わんとしている攻撃的な目を、その琥珀の双眸がギラつかせている。
何があってここに来たのかなど些事にすぎない。
彼から教わった眼の前の驚異にはすぐさま排除しろ、徹底抗戦の構えで自前の弓を手に取る。