近くて遠い
「母さん。俺はいつになったら、父さんみたいに、母さんみたいに、強く、優しくなれるのかな...。」
「いきなりどうしたの?あなたらしくないじゃない。」
「俺らしく...かぁ。」
俺らしく。その言葉を聞いてもいまいちピンとこないのは何故だろう?
俺らしくとは一体どういう意味なのだろうか。...考えれば考える程一向に答えが出てこない。
「最近どうしたの?だいぶ焦っているように見えるけど...。」
黙考しているとシャルルから質問が投げられた。焦っている...?あぁ、そうか。俺は多分、焦っているんだろうな。ほぼ毎日母さんと特訓しているものの、その実、自分自身の強さを測定することができるのは片手の指で数えられるほどだ。前にも何度か言われていたことだが、自分自身の強さを測れたとしても、それはあくまで推測の域を出ない、強さなど誰もが持っているものなのだから全部はわからなくて当然だ、と。
「俺は、ここ最近、あのときの光景を夢で見るようになったんだ。」
先の戦争で、俺は戦った。戦い抜いた。必死に、何度も何度も果てのない剣戟を撃ち合いながら。
早期集結を目指すために、各軍から離反したごく一部の戦士と共に、同じ神である雷神・テオを倒した。だが、それを遂行するための犠牲があまりにも多すぎた。戦える力があっても、どんなに強くても、成し遂げられるようにしなければただの木偶の坊と一緒だと。
「...そう。またあの時のことを......。もしかして、焦っているのって...。」
「そう。いま母さんが考えているので合ってるよ。...とはいっても、今から戦いたいってわけでもないし、そもそも暴力で解決するのが好きじゃないんだ。父さんからは武器と戦術を、母さんからは護身法と魔法のノウハウを教えてもらったけど、それでも俺はやっぱり傷つけるのが嫌いみたいだ。母さんと何度か手合わせして分かった。...でも」
「でも?」
「母さんも気づいているだろう?俺にはこんな性格とは反対に力がありすぎるって。」
「っ......それは...。」
分かっていた。知っていた。それでも自分の身を守るために教えてきたのだが、優しい性格とは裏腹に、
攻撃そのものに過剰なまでの才能を肌で感じざるを得なかった。正直我が子ながら恐怖を感じた。
優しさを教え、強さを磨き、それでもなお守れぬものがあると痛感している。
自分の無力さを一番に理解しているのは彼であり、どれだけの力を持っていても才能を持っていてもそれを扱うだけの心と身体が無ければそれは無に等しいと実感しているのもまた彼である。
計り知れない辛さと悲しみを経験してきた彼にとって、力とは守るためのもの、数え切れない犠牲を積み上げてきたその先に見たものは己の無力さ、非力さ。あらゆる負の積年が彼を焦燥感で覆い被せてしまった。
その結果、グラフェルは力に固執し、彼女から教えてもらった優しさがどんどん曇ってきてしまっているのが、火を見るより明らかだった。
「でも、力はただ力でしかないのよ!それはあなただってよく理解しているはずじゃない!心なくして何も救えやしないのよ!なのに、だからって力を欲するなんて、それは愚者の考えよ。思いとどまって、私達の子供なら賢いはずよ...。」
「そんなもので救えるのならとっくにやっているさ!!」
無力さを知り、悲しみを背負い、憎しみを断ち、それでもなお現実を未だに直視出来ていない彼の背中には、いくら母親といえども、まだ成人してもいない少年の背中としてはあまりにも小さすぎたのだ。どれだけ優しく諭しても、どれだけ心に投げかけても、彼には殆ど届かない。
「...ごめん。少し...落ち着かせてくる......。」
「グラン!待っ...」
止めようとしたが、扉を閉められて声を遮られてしまった。近くにいるはずなのに心の蟠りがどぷりと深くなっていくのを感じざるを得なかった。
「.........ふぅ。...母さんの言うことも正しい。正しい、けど...俺には......。」
それを成す力も、心も持てないでいることに焦燥感なのか喪失感なのか戸惑っていた。