騒ぎ
ある日の朝。静まり返ったはずの世界に突如響く轟音。
何だなんだと事の一部始終を見に来る野次馬。
目の前に広がる光景の先には、既に陥没し、小さなクレーターと化した大地と、その傍らに横たわる人影が一つ。ついでに少し奥の方にも一つ。
「一体何の騒ぎだ?おお?」
「ス...スレイさん!見てください、あれ!」
さっきまで寝ていたのだろうスレイが寝ぼけて欠伸をしながら様子を見に来た。それよりも、と轟音がした原因の方へ指をさすシャーリー。
だが、その光景に目を見晴らした途端、すぐに目を覚まさせるような驚きが脳を覚醒させた。
「な、なん、ななななな......なんじゃこりゃー!」
辺り一面自然を少し残していた仮設庭園が見るも無残な姿に変わり果てていた。
意外なことに、スレイの趣味は庭園の創作とその調整だったようで、他の人よりも驚く方向が違うのは見なかったことにしよう。
「な、何が...あったんだ......?」
「そ、それが......。」
横になっている方を見ると、グラフェルがぜぇぜぇと息を切らしていた。グラフェルが膝をつくならともかく、完全に立ち上がれないほどまでにズタボロに出来るのはこの世で手の指で数えられるぐらい少ない。
倒した方の人へちらりと視線を傾けると、シャルルが霊装を纏っているのが目に入った。
霊装同士の戦いならばあれ程までに大きい爆発音は出ない。だが、それを可能とする人物が確かに目の前にいる。そもそも、霊装とは、心象を具現化し、それを鎧に形を変えることによって初めて霊装たり得るものになるのだ。身体能力や動体視力などは格段に上昇するのだが、いくら何でもここまでの力を発揮できるのはやはり、神である彼女の力なのだろうか。
「これ、止めたほうがいいんじゃ......。」
「相手が相手だから大丈夫だろうとは思うが...。」
止めに行きたいのは山々だが、彼女から発せられる威圧に全員が背骨を抜かれるような脱力感と極度の緊張感で体が言うことを聞かないでいた。
「立ちなさい、グラン。まだ寝る時間ではないはずよ?」
「はぁ...はぁ...む、無茶言うなよ。これでも満身創痍で、今にも死にそうなんだよね。できれば、起こしてくれると助かるんだけど...。」
「全く、だらしないわね。あなたから修行したいって言ってきたのに、こんなにボロボロになるまで打合うだなんて。それこそ無茶というものよ。少しは自力を弁えなさい。でないと、命がいくつあっても足りないから。」
「ぐうの音も出ねぇ......。」
確かに修行を付けてほしいと言ったのはグラフェル自身だが、修行以上の力量を出しているのは彼女自身。どこかで認識が食い違っているのだろうが、誰もそれを指摘する余裕がなかったので、ツッコミは不在のまま、そよ風が通り抜ける。
「あぁ!?おばさま、また体を動かしてるんですか!!駄目ですよ、まだ本調子ではないというのに。」
「あら、レーちゃん。いやねぇ、これはルーちゃんに頼まれたから母親として手伝ってあげてるの。だから、そこまで心配しなくても」
「いいえ駄目です。おばさまにもしものことがあったら、おじさまに何て言うんですか!」
「そ、それは......。」
「ほら、行きますよ。まだ、やらなければならないことが山積みでしょうに。」
「分かってるわ。分かってるからお願いだから服を引っ張って引きずらないで!これ結構お高いのよ!」
「そんなもんをここに持ち出さないでください!」
「ごめんねルーちゃん。またあとでねえええぇぇぇぇぇ.........。」
霊装を解除したシャルルの服の首裏をむんずと掴んでその場を後にするように引きずっていくレティシア。引きずられながらも笑みを向けたままのシャルルを、周りにいた人たちは呆然としままその光景を見ていた。
「な、何だったんだ。一体.....。」
「さ、さぁ......。」
ひとまず、その話題は置いといて、皆はグラフェルの方へ駆け寄った。
「おい、グラン。大丈夫...って、んなわけ無いか。立てねえくらいにやられたもんな。」
「ごめん、肩貸してくれない?ひとり起き上がれるほど体力はもうなくてさ...ははは。」
「その割には随分と舌が回るじゃねぇか。やっぱやめとこ。」
貸す貸さないの問答をしながらシャーリーがゆっくりとグラフェルを治療する。疲労しているほど、体力的な回復も精神的な回復も遅くなる。つまりはそれほどになるまで組み手をしたということになる。
元々、グラフェルは好戦的な性格ではなく、むしろ争い事を嫌っていたはずなのだが...、と思うシャーリー。それに関してはまさにその通りで、グラフェルは戦うことを毛嫌いしていたのだ。しかし、先の大戦の影響があまりにも強すぎたためか、彼の心は一度は崩壊し、もはや絶命寸前にまで追い込まれたことが一度や二度ならずあった。
一体どういう経緯があればあそこまで人格が変貌してしまうのだろうかと推測してもいいが、代わりにもっとおぞましいものになるからやめておいたほうがいいと、周りに止められたこともあった。
むしろ、その場で自決しなかっただけまだマシだったのだろう。
「はい、治療終わりましたよ。」
「あぁすまない。いつもありがとうシャーリー。」
「いえいえ。でも、あまりこういうことは私達に相談してからにしてください。今回はたまたまここに居合わせただけですから。」
そう言ってそそくさとその場を去っていったシャーリー。その背中を見ていると自分たちはまた新たな被害者を出してしまっていたことに、二人は顔を俯かせる。