ずっと言えなかった。
「そういや、母さん。ちょっと」
「え!?い、いきなりどうしたの?お母さん、まだ、心の準備が・・・」
何を勘違いしているのかは分からないがとにかく母さんの手を引っ張って会場を出た。こっちに来てくれたのは色々と都合が良かった。大事な話を、誰かに来たせたくなかったし、何より他の人に迷惑をかけたくはなかった。
「もう、いきなりどうしたの?お母さんの手を引っ張って、会場から出るなんて。みんな楽しんでるのに・・・。」
「母さんに聞きたいことがあったんだ。でも、その聞きたいことを誰かが周りにいたら俺は話しにくくなるから。」
なんだかんだで他人に気を使うことができる程に精神が安定している。仲間がいてくれたおかげなのだなと、彼女は一人感心していた。
「母さん。俺は本当に母さんと父さんの子供なの?」
自分の子供ではないのだろうか、もしかして養子なのだろうか、そんな不安が彼の根底にあった。それもそのはず、偶然見つけた研究所にはコクーンの履歴が残存し、その中には自分の名前があったのだから。
彼も以前聞かされていた、コクーンとは、天使を作製、育成、保護する目的で作られている。決して生身の人間を入れておくようなことはないだろうというのが、グラフェルの認識だ。
しかし、その認識をあながち間違ってはいなかったのだろうか、シャルルはその意図を汲み取り、なおかつ真実を話すことにした。
「ええ、そうよ。血液検査でも細胞の塩基配列も私達のとほぼ一致しているわ。科学的に言えば、間違いなく私達の息子。・・・と、ここまでなら良かったんだけどね。」
「どういうこと?」
「出来ることならお父さんと一緒にこのことを伝えたかったんだけど、仕方がないわ。それだけ、あなたが知りたいってことだから。いいわ、ひとまず場所を変えましょ。会場に近いここでだと他の人に聞かれる可能性も考慮しなきゃ、ね。」
そう言って二人は会場から少し離れた個室へと移動した。部屋に入ってすぐに防音の結界を貼った。
誰にも言えない相談であるために、ここまでする必要がある。それに、彼は個人的なことでも聞きたいことがあるようで、むしろ好都合ともとれる。
「さて、と。これなら少しは話せるかな。・・・さっきの話の続きね。あなたは間違いなく私達の子供。でも、なぜあなたが繭に入れられていたのか。それはね、あなたに命の危機があったからなの。本当はすぐにでも出してやりたかったんだけど、あなたの魔力が赤ん坊の体から放出されすぎて逆に危険だったの。普通なら、成長していくとともに、体も出来上がってほぼ無意識になってしまうけど、あなたの場合、赤ん坊の、それも産まれてすぐから出来ていたのよ。本当に、・・・今にも死んでしまいそうな勢いだったから、やむを得ず入れたのよ。あそこなら、あそこしか治療出来ないからね。・・・ごめんなさい。」
彼女の母親としての苦渋の決断、なんとかして助けようとする焦燥感と自分の無力さを思い知らされた当時の感情としてはこれ以上無いほど悔しかっただろう。今にも心が潰れてしまいそうな表情を浮かべている。
「母さん、顔を上げてくれ。俺は、・・・聞けてよかったと思ってる。」
「・・・え?」
「ほんとはずっと、・・・聞くのが怖かったんだ。もし、二人の子じゃなかったら、自分が自分じゃなかったら、って。ずっと考えてた。ずっと悩んでた。ずっと、迷ってたんだ。・・・俺は、今日、聞けてよかった。すごく胸の中のもやが溜まってたのが嘘みたいに綺麗サッパリなくなった感じがしたんだ。
だから、そんな顔をしないで、母さんはずっと笑顔でいてくれたほうが、その、嬉しいな。」
息子の言葉に救われた。ずっと後悔し続けていた。自分の子供一人守れない、そんな親に一体何が出来るのだろうか、と。すぐにでも抱きしめて、その暖かさを肌で感じたかった。
だが、今にも死ぬ危険があると言われた時、どれだけ悔しかったか。どれだけ悲しかったか。無事に産まれてくること、ただそれだけを望んでいただけだったのに・・・。引き摺っていていたものから開放されたような、体が軽くなったような感じがした。息子は感謝していた。ずっと話さないでいた私を、夫を、この子はそれでも聞けてよかったのだと、心の底からそう言っていた。そう感じた。
彼女の頬からは大粒の涙がぽろぽろと零れていた。