冥界の堕天使
神々と対をなす魔神が支配する冥界では、堕天使達が指揮官となって冥界復興を目指して日々精進している。その中でも、堕天使の中で最強と謳われているのは、傲慢の霊装を持つ少女、ヴィオラ・シャングイール。天界では、「明けの明星」という二つ名を持ちながら、天使達を統べる『天神』として活躍していた。が、彼女は当時の天使達百万の三分の一を率いて神へ反逆した、と言われている。前王ゼウスが天界から追放し、冥界に叩き落されたらしい。そこで彼女たちは神への怒りと復讐心を糧として生きてきた。
それから四百年が過ぎたある日、風のうわさでゼウスが退位したというのうを耳にした。
一体誰が?何のために?そう思いながらも今、自分たちが成すべきことをするために、計画を進ませなければならない。
そう思ったのも束の間、あの戦争が始まった。そこで彼女は神々の軍を見た。そこにいたのはゼウスではなく、グラフェルだった。
----驚いた。
白銀にもプラチナにも見える白い髪、左目に太陽のごとき真紅、右目に月のごとき群青覆いかぶさった瞼から開かれ、体躯は少々華奢ではあるが引き締まっており、何よりも溢れ出る神格がゼウスをはるかに上回っている。だが、私は彼を知っている。天界にいた頃、太陽神と月の神との間に子を成したと聞いて、みんながそんなに気になるなら私も一目見てみたいなと思っていた。
私はお二方のもとへ訪ねる。もちろん業務もきっちりとこなして。
やはりまだ天使達がわんさかいるな。私はこういうのが好きではない、と思いながらも小耳にはさんでくるのは、「すごく可愛かったねぇ」だの「もう胸の奥がキュンッてなっちゃったよぅ」だのとなにやら相当愛らしいと評価されている。だが、私はみんなには隠しているが可愛いものには少々うるさいのだ。
たとえ赤子であろうが何だろうが、私を屈服させるものならやって見せるがいい。そう思いながらどんどん進む彼女を見た天使達は、ヒエッと顔を強張らせた。
それもそのはず彼女は天使達の長で様々な場所に自由に行き来できるのだ。しかもよりによってこんなところにまで来るものだから、みんな慌てて一歩、また一歩と後退る。ヤバい、と思いながらも反抗できないのは彼女に一瞬で捕らえられるからだ。皆がゴクリと唾を飲み込み、いよいよ対面してしまう赤子とヴィオラ。
しかし、彼らは信じられない光景を目の当たりにする。
「キャァァァァァ!!!何ですかなんなんですかこの子はぁ!!!めっちゃ可愛いです尊いですしんどいです今にも心肺停止になりそうですううう!!!!!!」
「そう言ってもらえると、母親として鼻が高いわぁ。」
「俺も父親として誇りに思うぞ。」
甲高い声を発しながら赤子を抱き上げる彼女を見て天使達は口をポカンと開きっぱなしで見つめる。
「ハッ!いけない名前、名前を聞いてませんでした!大変申し訳ございません私ごときの首で天秤にかけられるのであればどうぞ!!!」
「もぅ大袈裟ねぇ。この子の名前はグランよ。まだ生後四か月なの。可愛いでしょう」
「あ、はい!それはそれはもう可愛すぎてどうにかなっちゃいそうで勢いがノンストップで心臓に悪いです悪すぎます。」
「いや、それはちょっとこちらとしても困るんだがなぁ。」
・・・何だこれ。誰もが一斉に思ってしまうほどに、目の前の光景はとてもとは言えないが信じられない、そんな顔をここにいる天使達はしている。
そこへつかつかとヒールを鳴らしながらこちらへ向かってくる彼女を皆は死を覚悟した。が、現実はそうではなく、
「・・・こ、これは、その、うぅ・・・見なかったことにしなさいいいですねいえたとえそうでなくとも最初から何も見ていなかったし、ここには来ていないそう思いなさいほかのやつらにバラしたらどうなるか分かってますよね?ね?」
「「「は、はいいいいいい!!!!!!」」」
それからだ。彼女を見る目が変わってしまったのは。
ただの堅物だと思っていた、憧れの人だった彼女は、実は単なる少女であったことに。
時を戦争までに戻そう。何百年ぶりに見たのだろうその瞳を、肌が見えていた髪の毛は輝きを帯びながらも肩甲骨あたりまで伸びており、あれほど可愛らしかった幼子がここまで、見違えるほどに成長し、より逞しく、より凛々しくなった。だが、ゼウスの姿が見えない。
あぁ、そうか。あのお方が、我らの仇を取ってくださったのか。
ん?何か喋っている。そう思い耳を澄ますと、
「グラン、堕天使達はこの戦争が終わった後、どうするの?」
「・・・それについてなんだが、彼らは天界には戻ることができないんだ。ゼウスの雷にはそういう効果があったなんてな。悔しいが連れ戻すことはできない。」
わ、私達を?連れ戻す?天界に?だが無理だと知っても不思議と驚かなかった。元々還るつもりなどなかったのだ。だけど、願いが叶うのなら、もう一度だけあの笑顔を見たかったn・・・
「でも、連れ戻すことはできなくとも使者として連れてこさせることはできる。その間なら、たぶんだけど天界に留まることは、留まらせることぐらいは出来る筈だ。彼らが、それでもいいというのなら、俺は・・・彼らの意思を尊重するさ。だって、みんな、みんな俺に俺の顔を見に母さんたちのところまで来たんだろ?だったら、俺なんかに会いに来ることが出来るんだから。不満はあるだろうさ。それでも、みんなが許してくれるのならきっと・・・きっと共に生きていけるはずだから。」
その言葉が、たとえ綺麗事でも、私達にとっては希望だ。もう一度、あの場所にいけるなら。
私達は、それを望み続ける。