機械神《デウス・エクス・マキナ》
地下都市・バルジット。
ここには、様々な種族がひっそりと暮らしている。そんな中、一人の男がここに足を運んだ。
彼の名はレグニオ・アントラーズ。赤みがかった栗毛に優しいグリーンの瞳を持つ青年。
彼がここに来た目的は、あるものの実験をすること。そのためにわざわざここまで足を運んだのだ。
レグニオは極度の人間嫌いで、幼い頃彼の両親から虐待を受け、精神的に深刻なダメージを受けてしまい、それ以降自分を含めた人間をまるでゴミを見ているかのような目で見つめるようになった。
「ここは実にいい。僕の理想的な生活住居でとても良い。人間がおらず、なおかつ獣人や亜人などの人型種族が跋扈<ばっこ>するこの地下都市こそ、新たな実験をするにふさわしい場所だ!」
心の底から純真無垢な子供のように目をキラキラと輝かせる彼の行動ははたから見ればおかしい人だと思われるが本人に至ってはものすごく真面目である。
地下都市と聞こえはいいがその実、獣人や亜人の最終防衛戦なだけあって、武器や防具などの種類が豊富で、様々な国の技術力が結集されてできた品々は本来なら一個師団の戦力を動かすのに必要な資金を必要とするほど莫大だが、この地下都市では破格の安さで提供している。
そもそもの話、ここに入都できるのは身分証明になるものとここに住まう誰かからの入都推薦状が必要になっており、セキュリティとしてはかなり高め。それもそのはず現在は魔族狩りが執行されていて、獣人と亜人もその中に含まれているのだから。
しかし、だからといって人間全てがそうだと決まってはいない。中にはレグニオのような幼少期の頃から同じ人間にひどい目に合わされた人間も少なからず存在する。そのため、全員とまではいかずにあえて推薦状を送って貰う必要があり、それは彼らとの確執を気にもとめないような人物でなければならなかった。
「しっかし、本当にここは地下都市なのかい?地上と比べると涼しいけど、暑すぎやしないのかい?」
この地下都市には人工太陽を作るまでの技術力は流石に持ってはいないが、それに匹敵するほどの電力を賄っている。四方の隅にある区画で発電所を設立し、そこから電力を供給して日々の生活を養っている。
また、地上で生活しているのと変わらないように時間も設けており、地上が夜のときは発電所からの電力供給を最小限にとどめて一日を過ごしている。そのため、上に出ても時差ボケが起きないように体ができている。もとよりそうすることで地上での暮らしとこちらでの暮らしに違和感を出さず、地上にいるときと同じように再現できるのも各国の技術が集まってできたこの地下都市だからこそである。
「どうも、レグニオです。まずはこれを。」
「・・・了解した。待っていろ。」
彼は門番と呼べる大柄の獣人に推薦状とは別に一通の封筒を彼に見せる。その意図が分かったのだろう、獣人はレグニオを扉の前で待たせ、その送り主のところへ案内をするらしい。
しばらく経って男が出てきて中に入れと首で指示をする。どうやら客人として迎え入れる準備は整ったようだ。
螺旋状に続く階段をひたすら降りるとようやく扉が目の前に現れる。その扉は大きく重厚で立ち入りは人間では到底開けられそうにないほどの頑丈さを秘めている。よく見れば取手の部分にかなり小さいが魔法石が埋め込まれている。その魔法石の中にある魔法陣を見るために彼は自分が背負っていた大きなバッグから魔法の強さや効果を分析することのできる虫眼鏡の魔道具を取り出す。
「ふむふむ、なるほどなるほど。この魔法石に入っているのは『特定の封筒を持たない者の出入りを禁ずる』ですか。ですが、これはおそらく」
「魔法ではなく霊装によるものですよ。」
後ろから突然声が聞こえて振り向くと、桜色の髪に空色の瞳を持った見目麗しき女性が目の前にいた。
彼女からは不思議な色香を感じ、ついつい魅了されてしまいそうな、そんな誘惑的な装いをしている。
「へえ、随分とお若いのですね。もっと年を重ねているのかと思ったのですが、まあ彼が誘ったのですし、たとえ誰が来ても文句のつけようがない人物ばかりですもの。それくらいは目を瞑ってあげましょう。」
「あ、ありがとうございます。あ、あの・・・あなたは?」
「ああ、申し遅れました。私はミレディ。ミレディ・カウロンです。以後お見知りおきを。」
ミレディと名乗る彼女は容姿端麗で、見るもの全てを誘惑するかのような存在感を放っている。百人が百人、彼女を見れば目移りするだろうその美貌に、レグニオも例外ではなかった。
「まあこんな辛気臭いところで挨拶をするのは野暮というものですので、どうぞ中へ。」
そう言って彼女は扉の前に手をかざした。すると、扉がギギィと年季の入った音を出しながらゆっくりと部屋へと導く通路をさらけ出す。そしてそのまま進んでいくと、歩くたびに両壁に設置されている松明がぼうっといきなり燃えだした。おそらくは誰かが不法侵入したときのための目安になっているのだろう。
そう思いながら二人は奥の部屋へと足を運ぶ。
「そういえば、ミレディさんの仰っていた霊装とは、一体何なのですか?色んな所を旅しながら研究を進めてはいましたがそのような単語はどの文献にも載っていないし聞いたこともないし・・・。」
「それもそうですね。でもまずはこの奥にあるものを見ていただいてから話をすることにいたしましょうか。」
彼女に導かれるまま進んでいくと、歯車の紋様が彫られている扉の前に着いた。
レグニオは、それを見た瞬間、脳裏にものすごい量の電撃が走った。
「す、すごい!何ですかなんなんですかこれは!こんなもの、こんなものが本当にあったなんて・・・。」
彼が見たものはおよそ十メートルはあるだろうその巨体にこれ以上ないほどに感激していた。
それは機械神。元々はソロモンが神に対抗するための切り札として予め用意しておいてあったものだったのだが、同じ人間の手によって彼は謀殺され、機体どころか設計図までもが行方が知られていないのが一般的な認識である。
「どうです?レグニオさん。お気に召しましたか?」
妖艶な微笑みをかけるミレディに対し、レグニオはマッドサイエンティストのそれのような満面の笑顔を見せていた。
「はいもちろん!これは我々、いや僕が求めていたものだ!人類はまた一つ、進化したということを!!」
「それはよかったです。レグニオさん。あなたを招待したのは他でもありません。あなたに、この機械神の動力源となる動力炉、賢者の石を生成してほしいのです。」