あなたを愛している
今回はグラフェル個人の視点です。執筆しておいてなんですが、はずかしながら少し涙目になりました。
暗くて、深くて、どこまでも落ちそうな感覚に苛まれている自分の体に鞭を打つかのように動かす。
だが、思うように動けず、まるで鉛になったかのような重さすら感じる。
ー誰かの声が聞こえる。優しく包み込んでくれるかのような包容力のある声が。
目を覚ますとそこには母親がいた。
体は動けるのだろうかとまず指先で確認する。問題なく動かせる。続いて手や足、これも大丈夫みたいだ。
ここがどこだかひとまず置いといて、久しぶりに対面する母さんにそっと頭を撫でる。
俺もこうして、よく眠ってたっけ。母さんの髪の毛はさらさらで、絹のようになめらか且つ所々に艶が垣間見えるほどに美しい。よく眠っている母さんには申し訳ないが、今どんな状況なのか説明してもらう必要がある。あれのことも・・・。
「母さん。起きて。」
「んん~、ルーちゃん、しゅき・・・。」
寝言を言っている場合じゃないのに。とにかくもう少し強く揺さぶって起こさないと。
「ほら、母さん。俺はもう起きたから母さんも早く起きなよ。」
「んん?ほえ?ルー・・・ちゃん?ルーちゃん!目が覚めたのね、良かった。」
そう言って母さんは俺めがけてタックルする勢いで抱き着く。
困ったものだが、こういうのは久しぶりだからなのか俺もまんざらではない気がしてきた。
確かに、親というものは子供のことを何よりも大切に思えてくるのだと書籍などで読んだことがある。
「ルーちゃん。体の具合はどう?どこか痛めてない?薬持ってこようか?ううん、とにかくまだ安静にしてなきゃ。」
深い海のような群青色の瞳はあらゆる本質を映す鏡のようだと言われているが、母さんのそれは紛れもなく鏡そのものと言っていい。神である母さんにはどういったものが視えているのか何度か聞いたことがある。
人が話した言葉は耳で聴きとっているものの、それにどんな意味合いが含まれているかは各々の考えをもって事に当たるしかないのだが、母さんの場合、聞くと同時に相手の本音がまるで漫画のセリフのように吹き出しが出て来てしまうというもの。簡単に言ってしまえば母さんの前で嘘はつけられないということだ。
「母さん。」
「なあに?」
「母さんに会えたのは偶然だけど、俺にとっては好都合だ。」
「・・・そう。あれを、見たのね?」
一瞬で雰囲気が変わった。普段は息子をひたすら溺愛する良妻賢母を振る舞っているが、こういう真面目な話になると打って変わって表情が引き締まる。我ながらすごい母親を持ったものだと感心してはいるものの、すぐに本題に入る。
「俺がある廃屋で見つけた研究所で、コクーンに関する資料を見つけた。しかも、まだシステム自体は生きていた。そこで俺はずっと疑問に思っていたことを、母胎にアクセスして発見した。・・・俺は、俺はホムンクルスなのか?」
直接話したいことだった。通信越しではどうしても言い淀んでしまうという確信があった。
ホムンクルスとは端的に言えば人工生命体の総称で、キメラとかハイブリッドとかいう名称で伝わったこともあるが、元々はそう呼ぶ。
ホムンクルスにはある一つの欠点がある。創るときにはモデルとなる素体が必要なこと。それ以外であるなら特に欠点というものは見つからない。
俺は自分自身の体の構造をまだ完全に把握しきれてはいない。だが、一つだけほかの人とは違う点があった。成長速度だ。ホムンクルスは通常の人間と比べて成長速度がはるかに遅い。例えるなら人間が五歳になったとして、ホムンクルスはおよそ三歳と言われている。五分の三ほどしか成長しないのであるならば、大人になってからならばその差異は目に見えてくるだろうがまだ年端もいかない俺のような年齢ならばまだ見分けはつかない。そもそもの話、ホムンクルスは製造自体が禁止されている。だが、母胎の中にあったデータに確かに俺の名前があった。
天使はその特性故、コクーンからしか生まれることが出来ないのだが、自分の子供がホムンクルスだという神はどこにもいやしない。
「そうね・・・。どこから話せばいいのか分からないけど、答えは半分イエス、半分ノ―よ。」
「どういうこと?」
「あなたが赤ん坊の時にね、死ぬかもしれないっていう事態に陥ったことがあったの。」
死ぬかもしれない。そう口にした母さんの目からは本当に焦燥感と哀愁が漂ってくるのが分かる。
「あなたの魔力が、あなた自身を殺していることが分かったわ。本来なら、魔力は体に浸透していって年齢を重ねるごとに制御できるんだけど、どういうわけか、グランの魔力は私『達』とは比べ物にならないほどの密度と量が計測できたの。」
「『達』ってそれは父さんも含めてってこと?」
母さんは肯定とも否定とも取れない曖昧な反応を返した。その意味合いはよくは分からなかったが、おそらくは・・・・・・。
「それからは本当に時間の問題だったわ。あの手この手を尽くしてはみたけど、そもそもの話、あなたはまだ赤ん坊だったから通常の方法では事態を収束させることは出来なかったの。」
「・・・そうか。結局、何も出来なかったから仕方なくコクーンに入れたと。」
「・・・・・・ええ。その通りよ。でも間違えないで。あなたを助けるためにはそうするしか・・・方法がっ・・・無かったの。」
今にも嗚咽しそうな悲しい顔で母さんは答えた。でも、それは俺がホムンクルス、というより人工の存在ではないことは確かだ。だが、もう一つの疑問が残っていた。
「でも、母さん。俺がそうではないことは母さんの目を見てよく分かった。だけど、俺がなぜ魔力を小さい時からたくさん持っていたんだ?通常、赤ん坊、それも神の子であっても、量は多くても暴走することはないはずだ。なのになぜ、俺はそうなったんだ?」
そう。生まれつき、魔力をどんなにたくさん持ってても、暴走する原因は少なからずまだ体が発達しきっていないことが主だ。だが、話を聞く限り、俺に魔力はそこまでなかったという反応を示していた。つまり、俺は、なんらかの外的要因で魔力を開花したものの、まだ赤子だったために暴走してしまった。という判断が正しいだろう。もし、この考えが間違っていたとしても、何ら差異はない。
「あなたの考えている通りよ。模範解答といえるぐらいの素晴らしい考えよ。でも、付け加えるなら、暴走して仕方なくコクーンに入れたはいいけど、それでも一向に収まる気配はなかったの。だから、あなたの心臓から魔力を宝玉にしてあなたとの接続を外部から強制的に切り離すしかなかったの。あの時はただあなたを助けることに必死だったから。・・・ごめんなさい。もっと早くこのことを伝えたかったんだけど」
「ううん、そんなことはないよ、母さん。こうして包み隠さず本当のことを話してくれて、俺はそれを知ってむしろ良かったって、ありがとうってすら思えてくるんだ。親の愛情を感じたような気がして、こう、胸の奥から暖かさがにじみ出て来てくるような感覚になるんだ。・・・えっと、その、俺を産んでくれて、俺を助けてくれてありがとう。」
「ルー・・・ちゃん。ひぐっ・・・うぇ・・・ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
俺は泣き崩れる母さんの体を優しく抱きしめて頭を撫でた。気休めだろうが何だろうが構わない。
こうして二人の気持ちを知れただけで嬉しいんだ。母さんの涙を見ると、とても熱いものが心の底から溢れ出てくるよう気分にさせる。俺も母さんみたいに素直に感情を出せばいいけど、怖いくらいに涙が出ない自分を、少し恨んだ。
シャルル・・・グラフェルの母親。かなりマイペースではあるが仕事の時や大切な話があるときは真面目になる。息子がとても好きで仕方がないくらい、自分の子供が大好き。好物はケーキ。特に好きなのはブッシュ・ド・ノエル。