グラフェル
黒い鎧を纏っていたのはグラフェルだった。その事実だけがこの場を沈黙させるには十分すぎる要素だ。
この惨状を彼一人の力だけで行ったといわれてもきっと誰も信じないだろう、そんな気がした二人はとにかく現場処理に専念するしかなかった。
-なぜ、なぜ彼がこんなことを・・・・・・。
そんなことを考えてはみたものの、結局のところ何も解決しないということが分かり、今はただ目の前の作業に集中することを優先した。
「でも、まさかグランがあんな力を持っていただなんて・・・。」
「ええ、そうね。・・・なんて言ったらいいのか分からないけど、グランは本当にあんなものを使いこなせていたの?」
二人が疑問に思うのはグラフェルがあの禍々しい力を制御していたかどうか。もし制御していてあれならば容量がでかすぎるし、制御できていなかったらそれまで。
要はそうであるかそうでないかの話である。だが、一つ気になるのはどうやってここまで来たのかということ。飛んで来たというのなら納得がいく。あの鎧、というよりはグランの霊装には標準といっていいかは分からないが一対の翼が付いている。
だが、羽ばたく音が一切無かったのだ。本来、戦闘中は五感全てを限界まで引き出して臨まなければ己の命が奪われる状況下にある。にもかかわらず、音を出さずに地上に降りてくるのは些か不思議に思えてきて仕方がないのだ。
「グランの容体は?」
「まだ検査中だけど目立った外傷はなし。意識は失っているけど命に別状はないそうよ。」
「・・・そう。ひとまず、ひと段落したら話をしましょ。」
「それもそうね。」
こちらの陣営にいたシャーリーが彼の体の具合を診ている。彼女曰く、神経全てが闇属性に包まれていて、正確な診療はできないがグラフェルの体に害するような働きはしておらず、まるで回復を待っているかのような動きをしていたとのこと。
本来であれば、闇属性がそのようなことができたという記録や文献は無い。闇属性が何かを呑み込んだり蝕んだりしていたというのは珍しくなく、むしろそちらのほうが闇属性の本来の特性なのだ。
「しかし、なぜ闇属性がグランの体から?」
「そればっかりはシャーリーにも分からないみたいよ。」
「なら、どうすればいいのやら、」
「それは私達が答えるわ。」
レティシアとエルシアの会話から割り込んできた声の主はグラフェルの母であるシャルルだった。
「お、おばさま!?な、なな、なんでこんなところに?」
「そうねえ。ルーちゃんのことが心配で降りて来たのよ。あ、でもすぐ帰らないといけないのは分かってるから安心して。」
いや、安心とかそういう問題じゃないと、二人は心の中でツッコミを入れた。
「まず、これはあなたたち二人にしか話したくないの。」
「それは一体、」
「どういうことですの?」
二人は疑問を抱かずにはいられなかった。仲の良かったスレイやゴーシュ達をいれるなら兎も角、
彼女達ふたりだけというのは妙な話だ。
「いい、よく聞いて。グラフェルは確かに光属性しか使えなかったわ。」
「「使えなかった?」」
「そう。それがある日突然、急に苦しいと言ってきたの。その前は特に病気とか何も患ってはいなかったはずなのだけれど、とにかく検査してみたわ。そしたら、あることが分かったの。」
彼の母親からの話を聞いて、固唾を呑むことしかできなくなった二人は次の一言で言葉を失う。
「グラフェルは、光より闇のほうが適正数値が三倍も高かったの。」
属性の適正数値は、その人の一生を決めるものの程ではないが、その属性しか使えなくなってしまうというのが難点だった。だが確かにグラフェルは生前から光属性だと判明していた。これについてはそのとき近くにいた守護天使とお産に掛け合ったものしか知らない。
元々、適正は先天的なのが一般なのだが、ごく稀に後天的に違う属性のほうが適正が高かったという記録はある。しかし、どの症例も少し高いくらいということしか書かれておらず、今彼女が放ったグラフェルの適正は光属性より闇属性のほうが三倍もの数値を割り出したというのは聞かない話だった。そして何より、二人にしか話したくなかったというのは、二人以外に闇属性を受け入れてはいないということである。
闇は世界が生まれる前から光とともに存在しているが、光は生命を創造するのに対し、闇は何かを生み出そうとはせず、ただただ光から齎された生命に【死】という概念を与えることしかしなかった。そう言った意味では、闇は死を齎すものとしての認識が定着していったのだ。
「でも、なんでそのことを通信越しとかではなくこうやって直接伺って来たんですか?」
「一つは最初に言った通り、この子の様子を見に来たのよ。もう一つはあなたたちでなければいけない、二人だけしかこの子の暴走を止めることはできないの。・・・・・・残念ながら、ね。」
レティシアとエルシア、二人だけしかグラフェルの暴走は止められない。しかも、親であるシャルルが申し訳なさそうにそのことを話しているので信憑性はともかく、こうして直接話に来たということはそれだけ重要であることは確かだ。
「あとは、この子の回復を待つだけね。」