黒柴の鎧 始まりの力
また幻覚を見ていた。
今度は違うみたいで、一面を見渡す限り真っ白な空間にグラフェルはただ一人そこに立っていた。
そんな真っ白な空間とは対になる黒い鎧を纏ったとてもこの場に相応しくないだろう禍々しさを漂わせていた。
騎士と呼ぶにはあまりにも生物的で、悪魔と呼ぶには神々しさが程よく混じり合っているという何とも言えない不思議な姿をしていたソレは、ゆっくりと彼のほうへと足を運んだ。
ガシャガシャと音を立てながら近づいてくるが、敵意といったものは感じず、それどころか哀愁を漂わせるような雰囲気を醸し出していた。
「あんたは・・・一体・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
グラフェルが問いかけてみても黒い鎧は返事もしなければ相槌を打とうとすらしなかった。
それを見たグラフェルは妙な違和感を覚えた。
溢れ出ているのは間違いなく闇属性の魔力の靄。しかし、闇属性の性質は生命すらも呑み込まんとする無への還元。それがまったくと言っていいほど感じなかったのだ。
(おかしい。本来、闇というものは光を・・・俺を呑み込むんじゃなかった・・・・・・のか?)
グラフェルは困惑していた。光と闇は一対にして原始の力。相反することはあれど、何もしない、
何も起きない、何もしてこないというのは些か妙である。そして、何よりもあの闇の魔力を見ても何も感じず、むしろ親近感を覚えてしまうほどだった。
「なあ、一体いつになったらあんたは喋ってくれるんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
黒い鎧、いや、そう呼ぶのは少し不躾すぎるので【彼】と呼ぶことにする。
彼はグラフェルからの言葉も無視しながらゆっくりとグラフェルに近づく。
そして、手が届く距離まで近づいたその瞬間、グラフェルはあることに気付いた。
彼は、中身は空っぽだったのだ。否、この空間に存在するものそのものが、空間自体が空っぽだったのだ。今の自分には体重も呼吸も何もかもが感じない、無そのものであった。
彼はというと、靄でよくわからなかったが、素顔がだんだんと見えてくるようになった。
「・・・・・・え?」
グラフェルはその彼の顔をのぞいてみたが、それを見た瞬間、身の毛もよだつような恐怖と絶望の淵に叩き落されたような感覚がした。
「・・・そうか。そういうことか。」
グラフェルは一人で納得していた。彼は自分なのだと。影の自分なのだと。そう気づかされた。
闇の魔力でできた靄は晴れ、その鎧の全貌が露わになった。
鎧は黒く鈍い輝きを放ち、背中から紫色の翼が生えていた。まるで死を駆る天使のように。
その手には黒い剣があり、それは長剣なのか東方に伝わる刀と呼ばれる代物なのか分からないものがあった。
出で立ちは明らかにグラフェルが纏う霊装に似ている。色や形はともかく、基盤となる胴や手足が酷似していた。
「まさかとは思うけど、その鎧を俺にやるっていうんじゃねえだろうな?」
いくら似ているとはいえ彼が纏っている鎧をただで渡されるわけにはいかない。
それにグラフェルは一応八属性全て使えるがその中でも闇属性はほかの属性より一際適正が低い。
簡単に言えば、一般人よりも使えないのだ。
「ザ・・・ザザザ・・・・・・ザザ・・・ザザザ・・・ザ・・・・・・。」
何を言っているのか分からず、ただただひどい雑音が聞こえてくるだけ。
だが、何を言いたいかは少しずつだが分かってきた。
分かる範囲で翻訳すると、「この力は全ての悪を食らうもの。全ての善を蝕むもの。されど、光とは反することなし。」ということだった。
「悪は食らい、善は蝕む・・・・・・か。随分と物騒な話だな。」
だが、次の翻訳でグラフェルは言葉を失う。
「友を、父を、母を、姉を、弟を、恋を、愛を、願いを、喰らえば目覚めん。始まりの力を携えて。」