大切な人
「琥珀の三叉槍!!」
黄色に近い琥珀色の三叉槍が敵兵の体に丸い穴を作った。
これはエルシアが使用する技の一つで、刀身を三つに増殖させ、それぞれの切っ先に土属性の籠った
魔力を纏って相手に放つもの。威力は人間であれ金属であれ、どれか一つは必ずと言っていいほど穴を開ける程。
(私が守ってみせる!あの人の・・・グラフェルの優しさを!)
彼女がそう思っているのは数年前のこと。
彼女は何ら不自由のない一般的な中小貴族の一人娘だった。普通に過ごし、普通に生き、普通を退屈に感じながら日々を費やした。
そんなある日、彼女の家の前に我が家の来賓用の馬車が玄関にたどり着いたのをひっそりと見ていた。
彼女からしてみれば、つまらない相手と政略結婚というエピソードは嫌いだ。
愛を育んでこその結婚だと彼女の理想はそう告げる。
しかし、馬車から現れたのは銀のような透き通った髪に、明るい紫水晶の瞳を持つ少年がゆっくりと姿を現した。その少年こそがグラフェルだった。
今までたくさんの人を見てきたが、あれほど高貴で純粋な人間は初めてだったらしく、彼を見た瞬間に、いそいそと玄関まで走る。
「わ、私はエルシア。エルシア・フォルガートです!あの、あなたのお名前を教えてくださいますか?」
「俺は、グラフェル。みんなはグランって呼ばれてるけど、グラフェルって呼んでほしい。」
「ありがとうございます!グラフェル様!」
話してみるとどこかよそよそしく感じるものの、決して癪に障らない程度で、しかも可愛い。
親子で来ていたらしく、彼の両親にも挨拶をしに顔を合わせた。
「初めまして。フォルガートが一人娘、エルシアです。本日は来てくださり、有難うございます。」
貴族の令嬢らしくドレスの裾をつかんで、軽くお辞儀をする。その動作に彼の両親は可愛い、とかとても礼儀正しく綺麗な挨拶だなと褒めちぎられた。今まで聞いた中でも一番優しい声音で心の底から褒めてくれているのだとエルシアは子供ながらに直感で理解した。
「あ、ありがとうございます。その、あの子は?」
「ああ、ルーちゃんのことね。ほら、ルーちゃん。あなたも挨拶しなさい。」
「いや、名前はもう知ってるよ?」
「あら、そうなの?じゃあ大丈夫ね。それではエルシアちゃん。また後ほど。」
そう言って彼らはその場を離れようとした。だが、グラフェルが母親のドレスの裾をつかんで、その場から動こうとしなかった。
「ルーちゃん。裾つかんじゃったらお母さん動けないわ。言いたいことがあれば聞くけど。」
「えっとね、エルシア・・・さんと一緒にいてもいいかな?」
その一言は予想できていなかったのだろうか、二人は口をぽかーんと開けていた。
だがすぐに、だらしない顔になり、グラフェルのほっぺをむにゅっと優しくいじる。
「あらあらまあまあ。そうなのね、そういうことだったのね。いいわ、ゆっくりしていきなさいな。ただし、あれは勿論守るわよね?」
「うん!男の子は女の子を守る!どんなことからも決して逃げない。だね?」
「よくできました。それが出来れば立派な男の子よ。頑張れ!」
その微笑ましい雰囲気にその場にいた誰もがほっこりした気分になった。まだ子供とはいえ、立派な女の子を守る騎士の矜持を守ろうとしたのだ。それに加え、どうやらエルシアのこがいたく気に入っていたみたいなので自ら進んで一緒にいたいと言い出したのだ。
両親ともども、親バカではあるが相手が子供である以上妙な探りを入れるのはあまり得策ではないと考えているのか、二人の行く末を見守ることにした。
「いやあすみません。うちの娘は少々お転婆でして。そちらの息子さんに迷惑をおかけしなければ良いのですが・・・。」
エルシアの父、ギュスターヴ・フォルガートが申し訳なさそうに二人に告げる。
だが、二人は子供同士のことは子供しかわからないからそのほうがお互いのためにもなるだろうと気にする様子を見せなかった。
「しかし、お二方とも見目麗しいのですが、一体何か健康に良いものをなさっているのでしょうか?もしよろしければ私達にもお教え願えませんかな?」
「いいでしょう。実は・・・。」
そのころグラフェルとエルシアは屋敷の外にある中庭で暇を持て余していた。
「グラフェル・・・様。と、お呼びしても?」
エルシアは恐る恐る彼に呼び方を聞いてみた。実は彼女自身、自分の方から相手に聞くのは生まれて初めてだったので極度に緊張している。
「グラン、でいいよ。君のことはエル、でいいかな?」
「は、はい!エルで構いませんよ、グラン。」
その後は何気ない話をし、気づけばとっくに日が暮れていた。
二人はそのあとまた会おうと指切りで約束した。
グラフェルはもっと強くなって彼女を守ると、エルシアは今よりも美しくたおやかで強かな女性になると誓い合った。
彼の笑顔は何よりも眩しかったのを今でも脳裏に焼き付いて離さない、離れさせない、離したくない、だからこそもう一度、彼の屈託のない笑顔を、あのころの優しさを取り戻したいがために彼女は己の槍をもって敵を屠る。
それが、彼女が戦う理由。大切な人を守るために闘う。ただそれだけ。
エルシア・フォルガート。(エレイナ・スィンディ・フォルガート)
霊装・ガイア。
黄色の強い琥珀色の鎧で、常時浮いている盾・右盾ラスティーネと左盾レスタスが特徴。
神器は槍型のカシウス。
土属性を有効活用し、味方を守る壁にも敵を穿つ矛にもなりえる攻防一体型。
槍の使い方は少々荒っぽいが、彼女が振るえばそれは美しく見えてしまうほど洗練されている。
また、植物を多少ながら操ることができる。