赤き夜の前に
日が赤く染まり、沈みかける時間に羽搏く音が聞こえる。グラフェルの霊装であり、彼の鎧、《ノヴァ》の翼が滑空した音だった。彼の霊装は、普通の人と比べて発動時間が極端に短い。
というのも、もともと霊装とは自身の心を形として具現化したもので、姿かたちには個人差があり、同じものはない。また、発動までにかかる時間や鎧が完全に定着するまでのタイムラグも個人差がある。その中でもグラフェルはスイッチを押すような感覚で霊装を発動することができるのだ。
なるべく冷静に、感情を自分で制御できるように両親からその類の訓練もとい修業を積んでいた。
そのため、グラフェルは他の誰よりも早く鎧を纏うことができる。
「・・・・・・ここにはもう、魔力も生命反応もない。すでに終わった・・・と見るべきなのだろうか。」
彼が向かったのはザーナ樹林という、広大な原生林、その手前に位置するシルト原野が戦地となっていた。だが、彼がついた頃にはもう火薬の匂いがせず、周りには死体と呼べるものが散乱していてそれは地獄絵図にも等しい惨状だった。
「足跡が残っている。この方角は・・・そうか、そういうことか。」
足跡が示す先にはドンドル鉱山があり、それを挟んだ向こう側には連合の本陣があるとディランの部下の一人から聞き出した情報だ。
「だが、妙だな。足跡が一人分しか向こうへ行っていない。他は何かがあったのだろうかひどく散乱していて足取りがつかめない。」
彼が頭を悩ませているのはその足跡で、扇状に散らばったのかと思いきやそこでぴたりと消えていて、他は尻をついたような丸いものがあるだけ。要はそれ以外に何も判別できるものがないということだ。こればかりはさすがに専門家でもない限り解析は不可能である。
「まいったな。これじゃ何も分からず仕舞いじゃないか。これでは憶測の域を出ないものばかりしか出てこない。くそっ。」
悪態をついても何も変わることはない。それを理解しているグラフェルでも、このような事態はほぼ想定してなどいなかった。バルディールが現れるのも完全に豆鉄砲を食らった様な気分に晒されて焦りが段々積み重なっていくばかりだ。
「・・・ここで考えに耽っていては駄目だ。他の部隊と合流しなければ。・・・だが、問題はどこと合流するかだ。」
今、彼が考えているのは先に合流するのはどちらかということ。命令もろくに通らないこの状況において、一つの判断が味方に甚大な被害を及ぼすことを、彼は先の大戦で思い知らされたのだから、慎重になるのは無理もない。
「湖はディランが向かって、収束は早いだろう。ティア達の方はどちらかといえば大丈夫の一言で足りるほどに頼もしい。・・・しかし、今となっては何が起きてもおかしくはない。と、するならば・・・。」
少し考えてみたものの、やはり女性だけというのは普通に、いや、言わなくとも言われずとも危険なのだ。そう思えばグラフェルのやることはたった一つ。
だが、足を動かそうとした瞬間に突然茂みの方からガサガサと何かが掻き分けながらこちらに向かってくるのが聞こえた。その音がした方向に耳を傾け、体を正面に向き、剣を手に持ち構える。
「はああ、やれやれ。彼らの手癖はほんとにひどいものだなあ~。・・・って、ん?」
「あ」
茂みから現れたのはガドムだった。
一瞬のことではあったが、お互いにこの場にはいないだろうと思い、来てみれば何で知らんがいたし、出くわしてしまった、といった驚きの顔を隠さずにはいられなかった。
「ちょっ、え!?なんで陛下がここに!!?」
「いやいやいやいや、それはこっちのセリフだ!お前こそ、何でこんなところにいる!?」
「いや、だからって武器を向けたまま話さないでくれます?!怖いから!!!」
「え?あ、ああ。すまん。つい敵かと思ったから。」
「いや、むしろ謝るのは僕の方ですしね。勝手に出歩いて剣を向けられるこのご時世にいることを呪うしかないくらいに。」
「いや、それはちょっと大袈裟だけども・・・コホン。まあ、それはともかく、こんなところで何をしているんだ?ゼルエルは・・・一緒じゃないのか。」
本来、ここに来ることはいくらなんでもバカだとしか言いようがないにもかかわらず、ガドムは独断で、しかも見張り役であったゼルエルを連れずに。疑念と多少の好奇心に揺れるも、自分に課せられた役目を果たすために彼をこのまま見捨てるつもりでいた。だが、彼女が、ゼルエルがいないというのがどれだけ不信感に苛まれるか今のグラフェルにとっては酌量するだけの時間がない。
「とにかく、ここにいる以上はお前も一働きしてもらおう。」
「は、はい・・・。分かりました。僕は戦闘に関してはぺーぺーのド素人ですのでよしなに。」
「分かっている。しっかりと後ろについてきなよ。寄り道したら即叩っ斬るからな。」
「はいはい。分かってますって。命あっての物種ってね。」
すぐさま踵を返し、イシュリアやティア達がいる方向へと足を向ける。これ以上時間をかけるわけにはいかない。
「ま、すぐに悲劇を見ることになろうとも知らずに。」
その言葉がグラフェルの耳に入ることはなかった。
グラフェル。(グラフェル・アルティウス・ヌーベルロード)
霊装・「ノヴァ」
赤に近いマゼンタの鎧で、背中には橙色の翼が二つあるのが特徴。
神器は剣型のレーヴァテイン。
あらゆる炎の原型とも言われるその名に相応しい超高熱を発する。
スピードを基点として攻撃と防御に優れた万能型。
魔法は基本的に光属性となっている。また、技も存在するが、あまり使いたがらない模様。