無人の宮殿
世界は動き出す。何が起きようとも、何も起こらなくとも。それが世界の心理。
そんな中、イシュリアは自らが起こしたあの惨劇を現実にしないために、画策する。
自分だけではない、周りの人たちも、自分のせいで死なせてしまう・・・。そう考えた彼女は、
グラフェルとディランと共に、王宮の中、玉座へと足を運ぶ。
「大丈夫か?イシュリア。急に倒れたもんだから吃驚したよ。」
彼女に心配そうに体調を伺うグラフェルに、少し胸を締め付けられるような苦しさが一瞬、頭をよぎった。
「だ、大丈夫です!少し、寝てなかったみたいで。」
寝ていなかった。その言葉に少し違和を感じながらも、大丈夫なら。そう思った。
だが、そのことにグラフェルはわずかな心当たりがあった。彼女とは森で出会った。そこからは確かに寝ている様子も、寝る素振りすら見せてはいなかったが、倒れるほどまでに疲労していたのかというと、そうではない。
寝るには至っていないが、道の途中で数回の小休憩を挟んでここまで来たのだ。精神的なものはともかく、肉体的なものはよほどのことがない限りは倒れるということはない。例え年端のいかない少女であっても例外ではない。
「そういえば、自国のほうは今どんな状況ですか?・・・あっ」
連合の近況を聞きたいのは山々だが、空気を読まない発言をしてしまったディランはやばいという青ざめた表情になっていく。
気持ちはまあ分からなくもないが、時と場所を考えてほしいものだと、グラフェルは少し遠目になったが、この場合、適当な発言ではないのであとで思いっきりぶん殴ってやろうとどこか違う決意をした。
「・・・いえ。いいんです。このご時世、敵国の代表の娘がこうして亡命しているんですもの。少しくらいなら、情報は伝えることができますが、それでも戦況を大きく変えることはできませんが。」
少しばつの悪そうな顔をしてうつむく彼女に、グラフェルは優しく頭をなでる。
「なあに。もとよりそれほどいい情報ってわけでなくとも、俺は戦争の早期終結のためかどうかは知らんが、こうしてどんな処遇を言い渡されるか分からないのに、それでも来てくれるのはとても立派なことだ。きっと代表も、そんなお前をみたら、大喜びするだろうさ。」
父、か・・・。自身の出生を全部ではないものの、知ってしまったグラフェルは、自分の放った言葉に多少の戸惑いはあるものの、今度再開したときは生まれのことではなく、元気だったどうかを報告しよう。それだけで、親というものは自分の子供がちゃんと生きているかを知りたいのだ。
「ふふっ、そうですね。私の父は、そんじょそこらの雑兵なんかよりしつこくてしぶといんですから。」
グラフェルの言葉に励まされたのだろうか、彼女の表情がみるみる明るくなっていく。敵側の人間であっても、自分を、父のことをこうして評価してくれているのはわりと心の支えになっていくことがある。
「なあディラン、気づいているか?」
突然なんのことだかさっぱり分からないイシュリアはグラフェルのその言葉に疑問を感じた。が、
次のディランの言葉で頭の中が一気に情報量という波に押される。
「ええ、衛兵はいないし、何より人の気配すらしない。いくら戦争の真っただ中で及び腰になるような人ではないはずなのに・・・まさか。」
玉座の間につくまでのあいだ、医務室からではあったが、彼女も、グラフェルもディランも、誰一人顔を見ていないし、ましてや人の気配すら感じない。誰か一人でもいるのなら何があったのか聞くことができた。だが、今は違う。誰一人としてこの宮殿内に入った形跡もいたという痕跡すらきれいさっぱり消えていた。
「嘘だろ!?そんな短時間、ましてや誰一人として宮殿には近づけないし、内部には近衛兵がうじゃうじゃといるはず・・・なのに。」
「そんな!?ここまで来たというのに皇帝にも謁見できず、民衆からも非難の声が上がっているというのに!」
「落ち着け。まずは状況の確認と、玉座まで急ぐこと。いいな?」
「「は、はい!!」」
この状況になってもグラフェルはいたって冷静だった。そう感心している二人をよそに、彼は内心かなり動揺していた。なにせ、二十四時間も経たずに人っ子一人も消すというのはあまりにも不可解すぎる。いや、かえって亡命の件に関してとやかく言われることはないのが数少ない幸いといったところだった。そんなことを考えていた様子のない二人は、ただ彼の指示に従うだけで精一杯といった表情だった。
息を切らしながら三人が向かっている玉座の間に、扉を強く開けた。その目の前の光景に、彼らでなくとも驚くだろう。
なぜなら、誰もいなかったかのように跡形もなく、人が使っていたという痕跡すら残ってなどいなかった。
消えてしまったのはなぜ・・・?