変えるべき絶望の未来
今回は、かなり暗いです。
いつか夢を見たことがあった。
しかし、それは妙に現実味を帯びていた。
荒廃した戦場には、荒れ果てた建造物や枯れた草花、そして目の前に広がる無数の
屍の山。ある者は焼き爛れ、ある者は食い殺されたかのように手足を千切られていた。もはや、ここが地獄といっても、信じないものはいないだろう。
何故ここにいるのか、何故「私」だけ生きているのか疑問が疑問を生みだし、
考えるのが嫌になってそれを投げ捨てるのは癪だ。
だから「私」は、この惨状を目に焼き付かせた。もし、この光景が本当に起こってしまうとしたら、どうすべきかを素早く行動しなければならない。
水溜まりができるほどの血を踏みしめながら、少しずつ歩いていく。
気持ち悪くて最初は嘔吐した。だが、この景色に少しずつ、少しずつではあるが体が、心が、慣れようとしている。そうあってはいけないと、苦虫を噛みしめる思いで進む。
どれくらい進んだのだろうか。それすら分からないほどに歩き続けた。不思議なことに足は疲れておらず、むしろ何かに引かれるようにどんどん足が動く。
今、自分の体に何が起こっているのかてんで分からなかった。歩くことに何の抵抗もないまますたすたと歩く自分が怖い。
どれだけ歩いても、風景は変わらない。誰かいないのかと叫び続けた。しかし、
誰の返事もなく、かすかな声すらも聞こえなかった。
だが、あることに気づいた。歩いている方向に向かうにつれて、山がほんのわずかではあるが、その量が少なくなっていっていることだ。何かあるかもしれない。
誰かが生き残っているかもしれない。そんな藁にもすがる思いでそちらへと走っていく。誰かがいる。ただそれだけでも「私」にとっては微かな希望だ。
「私」はやっと人影を見つけた。が、そこで足が止まり、身動き一つ取れなくなっていた。突然のことで驚きはしたが、あの光景を目にしたあとだと、若干だが冷静でいられた。しかし、それもすぐに失せてしまうことになる。
目の前にいたのは、血が混じったような灼黒の鎧、ボロボロの翼、龍にも人間にも、そして悪魔にも見える兜らしきモノ。「あれ」が何なのかは理解できようにもできなかった。「あれ」が禍々しすぎるからだ。「あれ」は『私』を見るや否や、
少しずつ歩み寄っていく。ここから逃げても何処へ行けばいいのかわからず、『私』はただ立ち竦んでいた。
「ナゼ···オマ···エ···ガ···イキ···テ···ル、イシュリア。」
「私」の名前を知っている?いや、それだけではない。
「私」の目を見て驚愕と安堵しているような慈しみの表情が辛うじて読み取れた。一体、何者だろうか?その疑問が出るのと同時に「あれ」が話し始めた。
「ヨカッ···タ。オレハ···マタ···ウシナウ···トコロダッタ。アリガトウ···アリガトウ、イキテテクレテ。」
溢れんばかりの優しさが胸に伝わってくるこの感じ、それにこの声。
どこ···か···で。···まさかっ!?
イシュリアの疑問が確信へと変わった。今、目の前にいるこの者は、グラフェルなのだと。彼女の記憶が、心が叫んだ。
見違えるほどに禍々しくも、どこか神々しさを漂わせるその雰囲気には驚いたが、やはり彼で間違いない。
「なぜ、···貴方はその···お姿に?」
私は嬉しかった。彼だけでも生きていてくれたのが。自分の他に生存者がいるというだけで、こんなにも心が休まるとは予想だにしなかった。だが、今の彼の姿はまるで龍のように威圧感を放っている。本人は無意識なのだろうか、私の顔を見て、首を右に傾げた。
「オマエコソ、ナゼ···ナゼイキテイル?シンダハズデハナカッタノカ?」
「············え?」
死んだ?私が?それは一体、何かの間違いでは?そう思いたかったが、彼が指差した方向に目を向けると、そこには······。
「っ!?そ、そんな···。『私』が、し······死んでいる?」
「私」の名前が刻まれた木の側に石が積んであった。これはきっと夢だそうにちがいないそうであってくれ。その願いは虚しく、彼の一言が原因で全てが理解した。
「オマエハ、オレヲカバッテシンダンダ。テイコクノアリドモニ、オレタチノタメニ···オマエハシンダ。シンデシマッタ、シンデホシクナカッタ、シナセタクナカッタ。オレヲマモラナケレバオマエダケデモ、タスケテアゲラレタノニ······。」
カタコトに話す彼を、彼の目を見て、それは事実だったことが。
「あ、ああっ···あっ···ああああああああああああああああ!!!!」
私は泣くことしか出来なかった。全てが理解できてしまった自分自身を、恨んだ。彼を庇い、私は、私だったものは帝国民に無惨に殺されてしまった。それに対して彼は怒った。怒ってくれた。それだったらまだ救いがあった。だが実際は、
死んでしまった私の頬に手を添え、体温を確認した。死んだことが初めて分かったその瞬間に、彼はこの姿に変貌してしまったのだ。友人曰く、彼は一度も起こったことがないと、例え怒ったとしても、その感情を表に出せないほどの優しさを持っていると。
その彼が激怒し、私たった一人のために全てを殺し、全てを破壊し、そして全てを失った。可哀想?いや、違う。そう思ったことがあるなら、私は最初から彼に同情していたはずだ。それすらなく、ただ一緒にいた。短すぎる時間のなかで、彼の心の中の私は、それほど特別な存在だったのだ。あまりにも残酷過ぎたこの結末に、私は彼を慰めることすら出来なかった。「私」は死んでしまったのだから。
ただただ彼の悲しみを、怒りを、憎しみを、妬みを、優しさを、愛情を、嫌悪を、注がれることのないこの時に、私は泣きじゃくる他なかった。
「サイゴニオマエトアッテ···ハナスコトガデキテ······ヨカッタ。」
その目には大粒の涙が滴り落ちていた。彼は悲しかったのだ、苦しかったのだ、止めてほしかったのだ、助けてほしかったのだ。自分を。
次の瞬間、突然景色が眩しくなり、目をつむった直後に、私は起きた。
どうやらここは、皇帝が佇む城の中。私は門をくぐった瞬間に、フラッと倒れてしまったらしい。そういえば、森に入ってから全然寝ていなかったそのせいでもあったのだろう。だが、あの光景は、目に焼き付いていて離れようとしない。否、話したくないのだ。あんなことになるなら、二人だけでも逃げていれば、と。辺りを見回すと、ここは救護室だ。安心したのか私は再び枕に頭を預けた。
だが、その枕が異様に湿っていた。恐らく、彼女の涙でぬれたものなのだろう。
少し恥ずかしくはあったものの、グラフェルをこのままにさせてはいけないと、
イシュリアは新たな決意を胸に、ベッドから起き上がり、身支度を整えた。
彼の未来を救う為に。
イシュリアはグラフェルのために立ち上がります。