皇帝の力
朝日は昇り、燦燦と地面を照り付ける。そんな日和的な日常に突然カツカツと響くブーツの音が。帝国の軍隊が列を成して王宮へと音を立てながら向かっていくのが分かる。ある人は連合を倒せ、またある人は戦争なんてもうまっぴらだという声がそこかしこに囁かれる。兵隊達はただひたすらに前をむき、進んでいく。目をそらしてはいけない、顔を下に向いてはいけないという士官学校からの鉄の掟によって鍛えられたその精神には目を見張るものがある。
「止まれぇぇぇぇい!!!」
一人の男が全軍に聞こえるように大きな声を響かせる。彼の名はスーマン。スーマン・ルロッグ中佐。
一部隊の指揮を執り、そしてこの行軍を呼び寄せたのも彼である。
「よく聞け!お前達の命はこの国のため、しいては国民のためにそのくそったれな命を捧げる覚悟で挑め!貴様らの血肉はこの大地の肥やしとなり、養分となる!しかぁし!我々はそれだけで軍に志願したか!?いいや違うな。仲間が死んだらその分敵を撃て!休む暇を与えさせるな!弾幕は、しっかりと撒き散らせ!それで奴らが死んだら御の字よ!大地に足を、その手に武器を取り、我々は!力をもって正義となす!」
「「「力をもって正義となす!!!」」」
「よろしい。それではこれより、陛下からの有難い有難いお言葉を諸君らの腐った耳に拝聴させようではないか。では陛下、こちらへ。」
スーマンの演説の後に皇帝がその姿を見せ、兵士たちの顔つきが格段により引き締まる。
「諸君、人間は好きかね?私は嫌いだ。血を求め、肉を食らい、繁殖し、知恵を齎す、そんな生き物がこの地に、この世界にまるで蟻のごとくうじゃうじゃといる。だが!それでも私は、その人間を愛そうではないか!酸いも甘いもよい!醜くともよい!!私はそんな軟弱で、卑屈で、臆病で、傲慢な人間の一人なのだからな!!さあ行け!兵どもよ!その血肉を、その魂を、この国のために費やすのだ!!!」
「「「おおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」
「「「皇帝陛下万歳!!皇帝陛下万歳!!皇帝陛下万歳!!皇帝陛下万歳!!」」」
人でありながら人を嫌い、それでも人として足掻き、人としての力を理解している皇帝の力強い発言に、兵士はその胸に感動を覚え、皇帝に、この国に尽くすことを自ら選び、拍手喝采を送った。
その在り方は人としてではなくとも、人でありたいという一種の願望からなるものだった。そのため、人々にはその言葉の意味は分からずとも、理解はできる。本質を見抜いてこそ王、人としての生きざまを知らしめる役目を負うのも王。国民はまた一つに団結していった。
その一部始終を除いていたディランとミレーユは、やはり戦争は免れないのかと諦めのため息をこぼすしかなった。彼等は戦争を否定し、対話かそれ以外の方法で活路を開きたい革新派の意見を跳ね除け、躍起になろうとしていた。質はともかく、物量という点においては向こうのほうが上である。
それを進言していたにもかかわらず、このありさまに、国民をも巻き込んだ皇帝のやり口には畏敬の念しかなかった。それほどまでに、皇帝はカリスマ性が高く、かつ人々の心に語り掛ける演説能力が優れていた。一言一句ですら心に囁くように語り掛け、一瞬でも隙を見せれば簡単に皇帝の手の平の中に堕とされる。それは間違ってはいない。民を先導してこそ本来の王の役目。それを皇帝はただ淡々とこなしているにすぎない。
「さて、これからどうしたら・・・」
ディランは深く考えていた。このまま戦争になるのであればグラフェルの力を借りることができると。しかし、神がこのことに関わっていいものなのだろうか?と。
一方のグラフェルは、彼の中にある深層心理にて内に眠る「力」と対峙していた。
それは誰もが呼ぶ【闇】というモノと。
ー戦争開始まであと四十時間ー