人が神を穿つなら
「いや、ちょっと待って。なんで関わってはダメなんだ?」
「理由は簡単。あなたをこれ以上、人間と関係を持つと後々ためにならないわ。」
その言葉を聞いて、すぐさま理解した。母さんは、本気だ。だが、それでも俺は人間を・・・
「伯母様、それは些か判断するにはまだ早すぎるかと・・・」
ティアは震えながらそう答える。この二人は普段仲は大変良好なんだが、母さんがこういうときに限っていつものように話せなくなる。もちろん、俺もその内の一人だ。
「失礼ながら奥様、私もそのことに関しましてはまだ判断するのは厳しいかと」
ゼルエルがすかさずフォローに入る。我が護衛天使ながら優秀だと思ったが、そんなことは後でいい。問題は・・・
「父さんは、他のみんなはそう・・・思っている・・・のか?」
恐る恐る俺は母さんにたずねる。
「・・・いいえ、それについては私とお父さんの意見よ。『みんなの』というわけではないわ。そこは安心して。」
俺達はホッと胸を撫で下ろす。さっきの『みんな』とは、ヘブリエームに在席している神々全員を指す。だが、これだけだとは誰も思わない。
剣呑とした空気の中で、さらに沈黙がのしかかり、凍りつく。
『コンコン』
ノックする音がして、ゼルエルが扉を開ける。
そこには、顔が整っておりながらも、どこか儚げな印象を醸し出す青年が部屋に入る前に一礼した。
「お待たせしました、奥様。こちらが、例の調査結果になります。」
「あら、ありがとうマクエル。」
この青年はマクエル。ゼルエルと同じ護衛天使の一人で、主な活動は情報収集を担当している。
「おや?ゼルエル、なぜこのような場所に?・・・っと失礼しましたぼっちゃま。職務お疲れ様でした。」
「話をそらさないで欲しいのですけど、一体あなたは何をしにここへ?」
ゼルエルが少しキレてる。やばい、戦闘体制に入ってる。
「おやおや、そう眉間に皺を寄せては、折角の美しい顔が台無しですよ。ほら、もっと笑顔に」
『に、ニコォ(怒)』
か、完全にキレる。まずいなぁ、めんどくさい。と思ったのも束の間、母さんがコホンと咳払いをしたら二人は慌てて姿勢を正す。この二人は・・・
そうは思っても彼らは元々仲が良かったから、久しぶりとはいえ今の母さんの前だとなぁ、場を白けさせるだけだ。
「実はね、最近人間がどうにも怪しいからマクエルに頼んで監視してもらったの。これをクーちゃんに見てもらいたくて」
あ、いつもの母さんだと思いながらもその資料に目を通す。
・・・これは、母さんが言ってた本当の理由って、俺を人間から守るためにあえて突き放そうとしたのか。一瞬だったが、本当に絶望したような感覚に襲われた。
「最近の人間はどうにも不可解な行動をするので、奥様に降りる許可を頂いたあと、すぐに行動を開始した次第です。」
(((いや、行動速えぇよ!!)))
なんといったらいいのだろうか、こいつは、マクエルはかなり行動に移すのが速いので、みんなから『行動力の化身』と陰であだ名をつけられている始末。
資料を大体見て分かったのは、人間が何やら侵攻を企てていることと、ここヘブリエームの占領の二点だ。だが・・・
「だが分からんな、分からなさすぎる。」
「と、いいますと?」
「ヘブリエームは地上と離れていて、特殊な魔法展開門を発動しなければ侵攻はおろか、占領だって無理な話だ。」
なるほど、確かにとみんなが頷く。
さっきも言ったように、ここと地上は別の世界、いわゆる異世界の分類に入り、地上とは離れている。そのため、魔法展開門が必要となる。
しかし、魔法展開門を発動しなければ入国は無理な話だ。それに、たとえ発動に成功したとしても『霊装が一定以上でないとバリアに遮られて通れない』ので、人間が入るようなことは決してありはしないのだ。
だが、どの世界においても例外というものは常に存在するので警戒は怠っていない。
「ですが、これは事実。我々も応戦しては?」
「待ちなさいゼルエル。それでは国民の不満や反感を一気に買うことになりかねません。」
「でも、だからといって先に攻撃されて皆が苦しむよりはましでしょ!!」
「おい」
「いいえ。まだ開戦すらしていないし、向こうも準備に取り掛かっています。天使の力を恐れ、膠着状態とはいえ戦いにすらなっていないのです。」
「いや、だから・・・」
「それではいけないのですよ・・」
『・・・黙れ』
グランの一言で場は静まり返った。グランの身体中から溢れる黒いオーラから、殺意と怒りと悲しみが伝わり、それにあたった者は必ず萎縮する。それに例外はない。
「人間が攻め込むとしたら、恐らく早くても三ヶ月だろう。各国の主要都市の生産物を枯渇させれば、少なくともさらに三ヶ月は延期される。」
「た、確かに。食料事情によって延びる可能性はきわめて高いですから。」
「けれど、具体的に何をすれば?」
「雨を一ヶ月のうち、一日だけ降らせる。それだけでかなり衰退させられるからな。」
こうすることによって、人間は戦争の為に必要な食料を作ることができなくなる。まずはそれで様子見というのがグランの作戦だ。
「ですが、ぼっちゃまは・・・その、それでよろしいのでしょうか」
マクエルは少しばつの悪そうな顔をしながら、彼に尋ねる。
「・・・あぁ。俺はもう決めたんだ。ならば、なればこそここぞというときに決断しなければ、・・・しなければ俺は一体何のために此処にいるのか、分からなくなってしまう。」
彼がそう答えると、皆俯いて黙ってしまった。
なぜならば、人間が彼の人生を、いや、彼の全てを狂わせてしまった。
あんな悲劇は、もうたくさんだと、誰もがそう思わざるを得ない程に。