木陰の少女
霧が立ち込める朝。森林の中を掻き分けながら進む一人の女性。赤みの強い燃えるような髪に、透き通るような白い肌。鎧を纏っているため顔こそ隠れているものの、女性であることに間違いはない。
「・・・ふう。このあたりで休憩するとしよう。」
そう言って鎧を外し、隠れていた顔をのぞかせる。優しくおおらかな深紅の双眸に、左目の下にある泣き黒子。
彼女の名はイシュリア・ディン・アルガントナーク。現在戦争勃発中の連合首長国、その代表である
アレス・フォル・アルガントナークの実の娘である。
「はあ、参ったわね。これじゃいつ帝国に着くのやら。・・・気が遠くなりそう」
彼女は護衛を一人もつけず、単身で帝国へと赴いていた。その理由はおよそ数時間前に遡る。
連合首長国では、代表が最終的な決定権を持っているが、意見を述べる立場ではなく総意で動くというのがこの国の規律だ。会議の話題は一気に戦争へと発展していった。
連合は日々増えていく人口を自分達の治める領地では制御しきれず、国の総力を挙げて領地を拡大という名目のもと、その手に武器を取ろうとしているのだった。土地がなければ人は暮らしていけず、野垂れ死んでしまう。そうならないために、彼らは己が身を少しずつ、少しずつ削っていった。
領地拡大、国民の繁栄、それらが何よりも「国」が「国」たらしめる要因。だが、戦争をするにあたって重要な問題があった。数の理は連合が、武器などは帝国とそれぞれに軍配が上がる。
それぞれの長所と短所が把握している今、残るは部隊の士気と戦略に懸けるしかない。
「では、決まりですな。」
代表のアレスが会議の総意を決定し、ここにいる議員全員、すなわち満場一致で可決された。
その後すぐさま解散し、それぞれの役目へと足を運んだ。
その一分始終を見ていたイシュリアは、会議のことはてんで分からなかったが、帝国と戦争をするということだけははっきりと理解していた。そんな彼女に父である代表が近づく。
「すまんな、イシュリア。お前は争いごとが嫌いなのに、お前のように誰もかれも戦争なんて嫌だ、と叫んでほしいものだ。だが、現実はそうそう上手くはいかん。そこでだ、イシュリア。」
「はい、お父様。」
「お前は、せめてお前だけでも帝国に亡命しなさい。」
「ッ!!?」
信じられなかった。戦争をするというのに亡命、しかも敵国に、不安と驚愕で口が塞がらない彼女を、アレスはそっと抱きしめる。いつもの優しく、強く、包み込むような大きな腕に抱きしめられたイシュリアは落ち着きを少しずつではあるが取り戻す。
「お父様。なぜ、敵である帝国へと亡命せねばならんのですか?!隣国ならばいざ知らず、これから戦争をする国と・・・なんて・・・。」
「帝国でいいんだ。あそこには英雄がいる。といっても、こちらの味方でも、向こうの敵でもないらしいけどね。その人たちに会って事情を説明するといい。それだけでお前を陰ながら守ることができる。・・・・・・こんな不甲斐ない父によく傍にいてくれた。後は、お前の自由だ。我が愛しい娘・イシュリア。」
あれからひっそりと、衛兵の目を盗んでは隠れてを繰り返しながらこの森にようやくのところでたどり着いた。しかし、自分の国から馬車で出かけることはあれども、徒歩ならなおさらだ。
彼女が纏っていたのは霊装で戦乙女という。
戦乙女のような複数存在する霊装には様々な型があり、彼女の場合、隠密や奇襲といった斥候的役割を持つ強襲型に分類される。彼女の能力は自身、または触れた者の気配と魔力を周囲に溶け込ませることができる。それを駆使しながらここまで歩いて来たので時間にしておよそ丸二日かかってしまった。
「はあ、お父様。今は何をしてらっしゃるのでしょうか・・・。」
鬱蒼と生い茂る森に一人佇むイシュリア。
-戦争開始まであと四十六時間ー