終わりの始まり
夕刻になりかける頃、屋敷前の庭でグラフェルはただひたすらに得物の剣を豪快に、時には繊細に振るう。
「・・・ふっ!はっ!てやっ!はあああああ!」
傍から見れば、彼一人で剣を振るっているように見えるが実際は、「もう一人の自分」というよりは、「最強の自分」をイメージしながら行っていた。
「いつ見ても、豪快かつ精彩な動きをされますね。」
門前からディランがこちらへ歩いてくる。両手から山のように積まれている資料を落ちないようにしっかりと抱えながら寄ってくるので、グラフェルは多少ながらも苦笑した。
「せめて、その手に持っているものを置いてきてからこっちに来たほうが楽じゃないのか?」
「いえ、そういうわけにもいかないんですよ。こちらとしては。」
グラフェルの言うことも一理あるかもしれないが、ディランにはそれとは別の理由があることに気づき、それ以上は何も言わないことにした。
「ところで、ミレーユはどうした?一緒に来るんじゃなかったのか?」
いつもであれば、二人一緒に屋敷に帰ってくることが日常茶飯事だったので、彼は少し疑問に思っていた。
「ああ、今は一緒ではないんですよ。・・・・・・少し、寂しいんですけどね。」
「なるほど。今は・・・か。」
あからさまに「今は」と強調してくるので、グラフェルもそれに合わせる。
実はミレーユは現在、他国との広い面識を利用した外交勤務となっている。本来であれば、ほとんど家を空けることになるのだが、ディランは国の英雄的象徴でもあり、かつ本人からの要望がさらに加わったので、国としてもそれを断ることは出来なかった。
「彼女は実際、どれぐらいの働きをするんだ?」
ふと、グラフェルがミレーユの仕事ぶりを聞くと、ディランは顔に出るほど笑顔になり、
「それはもう、素人の目から見てもビックリしますよ!あの頑固な隣国の外交大臣と競り合ってそれに勝利し、なおかつ友好的関係を作り出すという偉業を成し遂げたそうで!えっと、他には」
「ちょっと待て、もう、その、大体分かったから。な?」
このまま話させていたら夜になるどころか朝になるだろう確信を得たグラフェルは、途中で話を切ることにした。
「そうですか。であれば、また今度お話ししますね!」
まるで延々と嫁の自慢話を聞かされる友人みたいな立場になろうとしているグラフェルは、もう諦めしか方法が無く、顔を引きつるぐらいしか出来なかった。
それから、三日後。ミレーユを乗せた馬車が屋敷へと到着し、二人は彼女に顔を見せ合う。
ディランは彼女めがけて抱き着き、彼女もまた、ディランを抱きしめ返す。
三日間とはいえ、お互いに全くと言っていいほど連絡が取れなかったためか、とても嬉しそうでグラフェルも思わず微笑んでしまいそうだった。
「ああ、ミレーユ。もう会えないかと思った。」
「私もよ。あなたに会えないなんてことになったら、いてもたってもいられないもの。」
・・・・・・なんだこいつら。このバカップルぶりは。グラフェルは少々イライラしていた。
目の前でイチャイチャされていては誰もがイラつくだろう。それはグラフェルとて例外ではない。
「・・・ディラン、ごめんなさい。」
ミレーユはなぜかばつの悪そうな顔をしている。
「?どうしたんだ?どこか具合でも悪いのかい?だったら・・・」
「違うの、そう、じゃないのよ。実は」
ウオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
「何だこれは!?」
「・・・警報?」
突然、サイレンらしき警報音が辺りに鳴り響く。この警報はこの国の厳戒非常態勢を知らせるためのもので、多少耳障りではあるが、これくらいでないと危機感が持てないということもあるだろう、グラフェルは深く思考する。
「実は、この警報。戦争の前触れとしてなの。それも、連合と・・・」
「おいおい」 「マジか。」
連合は規模は小さいとはいえ、各国をけん制できるほどの軍事力を保有しており、我先に落とそうとするくにはどこもないと言われている。そこと戦争するのは余程のことでない限り、有り得ないといっていいほどだ。
「一体どうしたんだ?なんで連合と戦争するんだ?」
「それが・・・・・・・・・・・・」