神と人の溝
グランは残った仕事を片付ける。しかし、誰がどうみてもその顔はご機嫌斜めである。
「全く、人間はそろそろ自分たちの置かれている立場を理解してもらわないとな。」
「そのとおりでございます。陛下」
ゼルエルが相づちを打つ。だが、彼の気持ちだけは、長年仕えてきたゼルエルでも分からなかった。
いや、正確には分かることがないのだ。元々、彼女達天使は人間を守るものだ。神々から生み出され、人の光と為るべくして生きている。
が、人間を憎んでいるグランは、彼女達天使の本来あるべき役割を自分の手で放棄させている。
しかし、彼が元からこのような人柄ではなかった。彼の両親曰く、自由奔放で人懐っこく、優しさが強すぎるほど、人柄がよかったらしい。
だが、人間は彼の存在を否定した。強すぎる力がたまたま持っていただけで。
日が暮れ、空に帳が蔓延る《はびこ》頃、廊下を二人で歩いていると、一人の女性が待っている。
「お疲れ様、グラン。」
彼女はグランの妻で、名をレティシア。レティシア・プラーシェ。
通称はティアで、髪は青みがかった緑で肩まであるセミロング、瞳はライトグリーンで左のもみあげが長いのが特徴。
神名・『アルテミス』。彼女が持つ霊装の名前だ。
霊装とは、この世界における力で発動する人によって姿や形が違う。
また、全く同じということは決してないといわれている。
ゼウスとヘラの娘で、彼女も神である。風属性を司り、大気を自在に操れるという。属性とは、炎、氷、風、雷、水、土、そして光と闇。この世界を構築しているものの一つで、これを知るのは基本中の基本だ。
「あぁ。今日は久しぶりに嫌な一日だったよ。」
そう言いながら苦笑する。
「また人間がなにかしたのね。もういい加減にしてほしいんだけど。」
彼女は呆れながら話す。
「しかし、仕事ですので・・・どうかご容赦を」
「そうね。ここでどんなに愚痴っても仕方がないわね。」
「ゼルエルも大変なんだよ」
三人で話しながら外に出る。二人の家はかなり近くに建っており、ゼルエル達天使は、基本的に専用のアパートに住んでいる。が、例外はあるようで、護衛天使達は主人と共にいなければならないので、同じ屋根の下で暮らすのである。
玄関にたどり着き、ドアをノックして家に入る。すると、
「「「おかえりなさいませ、旦那様、奥様。」」」
廊下の横で帰りの挨拶をするのは、ゼルエルより後に仕える護衛天使だ。
「ただいま、みんな。何も変わりはないか?」
「はい。今日も何も変わりなくすごしております。」
この護衛天使達は、身の回りを整頓する掃除係。
実は護衛天使といっても、様々な役割を一つにするのではなく、適正判断をしながら、己に見合ったものを見つけることが最重要事項で、大きく分けるとすれば6つある。先述の掃除係、監視役、開発者、警備員、指南役、護衛極者。ゼルエルは護衛極者に当たる。役割としては、主人の身元保証人のようなものであり、それこそSPと何ら変わらない。役割を振られており、それを変更する場合は、直接王のもとへ行かねばならない。これは、一切の不正をしていないことを王に見てもらうためである。
護衛天使達は、己の役割に応じて身に付けている宝石がある。
掃除係はペトリファイドウッド、監視役はオブシディアン、開発者はエメラルド、警備員はスコレサイト、指南役はアジュライト、護衛極者はタイガーアイ、という風にそれぞれに合う宝石を、体の一部に身に付けることを義務づけている。
これは、それぞれの役割をきちんと果たさせるためのオプション的なもので、区別しやすいようにさせるだけである。
「そういえば、伯父様と伯母様が呼んでいたわ。一体何の用かしら?」
「え?なんで?」
彼女がグランの両親をそう呼ぶのは、彼女の母親であるヘラがシャルルの異母姉妹だからだ。といっても仲が悪かったわけではなく、むしろ仲睦まじく共に育っていった。
「お姉ちゃん、あそぼぅ」
「いいわよ~」
と、言いながら戯れるぐらいで双子ではないかと思う程の瓜二つという顔立ちであった。
ヘラがゼウスの妻になったとき、シャルルはというと、怒るかと思って身を構えている彼女にむかって、
「いいなぁ~、私も早く結婚した~い。」
と、かなり羨ましそうで二人はというと、呆然としていた。大好きだった姉が奪われることに何の不満も抱かないのかと、二人は不思議でならなかったそうだ。
「あぁ、人間の件についてか。ま、仕方がないとはいえ、心配性にも程がある。」
「でも、そうは言ってられないでしょ。なんだかんだいって」
「そうですね。旦那様と奥様は坊っちゃんがきちんと仕事をなさっているか確認もされていますし、何よりお二人の関係も把握しているのですよ。」
「「え」」
アルティミシアは顔を真っ赤にして俯き、グランは恥ずかしそうに頬をかく。
そんなこんなで家に着いた三人は、彼らのいるところへ向かった。コンコンと扉をノックするグラン。
「どうぞ」
中から優しい女性の声が聞こえたので、そのまま中へ入る。
「さあさあ、どうぞ座って座って~」
そうソファーに座らせるのはグランの母親のシャルル。その隣にはヘリオスが腕を組んで座っている。三人はソファーに座る。
が、部屋には重い空気が全体にのしかかり、はりつめた緊張感が漂う。
「・・・ふぅ。グラン、あなたを、あなた達を呼んだのは他でもないわ。」
開口一番はシャルルだ。だが、彼女は普段、彼をちゃん付けしているが、真面目な時と怒ったときはなくなる。ゆえに、背中に寒気が走る。
「もう、これ以上人間とは関わらないほうがいいわ。」
その言葉は、一瞬で彼らの面を食らわせるにはあまりにも十分過ぎた。