静かな雨音
―またあの夢だ。
一体いつになれば、俺はこの夢を見続けるんだろうか・・・―
地上での生活を余儀なくされ、仲間たちとの連絡もあまりとれていない中、グラフェルはひっそりとディランとミレーユの棲む家で生活している。また、グラフェルはここ最近、同じ夢ばかり見ているらしく、それがどんな夢かはディラン達にも教えられていない。
(あれは夢...なのか?......いや、たとえ夢だとしても何価値があるというのだ。)
グラフェルは夢を見るたびに、その光景が脳裏に焼き付いて離れず、何かを考えるたびにそれを真っ先に浮かばせてしまうほどに。
夢の内容は非常に簡単だ。仲間が、家族が、自分の目の前で次々と葬られてゆく光景。敵が目の前にいるというのに、何も出来ない、体が動かないといった感覚に縛られている。
だが、敵はどこにもいない。いないはずなのに、自分の手のひらが妙に熱い。
恐る恐る手を開き、それを見た瞬間、体中からあふれ出るドス黒いモノに体が支配される。
そこで夢は終わり、グラフェルは目を覚ます。だが、夢だというのに、感覚が未だに残ってしまうのだ。最初は気味悪がっていたが、何回、何十回と繰り返されるたびに慣れてきてしまっている。
これは夢だ、現実ではないと、そう自分の心に言い聞かせているのかもしれないし、もしくは見て見ぬふりをしているのかもしれない。だが、自分の身に起きているのにそれを受け止められないのは虫唾が走るというもの。
グラフェルは今までに体験し得なかった感情が沸々と沸いてくる。これが何なのかはすぐに理解できた、いや、出来てしまった。といった方が正しいか。
【怒り】である。普段、グラフェルは怒るというものとは無縁といわれるほどやさしい性格の持ち主で、この感情は本来ならば誰もが持ち得ているはずのもの。しかし、グラフェルはなぜか、この感情だけ全くと言っていいほど無い。
グラフェルはたくさんの善意に囲まれながら日々を送っていた。怒りや憎しみ、悲しみ、哀れみなどのマイナス、ネガティブな感情は一切直面していなかった。グラフェルが子供のころに起きた戦争の最中に人が死んでいく様子を、ただ見ているしかできなかった彼は、その瞬間に深い悲しみを覚えた。
簡単に言えばグラフェルは純粋であり、水を吸収するスポンジのように覚えが早く、また賢い。
自分なりの信念を持ってはいるが、非常に騙されやすく、人の見にくい部分をあまり見ずに育てられてきてしまった為、心の強さや精神力といったものは他人と比べると非情に脆いのだ。
「グラフェルさん。本当はあまり眠れていないのでしょう?少しは横になっていた方がいいのでは?」
心配そうに彼を見つめるミレーユ。来たときと比べると、いささか痩せこけているように見えなくもない。一カ月近く同居しているので、些細なことでも気をまわしてしまうのも無理もない話である。
「気持ちはお察ししますが、今は休養を取ることが先決だと思います。私としては、連絡を待つばかりでは何も始まらないから、体を動かしたり、本を読んだりしています。が、今の貴方は健康状態は...良くありません。じっとしていたって、どうにもならないのは貴方がよく理解しているはずです。」
ディランが休養を取ることを勧めてくるほど、今のグラフェルはかなりまずい状態に陥っている。
「分かっている。分かっているさそんなこと。自分の体は自分自身が一番理解している。......だが、怖いんだ。夢でみたものと同じようになってしまんじゃないかって。」
英雄と謳われたグラフェルが、見る影もないほどに表情が曇ってきている。夢、その言葉を何度も聞いてきたディラン達は、ある一つの仮説を立てていた。
それは、彼が前世の記憶を夢か何かで無意識のうちに再現してしまっているのかもしれない。
そう考えている二人ではあるが、あくまで仮説の一つに過ぎないので、中々切り込むことが出来なかった。
そうこうしているうちに、グラフェルは外の様子をうかがっている。現在は雨が降っており、地面に打ち付ける雨音が少し聞こえる。
「......そろそろ、お前たちに話しても良い頃合いかな。」
「「?」」
「実は、俺のから...だ、の...うぐっ。あ、あが...あ、頭が、あぁぁああああぁぁあああぁ!!!!!
!!」
急に苦しみだし、頭を抱えるグラフェル。すぐに彼を部屋のベッドに寝かせ、神に聞くかどうかはわからないが、人間の薬を飲ませる二人。
「一体、どうしたんだろう。グラフェルさん。私達に話すことって......。」
「......分からない。今は、ただグラフェルさんの快復を待つだけだ。話はその跡でもゆっくり聞けるさ。」
二人は心配そうに彼を見つめる。
グラフェルはまた夢を見ていた。
また同じ夢か...。そう思っていたのだが、辺りを見回すと、最近見ていたはずの光景ではなくなっていた。
(い、一体、何が...!?)
気配を感じ、後ろを振り向くと、漆黒の鎧に身を包んだ者がただ一人、ある一点のみを見つめている。
―彼を。生気のない瞳で、じっと。まるで、心の底から見透かされるように。―