決意のとき
はるか空高くにある天界。ある丘の上で沈んでいく夕日を眺めながら、心配そうな顔をする人影が二つ。一つはグラフェルの父親であるヘリオス。もう一つは母親のシャルル。二人は地上に降りて行った息子たちの安否を、今か今かと心寂しく待ち続けている。
二人は太陽と月の神。この世界で言えば最高の存在であると同時に、グラフェルの肉親でもある。
毎日報告を聞きたそうにしている二人を見ている天使達は、不安と焦燥に駆られていた。それは無理もなかった。
グラフェルは、生まれてからずっと天使達とともに暮らしてきた。ヘリオス達が親であるのなら、天使達、特に護衛天使は兄弟ともいえるほど、日々を送っていた。護衛天使たちからすれば、出掛けた弟の帰りを待っているという感覚に近い。
「私達が地上にいけるのなら、グーちゃん達を辛い目に合わせられずに済むのに。」
「仕方のないことだが、やはり辛いな。待つだけというのは。」
二人は最高神という破格の力と存在を持っており、ひとたび地上に降りれば世界にどんな影響を及ぼすか彼等自身知らず、また、神の誓いによって二人だけ天界に留まらざるを得なくなったしまった。
ほかの神は、ある程度の力を制御することが出来るが、ヘリオスたちは制御できても「存在」という情報だけで刺激を与えることになってしまう。そうならないために、誓いが確立されたのだが、やはり親は親で、子供の行方を知りたいと思うのは当たり前である。
「・・・あの子達、今どこにいるのかしら。行方が分かればいいんだけど。」
「行方が分かったところで、君はすぐにでもすっ飛んで行くのだろう?とても辛いだろうがそれだけは我慢してくれ。」
「そんなことを言われても、あなたは心配にならないの!?あなただってすぐに行きたいはずよ!こんなところでじっとしていたって、私達に何ができるの?!」
「・・・私達が行けば地上はおろかこの天界にまで影響を及ぼしかねないんだぞ。それに、護衛天使のみんなだって、本当は仕事を放棄してまで行きたいはずだ。誰がここを守るのだ、彼らの帰る家を、彼らの世界を。・・・・・・私だって今すぐに行きたいさ。」
「・・・あなた。」
悔しそうに、辛そうにしながら自分の気持ちを堪えているヘリオスを見ているシャルルは、何も言わず、ただ夜へと移り変わる空を眺めていることしか出来なかった。
日が完全に沈み、夜へと変わり、町に灯りがつき始める暗さになった頃、天界にある「花園」へと足を運んだのはヘリオスとシャルルの二人だ。
ここに来るのは大抵グラフェルを家へと連れて帰るのが目的なのだ。が、奇しくもそれが習慣となってしまっていたため、二人は意外にも無意識でここまできたのである。
「・・・そう、だったわね。グーちゃんは今、地上だもんね。なんだか嘘みたいにあの毎日が楽しかったのね、私たち。」
「・・・ああ、そうだな。あの何気ない毎日が本当に楽しかったのだな。」
グラフェルが地上に行くまでの平凡な日々、それこそが二人にとってのかつてない幸せをもたらしてくれた。二人は今沸き起こる感情を胸に収め、決意と覚悟をその目に宿しながら、門を管理している魔法門管理局にいる天使達のもとへ訪れる。
「おや、お二方。このようなお時間にどういったご用件で?」
二人を見つけた大天使、【ゾルエス】が用件を伺う。
ゾルエスはこの魔法門管理局の局長を勤めており、戦闘面よりも管理という一点にのみ製造された天使。
ここにいる天使達はみんなゾルエスのようにここの管理を任せるためだけに産み出された存在。
「いや、なに。実は任務で地上に降りている息子たちの救援部隊を派遣しようかと思ってね。ここなら、いろんな天使たちの情報もあるだろうと思って見に来ただけだよ。」
「なるほど、そうでしたか。」
実はこの魔法門管理局、表向きは門の管理だが、実際はあらゆる天使達の情報、現在位置、任務の実績などのデータがここに集約されている。要は天使のデータベースといったところである。
「しかし、編成するにしても派遣するにしてもこの時間帯ではコンディションの問題もありますのでおすすめはおろか、閲覧も制限させておりますゆえ。」
ゾルエスが言うように、天使も創られたとはいえれっきとした生物、生き物である。感情もあれば思考することもある。モノではまったくないということはヘリオスとて承知の上である。が、今回はいくら最高神といえど、天使達の体調などを考慮せずに出撃させるのは無能のすることである。
「だが、今日は閲覧のみで許してほしい。出撃させるのは4日後の正午だからな。それまでに編成できればいいのだが・・・」
「・・・そうですねぇ。閲覧のみ、というのは多少は妥協できるかもしれませんが、今となってはどうしても無理、といったほうがよろしいのでしょうね。これは私たちも協力はしたいのですが、なにぶん生活がかかっておりますので。承諾することは出来ません。」
頭が固い、というよりは仕事に忠実、という表現のほうが正しい。彼らとて家があり、お金があり、それらを維持するための条件としてこの仕事をやってきているのだ。あまりイレギュラーなことがおきると、それだけで麻痺してしまう可能性もある。ここはかなりデリケートなのだ。
しかし、ヘリオスはそれを見越しているかのように、不敵な笑みを浮かべ、
「それもそうだろう。・・・だが、天界に、神に、天使に人間に加担する者、裏切り者がいるとしたら?」
その言葉はまるで、ここにいる天使達を試しているかのように言い放ち、その場を去ったヘリオス。
それを聞いた天使は疑心暗鬼に悩まされることになることを覚悟した。