何気ないもの
ブロンフェイゼ皇帝国で襲撃に会い、グランの救援で事なきを得たディラン。あの後、もう遅いから話は昼頃にするとしよう、とグランが提案してきた。さすがに、もう真夜中。月は出てまだ明るいほうだが、むしろ逆だ。こういう夜ほど襲撃のチャンスはそうそうやってはこない。
とりあえず、グランを自分達が寝る部屋の隣、来賓用の客室へと案内した。何かあった時のために隠し通路を作ってある。これならば襲われてもすぐに対処ができるというのがディランの用意周到な対策である。
まあ、ぶっちゃけ本人がよく狙われているので作らざるを得なかったのだが、それは伏せておこう。
時計の針が3時に差し掛かるころ、またもあの夢なのかも分からないモノを見た。
眼前の景色は干ばつした大地のように、草が生えておらず、空は赤く焦げ、足元を見ると血の海が。
ー運命の刻≪とき≫が近づいている。決して失うな。守れ。力が欲しければ奪え。敵の全てを。ー
(な...何だ?一体、こいつは、いや、俺?俺...なのか?だが、どこか違う。それに、声が出ない。)
ー今、お前が見ているのは未来の世界。そして、未来の俺≪グラフェル≫だ。-
(なっ?!)
何故だ?何故だ?そのことしか疑問が思い浮かばない。あり得ないものを目にした時、人は恐怖するか、それを受け入れるか、否定するかに分かれる。グランの場合は後者だ。あまりにも唐突な出来事、あまりにも残酷な未来。そして...あまりにも辛そうな顔をするグラフェル≪俺≫。
―もう、これで...―
その言葉がなんと続くのか分からずのまま朝を迎える。
時計は8時を指している。
グランは眠気を取るために顔を洗う。その後、ディラン達がいるであろうリビングへと足を運ぶ。
やはり二人がいた。ミレーユは朝食を作り、ディランは片腕しかないにも関わらず、器用にテーブルの上に皿を並べる。この様子だけでも、二人が命を狙われているとは到底思えないほどありふれた日常の雰囲気しかない。むしろ、よく平然としていられるものだなと、グランは感心しつつも少し突っ込んだ。
「あ、グランさん。おはようございます。」
「おはようございます。」
「ああ、おはよう。二人とも。悪いな、お前らにこんなことさせて。」
客とはいえ、すでに見知った顔同士なのでそういった配慮や気遣いはしなくていいのだが。
ディランはかぶりを横に振る。
「いえ、あなただからこそなんですよ。」
屈託のない笑顔でディランは答える。まだ知り合って日は浅いが、それでも彼にとっては命の恩人なので無下にするような真似はしたくないという、意志の表れでもあった。その顔を見て、グランはやれやれと少々冗談交じりで悪態をつく。といっても、だいたい予想はついていたが、まさか、ここまで素直すぎるのかと考えていたことが若干ではあるが斜め上をいったことには変わりなかったからなのか、内心意外と驚いている。
さっき見た光景が幻だったかのような感覚だ。今までこんなことはなかった。
自分自身が見せているのであって、決して他人の空似ではない。今までが朧気に見えていたのか、それとも...。結果はどうあれ、今を生きるしか、選択の余地はなさそうだ。