悪魔の棲む町
カスロヘス商業中央区。ここはかつて大戦争≪ラグナロク≫が勃発し、滅びかけた場所の一つ。現在は各国から商人や大工達がわんさかと押し寄せてきて、復興作業をいそしんでいたため、その跡が一つも残っていない。また、ここは各国から特産品や、それらを使った料理などが味わえるため、町の活気は衰えるということを知らない。そんな場所に、エルシアが出向いた。彼女はここの復興支援を仰いだ一人として、町の人間からはかなりの好印象を持たれている。とはいえ、今は天界≪ヘブリエーム≫の任務で此処に来ている。一応、アポは取ってはいるが、果たして向こうはそれに応じてくれるだろうか。そう悩みながらもカスロヘスで一番大きい建物、【モーロス大聖堂】へ足を運ぶ。大聖堂、とはいっても実際のところは、たくさんの人でいっぱいだ。その人達は全員、国際連合救援受付所、通称【ギルド】と呼ばれている。まあ、要するにお助け屋といったところだ。エルシアはその人混みに臆せず、カッカッと踵を鳴らす。カウンターにいる受付嬢に、ある一通の手紙を見せる。それは天界≪ヘブリエーム≫印のろうがついた本物の紹介状。その手紙を見た受付嬢は血相をかきながら、上につなぎ、連絡を取る。実はヘブリエームは独立国家として扱われている。ラグナロクの後、グランが正式に王となった際、彼は独立することを各国に宣言していた。世界共通の法律を使おうとしても、あそこは完全に治外法権と化している。そのため、こちらからは下手に手を出すことが出来ない。そんな中で天界の紹介状を持つ人が来たのだから、慌てるのも無理はなかった。むしろ、平然としていられるほうが無理である。
上から話は聞いているから通して差し上げろ、と言われたものの、明らかに気まずそうな顔をしているので、流石にエルシアは心の中で大きなため息をつき、その受付嬢に声をかける。
「気まずいところ申し訳ないのだけれど、貴女がそんな顔をされては私まで気が重くなるではありませんか。もう少し楽に、それこそいつものように笑顔を向ければいいのです。」
エルシアは元々、貴族「フォルガート家」に生まれ、代々受け継がれる騎士道精神と槍術を叩き込まれ、歴代の中で最も優秀と謳われていた彼女。だが、その時はまだ子供、自分に向けられる期待がいつしか嫌になって、家を飛び出したことがあった。飛び出てきたはいいものの、何をすればいいかわかるはずもなく、ただひたすら彷徨っていた。正午に差し掛かるころ、偶然にもグランと出会う。お腹が空いており、今にも倒れそうな彼女に、本来ならば自分が食べるべきお弁当を丸ごとくれたのだ。本当にいいのかと恐る恐る聞くと、目の前で助けを求めるなら、助けないと気が済まない。そう言って彼はその場を去った。
その時に食べたあの弁当の味が忘れられず、助けてくれた彼は、いや彼こそが私が望んだ理想の人だと思い始めたエルシア。だが、あの戦争の後、グランは深く傷つき、自ら殻に閉じこもてしまった。
ある者は彼の心の傷を治そうと、またある者は戦場に赴くには早すぎたなと侮辱する。
あの時のお礼を返すのであれば、今ここでしなくてはいけない。そんな気がする。が、いざ彼の部屋に入ろうとすると、悲鳴のようにも聞こえる叫びが木霊する。どれほどの恐怖を味わっていたのか彼女は知る由もなかったが、何とか勇気を振り絞り、部屋に入る。すると、目の前にはレティシアが。グランを落ち着かせるために背中をさすり、寝息が聞こえたら、そっとベッドに寝かせる。
彼女曰く、自分を守ってくれたグランを責任もって介抱すると決めて、今に至るそうだ。元々、グランは優しく、草花を愛でるような慈しむ心の持ち主だったが、ある時戦場を目撃してしまい、そこで命が奪われてもおかしくはなかった。すんでのところで両親が駆け付け、九死に一生を得た。その時に見た血と死体が未だに鮮明に覚えており、時折夢でも出てきてしまうほど。さらに追い打ちをかけるように、ラグナロクで直に体験してしまったため、フラッシュバックが毎晩続くと。それを聞いた彼女は、益々彼を放っては置けないと直感で判断し、レティシアとともにグランを介抱した。その成果もあってか、わずか半年で精神状態が安定した。とはいえ、それでもトラウマになっているため注意はするが、彼の笑顔がまた見れる、そう思ったのもつかの間、魔族狩りのおかげで、グランの精神状態が非常に芳しくない。ならば一刻も早く鎮静化させて、負担にならないようにしなければ。
焦燥感をよそに、「ギルドマスター」と呼ばれる者の部屋に着く。
「お久しぶりです。エルシア様。」
彼はこのギルドを立ち上げた創始者、「アルベルト・ノヴィータ」。彼は悪魔だが、ラグナロクに参加していない、いわゆる穏健派のうちの一人。賢者≪ワイズマン≫の権能≪ギフト≫を所持しており、博識において右に出るものはいないと言われている。特に錬金術においては彼の得意分野でありながら、ルーン、魔法、魔術においても秀でている。常に眼鏡をかけており、桜色の髪と琥珀色の瞳を持つ、見た目だけで言うなら、20代前半か、もっと大げさに言えば10代なんてこともあるぐらい若く見える。が、実際は2037歳で、この年齢は悪魔の中でもかなり限られている古参の悪魔だ。
「ええそうね、お久しぶりですアルベルト。...いえ、ミスター・アルベルトとお呼びしたほうが?」
「いえいえ、その点についてはアルベルトで結構ですよ。...͡コホン。それはさておき、貴方達は今、魔族狩りの原因、それと執行神達の捜索を請け負っている、といったところでしょうか。」
「・・・流石ね。正確すぎて逆に気持ち悪いくらいだけど。それにしても、その情報は一体どこから流れておいでで?」
「それは守秘義務でお願いします。なんせ、私の命にかかわってますので。」
「そうね、あまり詮索しないでおくわ。」
彼女はアルベルトの情報収集能力と分析は一級品だけど、こういういかにも胡散臭そうな雰囲気をどことなく醸し出す彼を、あまりいい印象は持たない。味方なら優秀なことこの上ないが、敵に回すと非常に厄介であるため、不信感がどうしても拭い切れないでいた。
「・・・・・・単刀直入に言いましょう。私はこの件に関しましては、一切の関与を致しません。」
苦虫を噛み砕いたような顔をする彼に、その言葉に、エルシアは驚愕するしかなかった。