背負うもの
襲撃されてからおよそ二時間がたち、三人はリビングの方へと足を運んだ。あれから四年が過ぎており、顔も手紙一つも寄こしてくれなかったあの人が、今目の前にいる。綺麗な髪と瞳。それだけ見ているとどうしても男性とは思えないほどで、男とは思っていても、あの瞳を見るだけで心臓のリズムが狂いそうだ。
だが、何故ここに?・・・いや、それよりもまず、現状について話し合わなければ。
そんなことを考えているうちにリビングに着いた一行。ミレーユがお茶を用意し、グラフェルがそれを口に当てすする。
「まずは、そうだなぁ。魔族狩りの話からするとしようか。」
「「はい」」
「お前たちのことだからすでに各国に要請しているのだろうが、生憎それはおそらく受理されないだろう。その理由が分からんお前達でもないだろ?」
「・・・・・・はい。しかし、何故彼らは受理しないのでしょうか?我々はいわば同志、別段裏切るような真似は、できないのでは?」
そう考えるディランだが、グラフェルから発する一言で、怒りに飲まれる。
「獣人国はともかく、共和国までもが裏切るだろう。共和国は裏では、魔族の人身売買を盛んに行っており、体のどこかに『奴隷』としての焼き印がしてある。部下たちの報告によればな。」
「そ、そんなはずがないでしょう!!獣人国は賛同してくれているし、何よりその共和国からの返事にも賛成の色がありました。これらを証拠にしても共和国は裏切っているとまだ言えるんですか!」
「ああ。」
彼の怒りは呆気にとられるほどグラフェルの返事はあまりいにも淡々と答えていた。
一方、ジャルシャクス獣人国へと向かっていたレティシア。着いた頃にはすっかり夕暮れで、これから商人たちの立ち入り規制が開始されようとしていた。商人の馬車の中を捜索するにしては物騒すぎるほどの人数で確認していた。その数およそ十。荷物を確認した後、本人であるかどうか確かめるために身分証を、帳簿といくつかの資料を見比べて正規の入国なら通れる、が、それにかかる時間は何と三十分。あまりにも厳重すぎて商人たちがそうそうやってこなかったのにはこれが一つの理由だったりする。
「次!そこの女。ん?怪しいな、フードをとれ。」
言われた通りにフードをとるレティシア。ティアは夜でも昼と同じくらいの明るさで見渡す事が出来る眼、通称【狩人の神眼】。その眼は鮮やかな緑色に輝くため、それを見た門番は驚愕した。
「何をしているの?はやく通しなさい。」
「は、はい!このお方をすぐに国宮へお連れしろ!!」
「「は、はっ。」」
そう言われて連れていかれたのは「国宮」と呼ばれるこの国で一番大きい建築物である。ここは、国民を全員かくまえるだけの広さと頑丈さを誇る。どの部屋も大きいが、とびっきり大きな部屋にたどり着く。そこは正しく王の間。ドアが開かれたと同時に、雄々しい声が部屋全体に響く。
「「「六神が一柱、レティシア様のご入室!!!」」」
玉座まで進み、そこに居座っていたのは現国王、「ガーランド・グエルドフ・デッゾ・ジャルシャクス」というクロサイ型≪タイプ≫の獣人。年齢は人間でいうところの九十代で、これでも獣人にとってはまだまだ若造である。どれだけ長寿なのかというと、人間が長生きして百で人生を全うするのだと仮定した場合、獣人はその十倍近く生きることが出来るほど。しかも、しわもある程度までしか出てこないため年齢が分からないのがほとんど。
「久しぶりね、ガーランド。」
レティシアが話しかけてきた。本来であるならば今ここで殺されてもおかしくはないはずだが、衛兵達は武器を構えるどころか無視している。実はここジャルシャクスでは、強いものが常に勝者だと謳い続けてきた。国王であるガーランドも力はあるがティアと戦って負けたことがある。そのため彼女は戦う女神としてこの国では彼に続いて人気を博している。その人気者に矛を向けるということは彼女のみならず、国王の顔にまで泥を塗ることになるのでそれこそここで殺されてもおかしくはないのだ。
「ええ、お久しぶりですねぇレティシア嬢。四年振り、ですかな?貴殿とこうして再び顔を合わせるとは・・・いやはや運命という物は時として不思議なものをお与えくださる。して、今回はどのようなご用件で?」
「単刀直入に聞くわ。貴方達、魔族狩りの話は聞いている、よね?」
その言葉で衛兵達がざわつく。今ここで出すべきではないと思ってはいないがまさか彼女がなぜそのことを知っているのかという驚愕からなるざわめきであった。
「静まれ。」
王の一言で場は静まり返る。
「こほん。先ほどの話ですが、もちろん聞いておりますとも。入国する際貴女を身に染みたでしょう?ああでもしなければいつこちらに刃を向けてくるのか分からないのです。仕方のないこととはいえ、すぐに貴女だと思えなかったものですから。とんだご無礼を、お許しいただけますか?」
ガーランドが頭を下げながら謝罪すると衛兵達も後から後からと次々に下げる。
「もちろんよ。なにしろ状況が状況だし、貴方も、門番さんも職務として国民を守ろうとしていた。それはとても立派なこと。謝る必要なんてないわ。さあ、頭を上げて。」
「・・・失礼しました。私達は確かに国民を守るために動いてきました。かのブロンフェイゼ皇帝国からも要請が来ましてねぇ。私達もこれに賛同はしている。のですが・・・」
「?なに、どうしたの?」
「他の国から、特にフェルセーン共和国から圧力をかけられていまして。現状維持をしなければ我が国を真っ先につぶすと。そう、宣告と契約書が届きましてねぇ。ディラン殿達のために動くわけにもいかないのです。」
彼ら獣人にとって一番大切なことは同族の社会的地位の確立と、それに伴う衣食住の保障を提供するということ。もちろん、力あるものを敬うのは礼儀の一つだが、それ以上に彼らは義理堅い。一度受けた恩は必ず返すので、信頼できるものには全力で一緒に取り組むのが獣人という種族である。
「おっと、今日はもう遅い。こちらで宿を取ってはどうでしょうか?もちろんメイド達にも言って聞かせますので。いかがでしょうか?」
「そうね、確かにもう遅いし、ここで宿を取らせてもらうわ。その厚意、ありがたく受け取っておくわ。」
「いえいえ滅相もない。願ったりかなったりだ。さあお前達、レティシア嬢を部屋へご案内して差し上げろ。」
「「「はっ。我らの命に代えても。」」」
部屋についたレティシアはグラフェル達に報告書を作っている。その内容は今日のことと、この国は敵であること。そのころガーランドは眉間にしわを寄せて自分が映る等身大の鏡の前で話す。まるで、自分に言い聞かせるかのように。
「レティシア嬢。・・・申し訳ない。吾輩は無力だ。民を守ることも、貴女に借りを返すことも出来ずに奴らのいいなりになってしまった。うっ・・・ぐっ、くそぅ・・・・・・」
その背中には、見えない十字架とプレッシャーで今にも押しつぶされそうな勢いで彼の背中にのしかかっている。
後に、かれは「最雄王」と後世の人々に語り継がれることになる。