再開
グラフェル達が魔法展開門≪アルカナゲート≫へと向かうその頃の地上はというと、ディランは各国に魔族狩りの迅速な対応と、被害者である魔族達の保護の要請を部下に任せて今ある資料に目を通していた。
これらは全て魔族狩りによる被害届と、それに伴う行商人への襲撃の報告書である。彼の机や椅子の周りにあり、目が痛くなるほどに埋め尽くされている。
やっと仕事が終わり外を見渡すと、もうすっかり夕暮れで、これから夜になるというほど陽が落ちていた。
「はあぁ。疲れた。やっと終わったといっても、まだ・・・これだけ残ってるしな。どうしようか?」
必死に取り組み、見逃しも発生しないようにしていたが、まだ山積みにされている資料を見ると、気が遠くなりそうだ。
誰かがノックする。「どうぞ」
「お疲れ様。今夜はあなたの大好物の『パピヨンドレイクのきのこソテー』と、『永遠草≪えいえんそう≫とローヤルゼリーのオリーブオイル和え』に、『茨の林檎≪ソーンアップル≫で作ったアップルパイ』よ。疲れた時には、やっぱこれが一番でしょ。」
「おお、さすがだなミレーユ。ありがとう。やっぱ幼馴染なだけあって、俺の好みが分かってるねぇ。最高の嫁を貰っちまったなこりゃ。」
「ちょっ、そんな恥ずかしいこと言わんといてぇ。めちゃ照れるやん。」
「おい、訛ってる訛ってる。」
二人は結婚する前からの幼馴染で、親同士がとても仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。が、ラグナロクの戦時中で、ディランの両親は強欲龍≪ザウーロス≫の吐息≪ブレス≫から彼を守るために、自ら犠牲となった。怒りのあまりに我を忘れ、ザウーロスの七つある心臓のうち、二つを噛みいた。そのせいもあってか、彼は龍滅者≪シグルド≫へと霊装≪コード≫のクオリティがアップした。その後のディランは、いわば無双状態で、【強欲龍】と謳われたザウーロスを撃退することに成功した。
とはいうものの、『龍』という種は、不死ではないが不死に近いといわれている。その理由のひとつは心臓の多さである。元々、魔力が神を除いて頂点に君臨するほど膨大で、その影響として周囲の下位魔物達は、その魔力に耐え切れず暴走してしまうか、自我を失う前にその場から即刻逃げるかのどちらか。
もうひとつは異常なまでの硬さ。この世で最も硬いといわれている「ヴァジュラム魔帝石」に匹敵する。
ヴァジュラム魔帝石は、生産量はおろか、発見する事さえほとんど不可能とさえ言われている。なぜなら、その石は龍の体内に蓄積されているからである。そのため、龍という種族は、不死と言われてもなんら遜色のない生物だ。
ディランの持つ龍滅者≪シグルド≫の霊装≪コード≫は、この世界における強さでいうと英雄系≪ファンタジア≫に位置する。わかりやすく説明すると、上から順に
神話系≪レガシー≫・・・・・・神そのものといわせしめる。魔力量は絶大で星ひとつを覆いつくす程で、神器を所持している。
英雄系≪ファンタジア≫・・・・御伽噺に登場する英雄や伝説が具現化したもの。それになぞらえた魔剣や聖剣、聖槍と魔槍といった魔力を秘めた武器が召喚できる。
夢物語系≪フィソロジー≫・・・・英雄にはなれなかったが、人々に語り継がれるほどには名が通る。
未定系≪ブランク≫・・・・まだこれから昇格できる、簡単に言えば一般的な兵士。
グラフェル達神は基本的に神話系≪レガシー≫に該当する。ディランは上から二番目で全世界のおよそ一割にも満たない数が存在しており、その希少性から指定保護されている。
「ああ、腹減った。さっさと飯にしようぜ。」
「焦らない焦らない。たくさん作ってあるからたーんと召し上がれ。」
インクで汚れた手や服をきれいにし、テーブルへと向かい、手を合わせて命に感謝する言葉を発する。
「「いただきます。」」
食べ終わって風呂に入り、リビングのソファへどっかりと座り込む。そして明日目にする報告書のリストを閲覧する。目が痛いといわんばかりに眉間をつまむ。とてもじゃないが、徹夜すれば丸三日で終わるのだが、現在は貴族という立場にある以上、体を酷使するわけにはいかないのだ。
月の光によって照らされる夜桜は美しく、それを肴に一杯やろうかとミレーユを誘うのだが、明日も仕事があるのでパス、と振られた。まあ、それもそうだ。そう思いながら桜を眺めていると、気配を察知する。
「ミレーユ!!」
「ええ!!!」
何者かが屋敷に侵入した。警備が気づいていないところを見ると、幻覚か、あるいは上層部の手の者か。
そう思案するのもつかの間、敵が襲い掛かる。武器はナイフ一本。毒が塗り込まれており、魔法で防御するしかない。
「死ねええええええええ!!!」
「誰が死ぬかよ!!!血嚇龍盾≪ブラッドシールド≫!!!」
ナイフと盾がともに直撃し、火花を散らしあう。暗殺者はすぐさま左へと回り込み、心臓を一突きする。
それに対応できず、絶体絶命のディラン。
「ディラン!!!」
ヒュッ、と剣を振る音が聞こえた。暗殺者は倒れ、ディランは無傷。すぐさまミレーユが駆け込み、隠れていた人物と相対する。ゆっくりと現れた人物は、見間違えるはずもない。綺麗な白銀を流し、その瞳に紫焔を纏い、異形の両手。間違いない。グラフェルさんだ。
「久しぶりだな、ミレーユ、ディラン。」
「「お、お久しぶりですグラフェルさん!!!」」
再開に喜ぶ二人。だが、まだこれは序章に過ぎない。これからが、本当の悲劇につながることを、三人はまだ知らない。