国王の運命
家臣の計らいで、イクセスは婚約者と会うこととなっていた。しかし会う場所が遠く、リリャンを一人にしてしまう。もし、一人にさせて何かあっては困ると、イクセスは考えた。
「お前たちはリリャンを嫌っている。だから、私がいなくなったら追い出すつもりだろう?」
「そのようなことは……」
「リリャンは私の大切な人だ。だから、私はここに残る」
意地でも城から出ようとしないイクセスに、家臣は困り果てる。
「会っていただかないと困ります」
「だったら、リリャンを追い出さないと約束できるか?それなら行くぞ」
家臣は何も言わない。イクセスは呆れたようにため息をつき、扉を閉める。そして鍵を閉めて、ベッドへ横になった。そんなイクセスの行動を見ていて、リリャンが不安そうにする。
「イクセスさん、あたしのことはいいですから言ってください」
「何を言う。俺はお前を守ろうとして、こんなことをしているんだぞ」
「でも行かなかったら、余計にあたしが……」
リリャンの言いたいことが分かり、イクセスは苦笑した。突っ立っているリリャンを手招きし、優しく頭を撫でる。
「大丈夫だ。この城では、俺に逆らえるやつはいない」
「はい……」
「分かったら、遊ぶぞ。今日はここに籠もる」
元から引き込もる予定はなかったため、部屋には遊ぶ道具がトランプしかなかった。二人ではつまらないかと思われたトランプだが、始めると以外に白熱する。リリャンが予想以上に強かったからだ。イクセスは負けて、悔しそうにトランプを放る。
「何でそんなに強いんだよ」
「生まれつきです」
「くそ、もう一回だ!」
イクセスが勝てずに諦める頃には、婚約者と会う夕方となっていた。普段、冷静に近い家臣も焦り始めている。
「イクセス様!お願いです、出てきてください!プラウド様がお待ちです!」
婚約者の名前を出すということは、よほどの焦りを表している。しかしその日、イクセスが部屋を出ることはしない。
イクセスが来ないということを伝えるために、プラウドの家臣プラウドの私室へ入る。プラウドはすでにイクセスに待たされていることにイライラとしていた。
「何故、王は会いに来ない?私を選んだのは前国王のはずだけど」
「イクセス様は部屋にこもっておられて、出てこないとのことです」
「私に会いたくないというの?」
プラウドの美しさは、月の光さえ霞むほどと例えられるもの。しかし、その美しさの反面、誰も手が負えないほどの癇癪持ちだった。家臣は怯えながらも、プラウドが機嫌を損ねないように喋る。
「そういうわけではありません。ただ、イクセス様は現在、気に入っている少女がいるらしく……」
「そう。その子は私以上に魅力的なのかしら?」
「いえ、汚れた血の少女だと聞いております」
家臣の言葉にプラウドの眉が上がる。機嫌を損ねてしまったのかと家臣が構えるが、プラウドは微笑む。
「じゃあ、今日は帰ろうかしら。王にはまた会えるでしょ?」
「はい」
プラウドが帰ったことは、イクセスにも伝えられた。そこでやっとイクセスは部屋から出る。家臣は怒っていて、恨めしそうにイクセスに小言を言う。
「どういうおつもりなのですか。今回は何も無かったからよかったですが、縁談が無くなったらいかがなされるおつもりか」
「そうしたらリリャンと結婚するな」
「またそのような戯言を……。いいですか、あの娘は純血。貴方様は人間であり、国王なのですよ。結婚などできるわけがありません」
正論を言っているようで、間違ったことを言っているのでイクセスはムッとする。
「では、サブライムとリリーは何だ?二人も純血と人間だったが、結婚して子供を産んだ」
「それは……それです。貴方様には立派な婚約者がいるのですよ」
「今は亡き父上が勝手に決めた婚約者だ。私には関係ない」
機嫌を悪くしたイクセスに逆らえるものはいない。言い返すことができず、家臣はイクセスが部屋に戻るのを見送ることしかできなかった。
部屋に戻ったイクセスは再びベッドへ寝ころぶ。気持ちが治まらず、リリャンに愚痴を言う。
「何で俺は王に生まれてしまったのだろうか。王じゃなかったら、色々なことで幸せだった」
「王じゃなかったら、あたしとは会えてませんよ。それに、王じゃなくても結婚してくれますか?」
「えっ?」
リリャンが笑っていない。イクセスは戸惑いながら起き上がる。
「どうしたんだ?」
「イクセスさんは、いつもあたしを大切にしてくれます。でも……それはリリーさんという方と重ねているからではありませんか?」
「リリャン?」
リリャンの様子がいつもと違う。何故、リリーの話を出してくるか分からず、イクセスはさらに戸惑った。そんなイクセスを責めるように、リリャンは言葉を発する。
「あたしはイクセスさんと一緒にいられて幸せです。でも、違うんです。イクセスさんが見ているのはあたしじゃなくて、リリーさんなんです」
「違う。俺は……」
完全に否定することができず、イクセスは唇を噛みしめる。
「分からない。確かにお前をリリーと重ねているところがあるかもしれない。それでも、お前として好きな部分の方が多い」
「それは本当ですか?」
「あぁ。約束する。俺はお前を愛している」
イクセスの言葉に偽りがないと分かり、リリャンは嬉しそうに笑う。
「ひとつだけ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「あたし……もう子供が産めるようになりました。だから、イクセスさんの子供を産ませてくれますか?」
それは結婚をしたいと言っているも同然だった。イクセスは微笑み、リリャンを抱きしめる。
「俺の子供を産むというのは、相当の覚悟がいる。今まで以上に、俺たちの関係を言われるかもしれない。それでもいいか?」
「もちろんです」
リリャンの意思を聞き、イクセスはリリャンへ優しく口づけをした。
イクセスとリリャンの間にかわいらしい女の子が生まれた。イクセス譲りのキレイな青い髪をしている。しかし、顔はリリャンにとても似ていた。
「リリャンに似ていてかわいいな。名前はどうする?」
「イクセスさまはどんな名前がいいんですか?」
「そうだなぁ、女の子らしい名前がいいな」
色々相談して、娘の名前はリールと名づけた。リールが生まれてから城の者はリリャンの存在を認めるようになった。心の中で認めてなくてもイクセスは国王。子供が生まれたのにも関わらず反対すれば罰せられる。それが恐くても誰も文句が言えないのだ。
安心したのも束の間、リリャンは殺された。そんなこと予想もしていなかった。リリャンを殺したのは城に仕えていたメイドだった。リリャンは助けられなかったが、現場に偶然居合わせた女性が教えてくれたのだ。
リリャンを殺したメイドは地下の牢獄に閉じ込められている。本来、国王はそのような場所に入ることを禁じられているが、今回は家臣を言いくるめた。地下に下りるとリリャンを殺したというメイドが手首を縛られ天井から吊るされていた。とても憎いが国王として、直接手を下すのは汚れるため禁じられている。メイドを冷ややかな目で睨みつける。
「答えによっては助けてやる。何故リリャンを殺した?」
「御子が……汚れた血になったことが許せなかったからです」
「ならば、リールを殺せばよかっただろう。それにリリャンが純血だということは、俺や家臣しか知らないはずだぞ。何故、知っている?」
リリャンが純血ということは、リリャンを拾った時しか知られない。知っているのはその場に居合わせたもの。その者の誰かが言わなければばれないことだったはず。つまり誰かがメイドに教えたということだ。しかし、メイドは口をわらない。
「どうやら死より恐ろしいことを望んでいるようだな」
部下から剣を受け取り、メイドの指を切り落とす。どんなに非道と言われてもメイドのことが許せなかった。リリャンのことを愛していた。身分が違ったとしても、年が離れていても本気で愛していた。指を切り落とされたメイドは目から涙をこぼして許しを請う。しかし、どんなに謝ってもイクセスは許し気がなかった。薄く笑みを浮かべて血塗れた剣を部下へと渡す。
「許して欲しければ、今すぐお前に情報を与えた人物の名前を言え」
「………」
その問いかけにメイドは首を横に振った。
「そうか。おい、このメイドの体を子が産めない体にしろ。乳房と子宮を焼き落とせ」
それだけ命令してイクセスはその場所から立ち去った。
メイドを罰しても心は晴れなかった。愛するリリャンが残したリールがいても気力が起こらない。玉座に座り涙を流す。大切な人を亡くしては民のため働くことなど考えられない。そんな時、誰かが王室に入ってくる。許可した覚えはないため、その人物を睨みつける。入ってきたのは美しい女性だった。
「何の用だ……。私は入室を許可した覚えはない」
「すみません。貴方は奥方を亡くされたと聞きましたので……」
女性はとても優しい顔をしているため警戒心を解く。女性の言葉はイクセスの心を理解していう言葉ばかりだった。女性には全てを話せた。リリーやサブライム、そしてリリャンについても。女性は受け入れてくれた。
「大変でしたのね。心中をお察しします」
「ありがとう。少しは気が楽になった。お前は何者だ?」
「嫌ですわ。私は貴方の婚約者ではありませんか。お忘れですか?」
そう言われて苦笑いする。リリーと結婚しようと思っていたため裏切ったが、父親が決めたきちんとした婚約者がいたことをイクセスは思い出す。こんなにもいい女性を裏切ってしまったことを後悔する。リールのこともあり、元婚約者であるプラウドを妻に迎えることにした。
しばらくして、養子に出した双子の兄・ブレイヴの方に変化があったと報告を受ける。黒かった髪がサブライムと同じ銀髪になったらしい。真実を話そうと思い、城へと招待する。
ブレイヴの瞳も変化していて、燃えるような赤と凍るような青色となっていた。
子供なのに何処か淋しそうな雰囲気をしていて、子供ではないように見えてしまう。
それでも真実を話した方がいいと思い、玉座に座ったまま会話を始める。
「少し早いが君のお父さんについて話そうと思う」
「自慢ですか?父を殺したのは貴方なんですね」
ブレイヴの言葉にイクセスは固まる。ブレイヴは本当の父親を知らず、イクセスがサブライムを殺したことは黙秘となっているはずだった。
「誰から聞いた……」
「この赤い瞳、人の心が見えるんです」
ブレイヴはナイフを取り出し、イクセスへ向けた。家臣はいない。剣で抵抗することもできたが、ブレイヴに殺されるのは道理だと思い大人しく心臓を貫かせた。
次回から第二部、物語の中心となります。ここまでは序章、もしくはおまけだと思ってくださって大丈夫です。
実は元々、番外編の寄せ集めだったんですが、考えてたよりも個々に長くなったので第一部としました。