国王という存在
龍神がいなくなったため、国王であるイクセスの仕事が多くなった。民が苦しまないようにと国内にある町を見回らなければならない。広い国を回るに一苦労だった。今まで悩みがある民は直接龍神のところへ解決をしていたため、国王は政治をするだけでそんなことをする必要がなかった。龍神のありがたみを感じながら色々な町を歩きまわる。
とある町に着くと黄緑色の髪の少女が近寄ってきて服を掴む。その少女の着ている服はとても服とは呼べるようなものではなくボロ布に近い。少女の手首には鎖が繋がれていて痛々しい。どうやら人売りらしい。まさか人売りが国内であるとは思っておらず驚きを隠せない。店の主人らしきが出て来て少女を殴る。そのことにより少女の小さな手が離れる。主人をすぐに処刑してやりたいが、国王はそのように感情的に動いてはいけない。主人はイクセスが国王だと気づいていないのかゴマをするように近づいてくる。
「旦那、すみません。せっかくのご洋服が汚れてしまいました」
「気にするな。それよりあの子供は何だ?」
「いや~、あれは売り物にもならないものでして。あれは汚れた血の子なのです。お求めならもっといい子がおります」
その言葉に少女は悲しそうな顔をしながらイクセスの方を見つめてくる。汚れた血とは純血やハーフを差別した言い方だ。イクセスは浅くため息をつき、部下へ男を捕まえるように命令する。手錠をかけられた男は何が起こったかわからず困惑している。
「アンタに何の権利があって俺を捕まえる!」
「頭が高いぞ。この方はこの国の国王で在らせられるぞ」
「なっ……」
男は国王だと知ると諦めて抵抗を止める。売り物として捕まっていた女性を解放する。歩きだそうとすると、服を掴まれる。振り返ると先ほどの、黄緑色の髪の少女がいた。
「どうした?」
「あたしを連れて行ってください……」
「無礼だぞ!お前のような下級市民に」
部下が勝手なこと言うため、めったに見せないような鋭い目で睨みつける。あまりの迫力に部下は黙り込み後ろへ下がる。すぐにいつもの笑顔に戻し、少女の頭を撫でる。
「私の部下がすまないことを言った。名は何という?」
「リリャンです」
「かわいい名だな。いいだろう、私の城に来るといい」
素性がわからない者を入れるということで、反対する者もあったがリリャンを放っておけなかった。体をキレイにして服を変えたリリャンは見違えるようだった。最近まで奴隷にされていたとも思えない。純血と気づかれては、さらに面倒なことになるため、髪を黒く染めた。
本来は私室に入ることは信用した者しか入れないのだが、リリャンを招き入れる。城に連れてきたまではよかったが、何もしないのは反感を買いかねない。
「仕事をしてもらいた。しかし、この国には法律というものがある。未成年である君はまだ仕事をしてはいけないんだ。そこで私の世話係をやってほしい。仕事とは言ってもほとんど仕事ではない。それでないと君はこの城にいられない」
「置かせてもらえている身です。文句など言いません。国王さまが気づかう必要ありません」
イクセスに恩を感じているため丁寧な口調で返す。そんなリリャンにイクセスは笑いをこらえるように口へ手を当てて顔を反らす。
「何故笑うのですか?」
「悪い。君が俺の幼馴染に似ているからつい嬉しくなってしまってね。俺のことは名前で呼んでくれ。地位なんて気にする事なんてないさ」
先ほどまでの口調と変わったため、リリャンは驚きを隠せない。しかし、話しやすい雰囲気になったためか表情がほころんで笑う。その笑顔はとてもかわいく、イクセスは優しく微笑み頭を撫でる。
「あのイクセスさん、その幼馴染の方はどんな人だったんですか?」
「……すまんな。あまり話したくないんだ」
淋しそうな苦笑いに、リリャンは口を閉じる。そんな反応にイクセスは笑う。
「今はまだ言えないだけだ。また話してやる」
リリャンは招かざる子供のため、人の目に触れないようイクセスの部屋から出ることを禁じられた。それでもリリャンは全く嫌ではなかった。外があまり好きではないし、イクセスが優しくしてくれるからだ。今までの生活にすれば天国のような場所だった。主な仕事はイクセスが書いた書類を扉のすぐ外に家臣に渡すことだった。簡単な仕事だがとても重要な仕事だ。
イクセスは国務をしながら、ふとあることを思いつく。
「リリャン、今度一緒に出かけないか?行くなら何処がいい?」
「置いてもらっているのに、出かけることなんてできません」
「じゃあ、俺が勝手にお前を連れていく」
イクセスが少し強めに言うと、リリャンが頷く。
リリャンを連れて出かけるのなら、なるべく人目に触れないところを選ばなければならない。
ふと、人も少なく家臣が文句を言わない場所があることを思い出す。
「リリャン、花は好きか?」
「はい、好きです」
「じゃあ、行き先は花園でいいな?」
イクセスが思いだしたのは、リリーとよく行っていた花園。どういう場所なのかイクセスが説明すると、リリャンは目を輝かせる。リリャンが喜ぶ姿を見て、イクセスがホッとした。無理やり連れていくところではなく、せっかく出かけるのだからリリャンが楽しければならない。
だから、リリャンが期待していることにホッとしたのだった。
出かけることを伝えるために、イクセスは家臣を呼び出す。
「今度、リリャンと二人きりで出かける。リリーといつも行っていた場所だからいいよな?」
「……その子供と二人きりですか?」
リリーの時は何も文句を言わなかった家臣が、顔を渋らせている。何故、そんな顔をするか、イクセスは何となく予想がついた。しかし、納得することはできず、一応理由を問う。
家臣は戸惑った表情を浮かべながら、イクセスの問いに答える。
「リリー様は、貴方様が子供の時に婚約を約束された方。だから、私共は口を挟みませんでした。しかし、その子は純血。もしものことがあったら……」
「私とて、剣は使える。敵が来たら、自分で身を守るさ」
「そういうことを言っているのではありません!」
突然の大声に、リリャンが怯える。イクセスの袖を掴み、後ろに隠れた。家臣はリリャンを見下し、言葉を続ける。
「純血は悪知恵が働きます。子供とはいえ、油断してはなりません。わかりますね?」
「そんなの偏見ではないか!私は差別などしない!」
「あと、もう一つ言わせていただきます。今の貴方様には、きちんとした婚約者がおられます。その子との関係は本来、許されないのですよ。貴方様は国王なのです」
それだけ文句を言うと、家臣はリリャンとの外出を許可した。何を言っても、イクセスの決定には逆らえないからだ。家臣が出ていき、リリャンはむせび泣く。
「リリャン……」
イクセスは振り返り、リリャンの頭を撫でる。それでもリリャンは泣きやまない。
「泣かないでくれ。家臣は、リリャン自体が嫌いで言っているわけじゃないんだ」
「イクセスさんは……あたしを疑いますか……。あたしは純血だから……」
リリャンの気持ちが、イクセスには痛いほど分かっていた。純血ということだけで蔑まされ、奴隷とされていたリリャン。拾ってくれたイクセスまで疑っていると思うと、悲しまずにはいられないのだろう。リリャンの言葉に、イクセスは浅くため息をつく。
「リリャン」
何の予告もなく、イクセスはリリャンの体を抱き上げて、ソファーに座りこむ。そんなことをされるのは初めてで、リリャンは逃げようとする。可愛らしい抵抗をするので、イクセスは嬉しそうに笑う。
「逃がさないぞ、リリャン。俺のことを差別する人間だと思った罰だ」
「でも……」
「でもじゃない。俺は偏見とか差別とか許さないと決めている。俺は人間でも、純血のように青い髪と瞳を持っているんだ。でも、俺は差別などされたことがない」
イクセスの言いたいことが分からず、リリャンは首を傾げる。
「それはイクセスさんが国王だからでしょう?」
「あぁ。つまり、差別なんて人の気持ちでしかないんだ。俺はきっと、リリャンが辛くない国をしてみせる。だから、泣かないでくれ」
家臣がどんなに言っても、イクセスは心を変えることはない。イクセスなら本当に差別のない国をしてくれる。リリャンはそう思えて、喜びを隠せない。
「やっと笑ってくれたな」
イクセスもうれしそうに笑い、リリャンを優しく抱きしめた。
イクセスとリリャンは予定していた通り、城の近くにある花園へとやってきている。
一年中、花を見ることができる花園。そうは言っても、一番花を見るのにはちょうどいい時期がある。その時期がちょうど今だった。
たくさんの花の中、リリャンが嬉しそうに花に触れている。その様子はリリーを思い出させるものがあった。リリーのことを思い出し、イクセスは涙をこらえる。
リリーは死んだ。イクセスは守ってやれなかったことを、深く後悔している。リリーの死んだことは誰の責任でもない。あえて言うこともできない。リリーの自殺を引き起こしたサブライムの過去を責めたところで、どうしようもない。ましてや、途中でリリーに忘れられたイクセスに何の問題もない。それを知らないイクセスは、ずっと自責していた。
「イクセスさん」
リリャンがやってきて、手作りの花の冠をイクセスの頭に乗せた。そして、イクセスに笑いかける。
「せっかく来たんだから、そんな悲しそうな顔をしないでください」
「あぁ……」
イクセスの手を引き、リリャンは見つけた花の場所へ連れて行く。リリャンの見つけた花は、他の花とは比べられないほどのキレイな花であった。
「イクセスさん、これは何ていう名前の花ですか?」
その花はリリーが好きな花で、イクセスはよくリリーに摘んで持っていった花であった。しかし、イクセスはその花の名前を知らない。
「すまない。俺は知らないんだ。リリーなら知っているかもしれないが……」
「そうですか。残念です」
部屋に飾るためにその花を、優しく布に包む。
「そろそろ帰りますか?あまり遅いと怒られますね」
「そうだな。また、一緒に来ような」
「はい!」
リリャンの笑顔がパッと咲いた。
仕事が終わり、イクセスはメイドにお菓子を持ってくるように言う。イクセスは甘いものが好きではないと聞いていたため、リリャンが不思議そうに首を傾げる。そんなリリャンにイクセスは笑いながらメイドにもって来させたケーキを渡す。
「仕事をしたご褒美だ。食べていいぞ」
「そんな……。私は置いてくださっているだけで幸せなのに」
「気にする事はない。俺がお前に食べて欲しいんだ」
「……私、このようなお菓子を食べるのは初めてなのです。食べ方も知りません」
正直に答えるとイクセスは目を丸くする。今まで檻の中で獣のように育てられた。そのため礼儀作法など全く知らない。だから国王であるイクセスの前で醜い食べ方をして嫌われたくなかった。リリャンの事情を察知したようでイクセスは微笑んでケーキの皿をもらう。分かりやすいようにフォークでケーキを切り差し出してくる。
「食べ方は覚えればいい。今日は俺が食べさせてやる」
「はい……」
何だが恥ずかしかったが素直にイクセスが差し出したケーキを食べる。途端に目から涙が流れる。何故泣くかわからず、イクセスは困惑した表情を浮かべる。
「ど、どうしたんだ?嫌だったか?」
「そんなことありません。ただ、嬉しくて……。こんな私に優しくしてくださって」
「………」
ケーキの皿を机へ置き、リリャンの体を抱き上げる。突然抱きしめられたため、リリャンは混乱して手をバタつかせる。しかし、イクセスの優しい表情を見て、すぐに大人しくなった。
「私の所為で辛い思いをさせてしまっていたんだな。私がもっとしっかりとした国王をしていればお前に辛い思いをさせなかったのに」
「そんなことありません。今、イクセスさまのお側にいられるだけで幸せです……。それに……私は汚れた血なのです。汚れた血は……」
「それ以上言うな!純血だろうがハーフだろうが関係ない!……軽蔑してもいい。聞いてくれ。俺はお前を好きになってしまったんだ。愛している」
リリャンはまだ少女で自分は大人であり国王。イクセスは世間が認めてくれるはずがないと分かっていた。それでもリリャンが好きだということは変わりない。たとえリリャンが自分のことを嫌ったとしても気持ちだけは伝えたかった。
イクセスの突然の告白にリリャンは何も答えることができなかった。子供で愛しているという意味がわからないわけではない。しかし、国王であるイクセスと自分のことを好きだと思ってはいけないことがわかっている。
「リリャン、俺では嫌か?」
「そんなことはありません!しかし、私は汚れた血なのですよ」
「最初に言っただろ、地位など気にするなと。お前が俺のことが好きかどうかだけだ。断ったからと言って出て行かせないから安心しろ」
今まで自分は世界一不幸な人間だと思っていた。しかし、それは間違いだった。今までの不幸はイクセスと出会うための踏み台でしかなかった。踏み台が無ければ、イクセスとは出会うことすらできなかった。
目に涙を溜めながらイクセスのことを抱き返す。それが返事だった。