殺人鬼、化け物
龍神が神殿に現れないと聞き、イクセスは家へと向かう。そこにいるのはサブライムの息子である双子だけであった。リリーの姿もなく、イクセスは状況をつかむことができなかった。2人を保護し、城へと戻る。そしてリリーの死亡の報告を受けた。
リリーの死因は自殺による失血死。何が起きたか分からず、ただイクセスは戸惑う。双子を預かっているわけにもいかず、仕方がなく使用人へ預けた。
しばらくして、殺人鬼の噂が流れ始めた。夜道を歩いていると、突然襲ってくる人物。人間とは思えない足の速さで、逃げられた者はほとんどいない。たとえ助かったとしても、心的外傷によりまともな生活ができなくなっていた。被害が広まる前に、対処するのが国王の仕事だった。
犯人を捕まえるために、助かった男に聞き込みをする。心的外傷が強いために、問うても無駄だった。ただ、化け物だとしか答えない。
「何故、化け物なんだ。それだけでいい、答えろ」
「こ、国王……あなたさまでも……あの化け物に関わらないほうが……」
「いいから答えるんだ」
男は怯えながら、ただ「鱗の生えた化け物」と答える。男の話によると、その化け物は人型をしているらしい。つまり、純血が関わっている可能性がある。即急に解決しなければ、他の人間も今の話を聞いて純血の追放を唱えかねない。
イクセスは殺人鬼を捕まえるべく、おとりを使うことにした。殺人鬼が狙うのは30代後半の男。その情報から、イクセスは自らをおとりにすることに決めた。もちろん、家臣が反対しないわけがない。だが、今回のことはさすがにおとりとして立候補するものがいない。。
国王だと気づかれないために青い髪を黒く染め、化粧で顔に少しのシワをつくる。そうすることで、実年齢よりも老けてみえた。
夜になり、殺人鬼が表れそうな路地裏を歩く。いざというときのために短剣を腕に忍ばせている。しかし、化け物だったら、殺されるかもしれない。そんな恐怖もあった。それでも、おとりを止めるわけにはいかなかった。
歩いていて、突然の寒気に襲われる。それは明らかな殺気を向けられている現れでもあった。直感で命の危険を体が察知しているのだ。短剣をしっかりと握り、呼吸を整える。そして、襲ってこようとした人物へと刺す。
「うぅ……」
まさか攻撃してくるとは思っていなかったのか、イクセスの短剣が上手く当たる。同時に魚の鱗を取るときのような音が耳に届く。月明かりが、相手の姿を照らし出す。銀髪の顔に鱗を生やした男。
「サブライム……」
鱗で判別しにくくなっているが、確かにその男はサブライムであった。だが、サブライムはイクセスだと気づかずに殺気を向けている。いや、たとえイクセスが普段の姿をしていても気づかないだろう。サブライムの表情に、龍神の名残はなかった。怒りに満ちた表情。
手だけが完全に龍の手に変化していて、その爪の長い手で攻撃してくる。そんな状況でもイクセスは、何があったか聞きたかった。何故、リリーが自殺したのか。何故、サブライムが殺人鬼となったのか。
「何があったんだ、サブライム。何故……」
「黙れ、人間。我の気持ちが汝には分からないだろう」
言葉はハッキリしていた。正気があるとも思えたが、やはりサブライムはまともではない。
「サブライム、私だ。イクセスだ」
「……」
サブライムの瞳が鋭くなる。そして、口を開く。
「汝のせいだ……。汝さえ、しっかりしていれば、リリーは死なずに済んだ……」
「えっ」
予想外の言葉にイクセスは唖然とする。確かにリリーを守ってやれなかった。だが、それはある意味でサブライムも同じである。それなのに責められるということは、サブライムに怒りが満ちているということだ。言い返すことができずにいると、サブライムが拳を握る。
「我はリリーを愛していた。それなのに、守ってやれなかった。龍神であるせいで……。国王……人間さえいなければ、我は龍神になる必要がなかった……」
自らの体を変化してゆき、完全な龍の姿となる。そして、辺りを破壊し始めた。街中で暴れることにより、建物は壊れ人が死ぬ。怒りに満ちたサブライムは神ではなく完全な化け物へ成り下がっていた。
騒ぎを聞きつけ、家臣が助けに来る。イクセスは逃げることはせず、銀色の龍を見上げていた。
「イクセス様、逃げてください! ここは危険です!」
「私は……間違っていたのだろうか。リリーは大切な……」
「今はそのようなことを言っている場合ではありません。今はあなたの身を守ることが1番です」
そう言い、家臣はイクセスを連れ出そうとした。そのとき、イクセスの目に殺されていく、人々が写る。イクセスは自らの足で立ち、家臣たちの方を向く。
「龍神を止める方法はないのか」
「剣を心臓へ突き刺せば殺せます。しかし、神を殺してはこの国が……」
「その神が国を破壊している。止めなければ、どのみち国は滅びるんだぞ! 剣を貸せ!」
部下から剣を受け取り構える。失敗すれば死ぬかもしれない。それでも王と死ねるならいいと思えてくる。リリーさえ守れなかった。だからこそ、せめて国民を守りたい。サブライムを殺すことになろうとも、仕方が無いことだ。
「サブライム、覚悟しろ!」
名前を呼ばれ、一瞬サブライムの動きが止まる。その隙をつき、体を一気に駆け上り、剣を心臓へと突き刺した。痛いのか更に暴れ、イクセスは地面へと振り落とされてしまう。地面に倒れると人の姿になる。そこに化け物の姿はない。すぐに駆け寄り抱き起こす。まだ息があり、助けようとすれば助けられる状態だ。すぐに医者を呼び助けようとするが、サブライムは首を横に振る。
「このまま……死なせてくれ……」
「おいっ、死ぬなよ!」
「すまない……。我は龍神失格だ……」
怒りから人々を殺したことを悔いているのか、サブライムが涙を流す。その涙を見て、イクセスは胸を締め付けられる。
「息子たちがいるだろう。お前まで死んだら息子はどうするんだ」
「汝に任せる……我を止めてくれて感謝する……」
感情が高まり、イクセスから涙が流れる。そんなイクセスを見て、サブライムは弱々しく笑う。
「泣くことではない……汝は英雄だ……」
「このまま死んだら、神ではなく化け物扱いされるぞ! それでもいいのか!」
「もう……疲れた……」
空を見上げて、唇を噛みしめる。
「神は私情では動けない……。リリーのことが好きだったが……本当はお前たちの結婚を望んでいた……」
笑顔を浮かべ、サブライムの体から力が抜ける。その体は冷たくなり、本当の死を迎えた。余りにもあっけない死に冗談だと思える。思い切りサブライムの体を揺する。
「ふざけんなよ! 死ぬな! 国は俺が守るから……。お前まで死んだら、俺はどうすればいいんだ」
大切なリリーを失い、友情が芽生えていたサブライムまでも死ぬ。それだけは避けたかった。それなのにサブライムは勝手に逝ってしまった。サブライムの遺体に泣きついていると家臣たちがやってきて引き剥がされてしまう。
結局、イクセスは神殺しではなく化け物を退治したということで英雄と言われた。せめて2人の遺体をきちんと葬ってやりたいと思い、遺体が安置されているところへと向かう。
「お待ちくだされ、イクセスさま!」
後ろから呼びかけられ立ち止まる。あと1歩というところだったためイライラしながら振り返り、家臣たちを睨みつける。
「何だ。私は忙しいんだ」
「御無礼とは承知の上です。しかし、貴方さまをあんな化け物の骸に、近づけさせるわけにはいきません。貴方さまは国王なのですよ。死人に近づくことは許されません」
「お前たちがどう思っていようとも、あいつは私の友なのだ。その友の死を悼み、天国へ逝けるよう願うのは普通だろう」
「しかし貴方は1人の人間である前に国王。絶対に許されません」
家臣のサブライムへの酷い言い方にイクセスは頭に来て無理やりでもサブライムのところへ行こうとする。しかし、家臣たちもバカではない。すぐに身を挺してしてドアの前に立ちふさがる。
「退け! 私に刃向かうのか!」
「引けません。クビになされても私たちは貴方さまに規律を守っていただきます」
「……っ……」
国王を証明する物である、金の腕輪を床へ叩きつけ、何も言わずにその場を立ち去った。
サブライムはただの化け物として扱われ、遺体は何処かの谷へと捨てられたらしい。
国の安全を侵した者だ。そんな扱いされてしまうのも無理はない。しかし龍神の時はサブライムが疲れるほど頼ったくせに、1回の過ちでそのように対処するのが許せない。調べてみたらサブライムが殺したのは死刑にされるような酷いことをしてきた罪人ばかり。そんなヤツを私的な理由で殺したばっかりにサブライムは化け物扱い。納得できるわけがない。
リリーにまで害が及ばなかったのがせめても救いだった。遺体は日当たりのいい場所に墓を作り埋葬した。せめてリリーが悲しまないようにと、サブライムが捨てられたと言われている谷へと向ける。その後、サブライムの子供たちは養子にへ出した。