残酷な仕打ち
ここからあらすじに書いた通り、残虐な性的表現など含まれます。
そういう類いに嫌悪感を覚える方は、読むことをオススメしません。
ご了承ください。
数年が経って、2人は双子の男の子をもうける。双子はリリーの血を強く受け継いでいるのか、2人とも黒髪でまるで人間のようだった。サブライムにとって龍神の血をひく跡継ぎではないのが残念だが、人間として普通に生きられることを考えると喜ばしいと思えていた。長生きをしていても、いいことがない。人間と付き合うのが1番辛いのだ。そのつらさを息子が味わわなくていいからだ。
「ねぇサブライム、なんて名前にする?」
「どんなのがいい?」
「覚えやすくて呼びやすい名前がいいと思う」
希望を聞き、大事にしまってある桐箱を手に取り、中から和紙で製本された古い本を取り出す。ページをめくり、内容を確認して、名付けに適した単語を見つけた。綴りをメモに取り、リリーへ見せる。
「ブレイヴとブライトというのはどうだ? 昔の言葉で『勇敢』と『幸先のいい』という意味だ」
「いいわね! さすがサブライム」
兄の方をブレイヴ、弟の方をブライトと名づけた。
幸せな家庭。人間嫌いだったサブライムは、すっかり人間好きになっていた。
家庭があるとはいえ、龍神の仕事を休むわけにはいかない。家に帰れば笑顔でリリーが出迎えてくれる。そう思って、毎日辛い龍神の仕事を続けていられた。
日が暮れて、家に着いたが電気がついていない。治安が比較的いいとはいえ、国には盗賊が出るため夜は出かけないように言ってあるはず。目を凝らし、暗闇の中にいるリリーを見つける。うつむいて、一切動かない。全身の筋肉が強張るのを抑えながら、サブライムはゆっくりとリリーに近づく。そして、息を飲んだ。
リリーは虚ろな瞳で、床を……床に落ちている双子用に買った玩具を見つめている。
「リリー……」
声をかけると、リリーが顔を上げる。しかし、サブライムとは目を合わせようとしない。その理由が分かり、心に怒りが満ちる。リリーの着ているワンピースの裾が無残に破られ、その端には白く汚濁した液体がついていた。
息子たちのことも気になっていたが、目の前のリリーが1番心配だった。しかし、何と言葉をかけていいか分からず、何も言わずにリリーの体を抱きしめる。途端にリリーが暴れ、サブライムを突き飛ばす。
「リリー……」
「触らないで! 私が……あなた以外の男に抱かれたのよ! 何で……何でよ……」
混乱からサブライムを拒絶する。どうにかしないと、リリーが壊れてしまう。それだけは避けたかった。
「リリー、我は汝のことを愛しているのだぞ。他の男に抱かれようが、嫌いになるはずがなかろう」
「嘘つき! 本当は汚らわしいって思っているんでしょ! 高潔な龍神には犯された女は……」
「言うな!」
無理やり抱きしめ、言葉を続けようとするリリーの唇を口づけで塞ぐ。その唇は完全に冷え切っていて、震えてしまっている。抱きしめることで緊張の糸が切れたのか、リリーは意識を手放し、体から力が抜けた。その体を抱き上げ、脱衣所へ連れて行く。服を脱がすと、綺麗だった肌に青い痣にある。そのことを気づかないフリをして、シャワーでリリーの体をキレイにした。
体がキレイになろうともリリーの心情までも元に戻るわけがなく、目を覚ましたリリーはサブライムと目を合わさない。そのことを残念に思いながらも、サブライムはリリーに話しかける。
「リリー、何があったか教えてくれ」
「……夕方、突然男たちが……。それで……私を……。そのあと……ブレイヴとブライトを奪っていった……」
リリーが取り乱している理由は1つではなかった。息子たちを奪われたことが、リリーを追い詰めているのだ。息子たちを守れなかったことで、リリーの母性がズタズタに引き裂かれている。
「ブレイヴとブライトは我が取り返す。だから、汝は休め。今の汝は冷静な判断ができぬ」
「何でそんな落ち着いていられるのよ! 私のせいであの子たちが……」
「我とて落ち着いてはいられぬ。だからと言って冷静さを失えば、2人を取り戻すことはできまい」
説得できないため、最終手段を行使する。気絶させて、病院へ連れて行く。目が覚めて、全てが夢だったことをするために。
気絶させてから数日後、ようやくリリーが目を覚ます。怯えたように周りを見渡し、サブライムに気づく。
「サブライム……ここは?」
「病院だ。過労で倒れたのだろう」
「……私の赤ちゃんは何処?」
その問いにサブライムは作り笑いをする。
「何を言っておる。まだ生まれていないではないか。結婚したばかりだというのに、気が早いのではないか?」
「じゃあ……じゃあ、赤ちゃんが連れて行かれたのは?」
「夢だ。疲れているのだろう。しばらく休むといい」
リリーを病室に残し、サブライムはリリーを襲った男を探すために酒場へ行く。
そこにはいかにも犯罪を起こしていそうな輩がいて、一見ひ弱に見えるサブライムを笑う。1人の男がサブライムの前に立ち、下から顔をのぞき込む。
「よぉ、兄ちゃん、ここに何の用だ? 兄ちゃんのような若造が遊びに来るところじゃないぜ」
「黙れ、弱き人間。我は情報が欲しいだけだ」
ノドを掴み、サブライムは男を鋭く睨みつける。サブライムの異常さに男はすぐに怯えた。
「な、何の情報が欲しいのでしょうか……」
「最近、女を犯したことを自慢した男を探している。知らないか」
「あぁ、それなら知っています」
男から情報を聞き出し、サブライムはすぐにリリーを襲った男の場所へ行く。そこにいたのは片腕のない男。ふだん他人のことを覚える気のないサブライムも、その男のことは何故か覚えていた。
「龍神さま、何か御用でしょうか?」
以前、サブライムが片腕を切り落とし、命まで奪わなかった男であった。正体がわかりサブライムは、自分の愚かさに泣きたくなる気持ちだった。まさかこんな形で仕返しされるとは思ってもみなかったからだ。サブライムは怒りに満ちた表情で男を睨みつける。しかし、男は復讐が叶ったことが嬉しいのか笑っている。
「我の息子たち2人を何処へやった」
「それより奥さんは元気か? 上玉だったよなぁ。胸もデケェし、喘ぎ声もキレイだったぜ」
「貴様……神の怒りに触れると、どうなるかわからんのか……」
銀髪が逆立ち濃い緑色となり、肌が銀色の鱗へと変化していく。全身から怒りのオーラを放ちながら龍の姿へ戻った。その姿を見て、男が逃げ出す。追いかけるが、龍の姿は比較的小さな人間を追うには不向きだった。ついには逃してしまい、サブライムは怒りながらも人間の姿へ変化した。
数か月も経てばリリーは今までの悲しいことが夢だと信じたのか、すっかり元気になっていた。病院から帰ってきたリリーはうれしそうに紙を見せてくる。それは妊娠の結果が書かれたものであった。
「聞いて! 私、妊娠したの! 赤ちゃんができたんだよ!」
とても嬉しそうに言っているリリーは、まるで子供のようだった。しかし、そんな嬉しそうなリリーとは対照的にサブライムは最悪な気分へとなる。子供ができる期間内では、リリーと性行為など1度もしていなかったのだ。リリーは双子が生まれたことを忘れているために、月日の感覚が狂ってしまっている。どう考えても、リリーのお腹にいる子供はサブライムと血は繋がっていない。そのことをリリーへ伝えるわけにもいかず、サブライムは作り笑顔を浮かべる。
「それはめでたい。今日の夕食は豪勢にしよう」
「うん!」
サブライムは国王・イクセスに会うべく王室を訪ねる。久し振りの訪問にイクセスは驚いていた。
「どうしたんだ、サブライム。いや、今は龍神さまと呼んだ方がいいのか?」
龍神として国王に会いに来る時は知らせを入れるのが普通のため、イクセスはどちらとしての訪問か分からず困惑する。サブライムはそんなことを気にすることなく、イクセスへ跪く。
「国王よ、我の願いを聞いてほしい。龍神としてではなく、個人の願いだ」
「何だと?」
「ある男を探して欲しい。我では見つけられても、捕まえることができぬ」
サブライムの依頼にイクセスは再び困惑した表情を浮かべる。龍神としての依頼で無ければ、イクセスは簡単に動くことはできない。あえて龍神の願いではないことが、イクセスは理解ができずにいる。
「その男をどういった理由で追っている? 理由によっては探さない」
「リリーを……犯した男だ……。我が昔、危害を加えたことに復讐するためにリリーを……」
罵声を浴びせられても、言い返すつもりはなかった。むしろ罵って、責めてくれた方がよかった。しかし、責めることなく、イクセスはサブライムの肩に手を置く。
「リリーは今、どうしている?」
「男に犯されたことを夢だと思い、元気に暮らしている」
「ならいい。リリーは元気なら、どういった経緯があってもお前を責めるつもりはない。男探しには協力しよう。犯罪者だからな」
その言葉はとても心強かった。サブライムは少し安心し、表情を緩める。
「ありがとう。この恩、忘れない」
「いいって。前に命を助けてもらったしな。それのお礼だと思ってくれ」
イクセスの約束で安心したサブライムは、息子のブレイヴとブライトを探すことにした。幾らリリーを犯したような男でも、赤ん坊を殺すほどの悪ではないと考えている。きっと息子たちは生きていると信じ、いろいろな場所で聞き込みをした。
探し始めてから数か月、ようやく手掛かりを掴むことに成功する。本当に息子たちか分からないが、私立の研究所で赤ん坊が実験に使われているらしい。純血の子供が多く、国王はそのことを知らない。しかも、知っている者は純血の子供ということで黙認していた。サブライムの息子たちは見た目こそ人間だが、遺伝子上は純血の子供。その研究所に売られている可能性が十分にあった。
国王は差別を許してはいけないため、そのような研究所があれば報告をしなければいけない。しかし、サブライムは1人で研究所を潰すことを考えていた。長らく仕舞っていた得物を携え、研究所へ潜入する。
研究所は噂通り、子供が集められていた。既に実験に使われた子供もいて、サブライムは目をそらしたくなる。しかし、ブレイヴとブライトを探さなければいけないため、目をそらすことは許されなかった。やっとのことで隔離されているブレイヴとブライトを見つける。ブレイヴは元気そうにはしゃいでいるが、ブライトは具合が悪そうに咳をしていた。他の子供も含めて助けようとした時、運悪く見つかってしまう。
「誰だ! 子供たちを返せ!」
「それは我の科白だ。人身売買は法律違反。龍神である我が直接、手を下してやろう」
サブライムの力は圧倒的だった。何十人に囲まれようと、子供を傷つけることなく切り捨てる。ついに敵わないと分かったのか、誰もサブライムに逆らうことはしなかった。サブライムは1人の研究員を掴み上げ、鋭く睨む。
「我の息子に何かしたか? 先ほどから様子がおかしい」
「その子供は新しい病気の治療法探索に使いました。治療法のない病気にさせ、治療法を探していたのです」
人間のためだからと、研究員は悪びれる様子がない。サブライムは怒りを抑えながら、研究所をあとにした。
無事双子を取り返して、サブライムはすぐに家へと戻る。たとえ、リリーがあの日の夜のことを思い出しても双子がいればいいと考えたからだ。ドアを開き、リリーは嬉しそうにサブライムを出迎える。しかし、サブライムの抱えている双子を見て、徐々に青ざめていく。
「サブライム、嘘をついていたのね……。やっぱり、私は……」
「落ち着け。2人が戻ってきたのだから、よいではないか。これから生まれる子供と共に頑張っていこう」
サブライムの言葉にリリーは目を見開き、自分の腹部へと手を当てた。そして、今にも泣きそうな顔で悔しそうな顔をする。
「この子……サブライムの子供じゃないわ……。あの男の子供よ……」
「気にするな。たとえ我と血が繋がっていなくても、我はお前の子供として愛する」
「イヤよ……。きっと、この子は不幸になる。だから……」
リリーが家の奥へと走り出す。双子をソファーへ置き、すぐに追いかける。リリーはキッチンにいて、喉元に包丁を向けていた。
「止めろ!」
「さよなら、サブライム」
あと1歩のところ、サブライムの手はリリーに届かなかった。包丁はリリーの喉へ深く刺さる。サブライムは目の状況が信じることができなかった。しかし、呆然としているわけにはいかず、すぐにリリーを病院へと連れて行く。リリーが手術室に入り、サブライムは神に祈る気持ちだった。
しばらくすると医者が出て来る。医者の表情は暗く、いいものではない。
「リリーは……」
「残念ながらお亡くなりになりました。我々も最善をつくしたのですが……。しかし、お腹にいた子供は早産となりましたが、一命を取り留めました」
医者の言葉は途中からサブライムに届いていなかった。リリーの死のショックから、聞くことができずフラフラと歩き出した。