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Wild Blend  作者: 雪海月
第一章 龍神と国王
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悲しき運命

 イクセスは龍神の後任式に国王として呼ばれる。現在の龍神は知っていたが、息子である人物の顔は知らなかった。そのため、龍神の息子にとても興味があった。現在の龍神は優しく慈悲深い人物のため、息子もそのような人物だと思っていた。

 神殿に入ると、龍神が人の姿をして椅子に座っていた。イクセスに気づき、龍神が椅子から立ち上がり、握手を求めてくる。久しぶりに会ったがやはり、龍神とは完璧な人のようだ。

「国王よ、私の息子をよろしく頼む」

 龍神が人の姿をしている時の姿と声はとても若い。そのことに少し嫉妬のようなものを感じてしまう。

 龍神は何千年生きようと、若さを保っていた。逆に人間はすぐに老い、死を迎える。

 国王のイクセスでも不老不死に憧れないわけではない。

 そんなことを考えつつ、不自然なことに気づく。龍神の後任式だというのに、本人である龍神の息子がまだ来ていないのだ。苦笑して、龍神にそのことを問う。

「龍神さま、その息子さんが見えませんが、いかがされましたか?」

「すまん。息子は人嫌いなんだ。ぐずっているのだろう」

「そう……なのですか。お言葉ですが、そんな方に龍神を任せて大丈夫なのですか?」

 イクセスの問いに龍神が苦々しい表情を浮かべる。

「そうだな。しかし、龍神がいなくなっては困るだろう?」

「あなたが辞めなければいいのでは?」

「私は他人の理解できないほど、長く生きた。その生きてきた人生は、文明にとって邪魔にしかならない。息子ならば、私と違って保守的な行動をしないだろう」

 龍神の言っていること自体はイクセスに理解できることなのだが、どんな人生を送ってきたかは理解できなかった。何千年と生きている龍神が、このガデスの建国から守ってくれていることは知っている。

 だからこそ、強く引き留めたいと思うのは普通のことだ。しかし、言葉にすることはできない。もし、言葉にしてしまったら優しい龍神は、辞めないで国を今まで通りに守ってくれるだろう。それは同時に、龍神の自由を奪うことを意味している。

 そんなことをすれば、恩をあだで返すことと変わりがない。

 イクセスは龍神を見て、思っていることを全て胸に秘める。

「龍神さま、息子さんはどのような方なのですか?」

「国王は何回も会っているはずなのだが……」

「覚えがありません」

「それもそうだろう。あいつは隠しているらしいからな」

 龍神と話しているとサブライムが部屋に入ってきた。イクセスが知っていて何回も会っている人物。そこで初めてサブライムが龍神の息子だとわかる。

 今までのサブライムの態度は龍神の息子という自負から来ているものだと分かり、イクセスは自分の鈍感さに苦笑するしかない。

「サブライム、お前が……」

「そうだ」

 認められ、イクセスが手を差し出す。いつものサブライムなら断るところだが、素直に手を握る。

「まさか、お前が龍神だったとはな。何で教えてくれなかったんだ?」

「龍神だからといって仲良くされるのはしゃくに障る。それに龍神と知っていたら、リリーのことを諦めてくれたのか?」

「そんなことはない」

 リリーのことを知らない龍神は険悪ムードに不思議そうな顔をしている。

 後任式が行われるのは初めてだったためか、簡潔な式だった。

 龍神が国王であるイクセスに辞めることを宣言し、サブライムが龍神を継ぐことを宣言する。そして国王に従うことを誓う。簡潔でもその式はとても重いものだった。

 式が終わり、サブライムが正式な龍神となった。


 サブライムは龍神になってから気が重くなっていた。龍神の仕事は神と同じ。人の願いを叶える。人々の悩みを聞いていくうちに、人間と接するのが辛くなってしまう。どんなに願いを叶えても人間は絶えることなく訪ねてくる。疲れから1日中寝てしまうこともあった。

 仕事に慣れ、リリーへ会いに行こうかと考えていた。そんな時、イクセスが正装をして訪ねてきた。どうやら国王として来たようだ。

「どうしたのだ、イクセス。そのような格好をして」

「サブライム……いや、龍神さま。お願いです。リリーの病気を治してください。リリーのためなら国王を辞めてもいい!」

 予想外の言葉。国王として正装をしているのに私的な願い。イクセスを責めるつもりはない。しかし、国王たるもの私的な願いなど言ってはいけない。

「汝が国王を辞めることは許されない。汝が国王であることは義務」

「俺は好きで国王をやっているわけじゃない! リリーの方が大切なんだ」

「我とて好きで龍神をやっているわけではない。どうやら、汝とは会話が成り立たぬようだ。帰れ」

 本当はイクセスの願いを叶え、リリーを助けてやりたい。しかし、龍神も国王と同じく私的に人間を助けるわけにはいかない。だから、これ以上イクセスと会話を続けたくなかった。追い返そうとしてもイクセスは退かない。

「どうすればいい! 俺はリリーを助けたいんだ!」

「……汝の願いは自分の幸せか? リリーの幸せか?」

「リリーの幸せだ。ただ、それだけを願う」

「その答えはまことだな。代償を払ってもらう」

 その内容はイクセスにとって残酷なものだった。リリーの記憶からの抹消。リリーの記憶から存在が消され、結婚ができなくなる。しかし、そんな内容でもイクセスは悲しみを隠して嬉しそうに笑う。

「それで本当にリリーの病が治るんだな」

「あぁ……」

 記憶さえ消さなければ、健康ならイクセスとの結婚を望んでいる。それを知っているため、リリーの記憶を消すことは本当に辛かった。

 次の日、何も知らないリリーが龍神の神殿へと呼びだされる。初めて神殿に来たことに、リリーは緊張していた。それでも、本当のことは知らないため、サブライムとイクセスよりも緊張しているとは言えない。サブライムはリリーをソファーへ座らせ、イクセスへ目配せをする。イクセスは向かいへと座り、目をつぶって願うように手を組んだ。それを見てから、サブライムはリリーへ話しかける。

「リリー、今日来てもらったのはイクセスの願いを叶えるためだ」

「そうなんだ。それで、何で私が呼ばれたの?」

 その問いにサブライムはリリーの頭へと手を乗せる。

「イクセスの願いがお前の病気を治すというものだ。だから、我がリリーの病気を治す」

「本当!」

 嬉しそうにリリーが笑う。しかし、すぐにその顔から笑顔が消えた。リリーは龍神のことを調べていた。だから、龍神に願いを叶えてもらう方法を知っている。リリーは見上げて、サブライムの服を掴む。

「代償は……? イクセスが払うの?」

「そうだ。イクセスが叶えてほしい願いだからな。リリーの願いではない。リリーが心配する必要はない」

「そんなことない。代償を教えて。龍神に願いを叶えてもらうには、それなりの代償がいるんでしょ。私の病気を治す代償は何?」

 答えていいかと、イクセスに目を向ける。イクセスは何も言わず、小さく頷く。サブライムは深呼吸し、リリーへ本当のことへ話した。イクセスが払う代償を聞き、リリーの瞳から涙がこぼれ落ちる。

「イヤよ。イクセスのことを忘れたくない」

「悪いが、これは我とイクセスの契約だ。リリーの意見は取り入れない」

「イクセスはいいって言ったの? 話したいから呼んで!」

 目が見えないリリーは、目の前にいるのにも関わらずイクセスに気づいていない。イクセスはリリーの手を優しく握る。

「俺はここにいる」

「イクセス! どうして、代償まで払ってまで私の病気を治そうとするの? 私と結婚するんじゃなかったの?」

 記憶をなくせば、結婚の話はなくなる。それが分かりながらも、イクセスは願いを叶えてもらうことにしていた。そのことを伝えると、リリーはうつむく。

「私は目が見えなくても幸せだよ。だから、お願いだから、そんなことを願わないで……」

「記憶がなくなれば、病気がない方が幸せだと思える。俺はリリーに幸せになってもらいたいんだよ」

「リリー、心を静めろ」

 サブライムの言葉に、リリーは首を振った。そのことに、サブライムは寂しそうな表情をする。イクセスに手を離させ、リリーの頭を撫でる。

「悪いが私は、イクセスの気持ちを尊重させてもらう。イクセスは覚悟をもって、私に願いを叶えてくれと言ったのだ」

「じゃあ、私も代償を払うから、イクセスの願いを取り消して。お願い……」

「できぬ。さぁリリー、イクセスに別れを告げてくれ」

 どんなに言っても、サブライムはイクセスの願いを叶えることを決めている。それがわかり、リリーは力なく頷いた。離されたイクセスの手を掴み直し、悲しそうに笑う。

「イクセス、今までありがとう。私、イクセスと会えてよかったよ……」

「俺も。リリーと会えて幸せだった」

 イクセスの言葉にリリーが涙を流す。サブライムは何も言わずに、リリーの記憶からイクセスを消す。それは一瞬のことで、リリーは気を失った。イクセスは涙を流しそうになりながらも、精一杯の笑顔を作る。

「ありがとう、サブライム。感謝する」

「……龍神の仕事をしたまで。礼を言われる筋合いはない」

「そうか……」

 イクセスはそれ以上サブライムと会話することなく、神殿から出て行く。サブライムは膝を床につけ、ソファーで眠っているリリーの頰を撫でる。

「ん……」

 リリーが目を覚まし、サブライムを見る。しっかりと瞳にとらえて、そして困惑した。

「誰……?」

 そう問われて、サブライムは優しく微笑む。

「サブライムだ」

「サブライム……。私、目が見えてる」

 まだ寝ぼけているかのように、リリーは慌てることなく淡々と言った。サブライムは手を貸して、リリーの体を起こす。

「体の調子はどうだ?」

「どういうこと?」

 病気になっていたことまで消したしまったと、サブライムは危惧する。しかし、それは取り越し苦労でしかなかった。リリーの失ったのはイクセスに関することのみ。それ以外のことは、きちんと覚えていた。意識がはっきりとしてくると、リリーの表情に明るい笑顔が戻る。

「サブライム、私の病気を治してくれたんだね! ありがとう!」

「リリーのためだからな」

 イクセスの名前を出すことはできなかった。たとえ出したとしても、イクセスのことは覚えていない。サブライムはできるだけ優しい表情をしながら、会話をする。

「病気は完治しているはずだ。これからは好きに生きるといい」

「うん……」

 リリーがどこか納得できないような表情で、眉間にシワを寄せる。首を傾げて、ポケットからペンダントを取り出す。

「ねぇサブライム、このペンダントはサブライムがくれたんだっけ?」

「何故、そんなことを聞く?」

「私、大切なことを忘れてる気がするの。このペンダントのこと……」

 イクセスとのことを忘れても、存在するペンダントのことは忘れていない。リリーはペンダントが大切なものだということは覚えているが、なぜ大切なことかも忘れてしまっていた。サブライムは、自分がプレゼントしたものではないことを伝える。リリーとサブライムが出会ったきっかけを作ったものであり、それを偽ることはできない。

「リリーがそれを落としたのを、我が拾った。我らが出会った、大切なものだろう」

「そうだったわ。ごめんね。何だか、頭がボーっとしていて」

 リリーは照れ笑いし、ペンダントを大切そうにしまう。そして、サブライムの手を握る。

「サブライムは本当に私の恩人ね。大好きよ」

 その言葉はリリーにとって、偽りではない。その言葉の意味のままであり、サブライムは少しだけ困惑する。そんなサブライムの反応に、リリーは笑う。

「私なんかじゃ、龍神様のサブライムとは釣り合わないよね。ごめん、変なこと言った」

「……釣り合いなど不要。変なことでもない」

「本当?」

 一瞬だけ悲しそうになったリリーの表情が、パッと明るくなる。そして、恥ずかしそうにしながら、サブライムの目を合わす。その表情が言葉より、言いたいことを表していた。そして、リリーはあえて、思っていることを言葉にする。

「私、サブライムのことが大好きよ。だから、サブライムと結婚したい」

「……」

 突然の求婚に、サブライムは戸惑いを隠せない。うれしさはあるが、突然すぎた。しかし、リリーにとっては突然ではない。イクセスとの記憶がないため、残っているのはサブライムと過ごした日々のみ。だからこそ、病気を治してくれた感謝で告白に至った。それが分かり、サブライムは戸惑いながらも、リリーの手を握り返す。

「リリーが望むのなら、我は受け入れよう。後悔はしないか?」

「うん。後悔なんて、絶対にしない」

「そうか……」

 リリーの強い意志に、サブライムは受け入れることしかできなかった。婚約をして、サブライムはリリーを家へと送る。その足で、城へと向かう。イクセスは城の自室で休んでいた。サブライムの訪問に、イクセスは驚く。イクセスはすっかり落ち込んでいた。無理もない。大切な人の記憶から、存在を消されたのだ。落ち込まない方がおかしい。

 サブライムはリリーの病気が治ったことを伝える。そうすれば、イクセスの表情が救われたように明るくなった。しかし、そんなイクセスに伝えなければいけないことが、まだ残っていた。サブライムは心を痛めながらも、リリーと婚約したことを伝える。

「本当なのか……?」

 イクセスは信じられないようで、目を白黒させた。サブライムは頷く。

「本当だ。汝との記憶を失ったリリーは、我しか知らぬ。だから、我と結婚したいと言った」

「それもそうだな」

 理由に納得したようで、イクセスが乾いた声で応えた。そんなイクセスに、サブライムは罪悪感を覚える。

「我を恨むか。記憶を奪い、恋人を奪った」

「何を言う。俺の願いを叶えてくれて、リリーを救ってくれた。感謝している」

 イクセスの言っていることは、本心であった。それでも、サブライムは素直に受け止めることはできなかった。

 サブライムとリリーは夫婦となり、普通の家を買った。目が治ったとはいえ、まだリリーのことが心配で一緒に買い物へ出る。その途中、視察をしているイクセスと出会ってしまう。

「国王さま、こんにちは」

 記憶がないリリーは丁寧にお辞儀をする。一瞬イクセスは悲しそうな顔をしたが、笑顔を作り、挨拶を返してすぐに立ち去る。リリーが元気な姿で幸せなことを確認したからだった。

 イクセスが立ち去った途端、リリーの目から涙が流れる。何故、涙が流れるかわからず混乱する。

「何で泣くんだろう……」

「気にしてはいけない。泣いておけ」

 サブライムの胸を借り、リリーは泣き始めた。


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