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Wild Blend  作者: 雪海月
第一章 龍神と国王
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龍神と国王

 龍神として生まれたなら龍神として生きろ。サブライムはそう言われながら育った。しかし、人間のために人間を守りたいとは思わない。龍神より短命で、群れて生きる人間。最強とまで言われる龍神であるのに何故なぜ人間など守らなければいけないか納得できない。

 自分の強さを確かめるために、国王が開催する大会に参加する。人間に化けて出たとしても腕力は変化しない。負けるはずがなかった。

 大会は人間を嫌うサブライムにとってとても好都合だった。どんなに人間を殺すようなことをしても残虐的でなければ罪を問われない。勝てば勝つほど英雄として扱われる。

 龍神の血をひくサブライムがただの人間に負けるはずがなく、当然、優勝した。

 優勝賞金を受け取るために、表彰式へ出る。賞金は国王から直接渡されるのだ。

 サブライムは賞金自体には興味がなかった。サブライムの強さを、観客が認めることで沸き起こる快感。ただそれだけを感じたいがために注目される表彰式へ出るのだ。

 現在、サブライムの前に金の腕輪をしている国王が立っている。青い瞳と同色の長い髪を1つに結っている若い男。ガデスのことについて何も知らない人物が見れば、目の前の男はただの一般人に見える。しかし、ガデスの国王には、国王特有の特徴がひとつだけある。国王は人間でありながら、青い髪と瞳をしているのだ。

 この世界には3つの種類の人間がいる。一般に人間と呼ばれ、古代から存在する黒や茶色といった地味な髪の色を持っている最も非力な人間。一般に純血と呼ばれる、紫や赤などの派手な髪をし、動物の血を持つ人間。そして、純血と人間の間に生まれたハーフ。ハーフは遺伝的な強さの関係で人間に近い場合もあれば、純血に近い場合もあるため一見で判断することは難しい。ただ、ハーフ自体は少なく、判断をする必要はなかった。

 原因は人間が純血を嫌っていることがあった。純血は自らを純血と呼ぶが、差別的思想を持った人間は純血のことを汚れた血と呼ぶ。人間にとって純血は、邪魔で汚れた存在でしかないのだ。同様に1部の純血は、人間を弱いと思い見下している。そんな全く違う考えを持つ2つの種族が仲良くできることなど無に等しかった。

 国王も差別的思想を持っているらしく、眉間にシワを寄せサブライムをにらみつけている。そんなことを気にすることなく、サブライムは笑顔を作った。幾ら純血は人間よりも強いと言っても、国王の権力には負ける。その証拠に、龍神とはいえガデス国王の直属の配下ということになっていた。

 国王が賞状をサブライムへ差し出す。

「サブライム・フォウカス、貴殿に優勝の賞金と賞状を与える」

 フォウカスとはサブライムの家名だ。ガデスに限らず、どこの国にも家名は存在する。だが、サブライムの家名であるフォウカスはサブライムだけだった。サブライムの父である龍神は何1000年前から生きているため、古代文字により現在とは名前の表示が違う。

 賞状を受け取り、サブライムは敬意を表すために黙礼する。目前に垂れた、銀色の髪の間から国王を軽くにらんだ。

 サブライムは国王を嫌っていた。国王が人間だからではない。国王が国王であるからだった。過去の国王とは別人ということも、今の国王を憎く思おうと、何も変わらないことはサブライムにも分かっていた。だが、国王を見るだけで過去の怒りを思い出し、気分を害してしまうのだ。怒りを抑えながら表彰式を終える。

 頭を下げたことでずれてしまった、水色のレンズが入ったサングラスを直し、サブライムは深くため息をつく。背後の気配に、嫌気がさしていた。優勝賞金を狙って、ならず者がサブライムのスキをうかがっているのだ。再びため息をつき、気付かないフリをして歩き始める。

 しばらく歩くと、誰も通りかからないような袋小路へと入り込む。そんな状況を待っていたのか、ならず者たちが姿を現す。

「バカな兄ちゃんだなぁ。まっすぐ家に帰れば、金を取られずに済んだのに」

 明らかに自分のことを年下に見ている発言に、サブライムは本気であきれた表情をする。龍神の息子であるサブライムは見た目こそ20代前半と若いが、実際は1125歳なのだ。

 どんな人間であろうと、父親以外サブライムより年上ということはありえない。

 サブライムの表情に、ならず者は眉間にシワを寄せる。

「俺たちが怖くねぇのか?」

「当たり前だ。我は純血。なんじたちに負けるはずがなかろう」

「はっ、何だよ、その口調。おかしくね?」

 男の言葉にサブライムは顔をそらして無視した。その無視の仕方は明らかに男たちを馬鹿にしたものであり、男の眉間にシワが寄る。

「無視すんじゃねぇよ!」

「我のしゃべり方の意味が分からぬやつとはしゃべりたくない」

「……喋りたくないなら別にいいぜ。俺達たちは5人。お前は1人。幾ら純血でも5人には勝てねぇだろ」

 サブライムが純血の中で最も強い、龍神の血をひいているということを男たちは知らない。そのことにもあきれながら、サブライムは自分の得物を、さやから引き抜く。大会では用意された武器以外使用できなかったが、今は違う。遠慮なく切れることにサブライムは喜びを感じていた。

狂喜な笑みを浮かべるサブライムに、ならず者たちは異変を感じた。しかし、1度襲うと決めた以上引くことができないらしく、サブライムへ切りかかる。しかし、ならず者たちの剣が届くことはなかった。

 全ての剣を自らの刃の広い剣1本で受け止め、意図も簡単になぎ払う。4人を切り捨て、最後に残った、リーダー格の男の片腕を切り落とした。転んだ男の顔すれすれに思いっきり剣を突き立てる。男の顔が殺されるという恐怖感におびえる顔になった。サブライムが意地の悪い笑みを浮かべ、男の顔をのぞき込む。

「腕は1本あればよかろう。死にたくなかったら失せろ、雑魚」

 男は切られた腕を持って、泣きながら走り去った。その姿が滑稽で腹を抱えて笑い出す。

「やはり我は最強だ」

 自分の力に酔いしれ、愉快な気分で歩き出す。住み家である山の神殿へ戻る。神殿は龍神の祭られている場所だ。現・龍神である父親がいるためにサブライムは龍神ではなかったが、その父親の命令から一緒に住んでいた。

 門をくぐった途端、頭上から声が聞こえサブライムは顔を上げる。頭上には青いうろこを持つ龍がいて、サブライムを見下ろしていた。青い鱗の龍は龍神である証拠。人型ではなく龍の姿をしていることが、龍神のふだんの姿だった。逆に言えば、ふだんから人型をしているサブライムは、龍神としておかしいのだ。

 龍神は深いため息をつき、鋭い瞳でサブライムを睨みつける。

『血の臭いがする。サブライム、殺生をしたな』

 低音の響く声がサブライムへ問いかけた。しかし、サブライムは答えることなく、着ていた黒いコートを脱ぎ、訪問者のためのソファーへ座り足を組む。サブライムと龍神の会話はいつも会話として成り立っていなかった。サブライムが拒否していることが主な原因だ。しかし、問いかけには答えなかったものの、サブライムが龍神へと質問をする。

「父よ、いつになったら引退する? いつになったら、我に龍神の座を譲る?」

『またその話か。それはお前が人殺しを止めるまでだ。龍神は殺生などしてはいかんのだぞ』

「では父は人を殺したことがないというのか。そんなわけはあるまい。悪人を裁き、殺すではないか」

 サブライムには何処か父を父と思っていないような発言が多い。そんなことをいちいち気にしていられないらしく、龍神が再び深いため息をつく。

『私のしていることは人殺しとは言わない。道理にあったことをしていると自負している』

「我も今日は悪人を殺した。我の優勝賞金を狙ったやからを殺した。それは道理にあったとは言わないか、父よ」

『お前の殺しは快楽を求めるものだろう。それを道理があるなど認めるわけにいかない。いい加減、大人になれ』

 一方的にサブライムは会話を終了させ、再びコートを羽織って外へ出る。サブライムは父親と一緒にいることは居心地が悪いだけでしかなく、他に何もいいことはなかった。

 外に出ると、人々の視線がサブライムを突き差す。大会の優勝者ということもあるが、サブライムの銀髪は異常なまでに目立つからだ。しかし、当の本人であるサブライムはそのことを気にしていなかった。元々、龍神の子供として特別視をされることが多かったからだ。

 目的地のない散歩は、サブライムを人気のない方へと誘う。しかし、誰もいないはずの道に人を見つけ、目を細める。

 日が暮れているというのに何かを探しているらしく、少し大人びた黒髪の少女が地面に手をつき辺りを探っていた。灯りを付けずに探していることが気になった。しかし、サブライムを立ち止まらせるほどの事柄ではなく、無視して通り過ぎようとする。

 少女とすれ違うその瞬間、サブライムの足に何か当たった。その物を拾い上げて、街灯へとかざす。それは青い石がはめ込まれたペンダントだった。直感でそのペンダントが、少女の探している物だと分かる。しかし、少女はサブライムが拾ったことに気付かず、地面を懸命に探していた。いつもならば無視してペンダントを捨てるのだが、必死に物を探している少女を放っておくことができず嫌そうな顔をしながらも、少女に声をかける。突然、話しかけられ少女はすぐに立ち上がり、サブライムの方を向く。その少女の顔立ちを見て、サブライムは息を飲んだ。その少女の顔は、サブライムの好みと全く一致していたからだ。そのことに気付かれないようにしながら、少女へペンダントを差し出す。しかし、少女は困ったような表情を浮かべて受け取ろうとしなかった。最初は探していた物が違ったと思ったが、サブライムへ向けている視線が微かにれていることに気づく。そこで少女の目が見えていないとわかった。

 苦笑してペンダントを握らせてやると、ぱっと花が咲いたように笑顔になる。探していたのは青い石のペンダントということは間違えていなかった。少女は深く頭を下げ、サブライムの手をつかむ。

「ありがとう! これ、すごく大切なものなの」

 サブライムは向けられた笑顔に、今までになかった感情が湧き起こるのを感じた。その感情は不快ではなかったが、サブライムは困惑してしまう。

「どうかした?」

 可愛らしい少女の声が、サブライムの鼓膜を心地よく刺激する。少女ともう少し話したいと思い、サブライムは少女の名前を問う。少女はリリーと答えた。

「リリーか……。我はサブライムだ」

「珍しい名前。それに喋り方も珍しい。我とかなんじとか」

「そうか? 我にとって普通」

 そう言うとリリーは笑う。リリーの笑顔はサブライムの心を確実に温める。それでもサブライムには気になることが1つだけあった。

なんじは目が見えておらぬのだろう? 見えないのなら、誰かに助けてもらおうとは思わぬのか?」

「……目が見えないからって、特別扱いされたくないの。だから、私はできるだけ自分のことは自分でやりたい」

 リリーが最初に大人びて見えたのは、そんな思いの表れだったらしい。目が見えないことに触れられたくないらしく、リリーはお礼を言って去っていってしまう。そんなリリーを追いかけることはせず、サブライムは見送った。

 リリーと出会ってから数日が経ち、サブライムは気まぐれで町へと下りる。神殿の生活は国王に保障されているために不自由は無かったが、それは軟禁されている気分であった。だから、息苦しさを感じた時には、気ままに町へ下りて買い物をする。リンゴをひとつ買い、かじりつく。神殿で出されるものと比べれば甘さは無いが、新鮮さはあった。リンゴを食べ終えて、次の果物を探す。ふと、先の店に見覚えのある人物を見つけた。先日出会ったリリーである。リリーは店主と会話しながら、商品を選んでいる。その様子はとても楽しそうであり、サブライムは背後から近づく。気配を消しているためにリリーはサブライムに気付かないが、店主はサブライムに気付き微笑む。

「いらっしゃい、サブライムさん」

「あぁ」

 返事をしたためにリリーが、サブライムがいることに気付く。驚きながら振り返り、顔をあげる。

「サブライム?」

「また会ったな」

「えぇ。サブライムも買い物?」

「あぁ」

 どう会話をすればいいか分からず、返事だけをする。そのことにリリーが苦笑した。

「サブライムも料理するの?」

「いや、今はしない」

「今はって、前はしていたの?」

「1100年前はな」

 サブライムの答えにリリーが笑う。

「面白い冗談ね」

「冗談などではない」

「普通の人はそんな長く生きられないよ」

 リリーはサブライムの正体を知らない。目が見えないために、サブライムが純血だということにも気づいていない。あえて正体をさらすつもりはなかった。

「そうだな。龍神以外は短命なのが当たり前だ」

「龍神様は何歳なんだろうね。話では私のおばあちゃんが子供の頃から、今の龍神様がいたらしいけど」

「我にも分からぬ」

 親である龍神が、自分が生まれた時からいたのは当たり前で、年など聞いたことがなかった。むしろ、関係が険悪であり、それ以外の会話もまともにしたことがない。

「また聞いてみるのもいいな」

「サブライムは龍神様と話しできるの?」

 本来は神聖な存在であり、龍神と会える人間はごくわずか。口が滑ったと焦りつつも、平然を装う。

「機会があればという話だ」

「そうよね。私も龍神様に会ってみたいわ」

「目を治してもらいたいのか?」

 リリーは目が見えない。普通であれば、目を治したいというのが考えられる。しかし、リリーは首を横に振る。

「確かに目も治ったらいいと思うよ。でも、私はそれよりも叶えて欲しいことがあるの」

「何だ?」

「元気な自分の子供が欲しい。私ね、目が見えないから勘違いされやすいけど、目の病気じゃないのよ。だから、子供も産めるか分からない。だから、普通の子供を産める体にして欲しい」

 悲しそうな顔でそんなことを言う。サブライムは慰める言葉を見つけられず、リリーの頭に手を乗せてでる。そのことにリリーは驚いたようだが、すぐに嬉しそうに笑う。

「サブライムって思っていたより、体が細いんだね」

「そこまで分かるのか?」

「うん。手が軽いから。喋り方が珍しい人だから、もっとごつい人だと思ってた」

 笑いながらサブライムの手を掴み、頬へ引き寄せる。リリーの頬には温もりがあり、手を引くことができない。

「手も温かいのね。すごく安心する」

なんじには警戒心というものはないのか?」

「あるよ。でも、サブライムにはその必要がないって感じるの」

「・・・・」

 サブライムは黙り込んだ。そのことにリリーの表情が不安そうなものとなる。

「嫌だった?」

「いや。気にするな」

「じゃあ、そろそろ行くわ。夕食の準備しなくちゃいけないから」

 手を離し、リリーがサブライムに背を向ける。まだ話し足りない気がして、手を伸ばす。しかし、引きとめることができず、手を引っ込めた。


 サブライムがソファーで眠っていると、龍神が話しかけてくる。無視して寝続けようとも思ったが、巨大な図体ずうたいに見下ろされる威圧感からさっさと逃れたいため目を開ける。

「何か用か?」

『近くに人間がいる。見てきてくれないか?』

「断る」

『私はここを離れるわけにはいかないのだ』

 龍神は意味もなく姿を見せるわけにいかない。サブライムならば、まだ龍神ということを知られていないため、外に出ることができた。しかし、そんな理由だけで外に出る気にはなれない。

「人間1人ぐらい気にするな」

『そうはいかない。人間がいるのは神聖な場所。1度許したら、また来る。頼む、サブライム』

「わかった」

 仕方なく体を起こし、外へ出る。神殿の周りにあるのは花畑だけ。人はすぐに発見できた。人は地面に座り、花に触れている。

「リリー」

 花畑にいたのはリリーであった。神殿までの道は険しく立ち入り禁止になっている。迷って来られるような場所ではない。声をかけるとリリーがサブライムに気付き振り返る。

「サブライム? どうしてここにいるの?」

「それは我の台詞だ。ここが何処か分かっているのか?」

「龍神様の神殿近くの花畑」

 明らかに分かっている。サブライムは深くため息をつく。

「ここに入ったら、罰せられることは知っているのか?」

「えぇ……」

「では、何故ここにいる?」

 リリーはうつむき、黙り込む。リリーではない誰かであったのなら、容赦なく追い出すことはできた。だが、理由を聞く前のリリーにそんなことができない。何か喋るのを待っていると、リリーが顔をあげる。

「私、花が好きなの。ガデスで1番花が咲いているのはここだから、よく来てる」

「よく来ているのか? 1度も注意されなかったのか?」

「うん。誰も来ないから、ここが気に入ってるんだよ」

 その答えにサブライムは顎に手を当てる。サブライムが注意しに来るのは初めて。龍神は人前に出ない。しかし、リリーは何度も来ていると言う。タメ息をつき、リリーに手を差し伸べる。

「ここは人間は立ち入るのが禁止されている。家に送ろう」

「さっきも聞いたけど、何でサブライムがここにいるの? サブライムも入れないじゃないの?」

「我は人間ではない。純血だ」

 言いたくはなかったが、言わなくてはリリーが納得しない。純血だと伝えたが、リリーは納得していない。

「純血だって、ここに入るのはダメじゃないの? だってここは神聖な場所なんだから」

「あぁ、龍神以外は立ち入ることができない」

「えっ……ということは……サブライムって……」

「龍神の息子だ」

 隠していたところで、いつかは気づかれる。正体を伝えると、リリーがうつむく。龍神ということを知られてからの反応はいつもと変わらなかった。純血である龍神と人間である国王が治めているガデスとはいえ、やはり純血と人間には壁がある。リリーもまた同じ。そう思い、サブライムはその場から立ち去ろうとした。

「待って」

 呼び止められ、足を止める。振り返ればリリーが立って、サブライムの方を向いていた。胸に手を当て、笑みを浮かべている。

「ちょっと驚いたけど、すごいじゃない。サブライムの髪の色は何色なの?」

「銀色」

「瞳の色は?」

「青だ」

 何故そんなことを聞くかと首を傾げると、リリーが微笑む。

「龍神様とは違う色なのね。でも、素敵よ」

「見ないと分からないだろ」

「まぁね。でも、私の想像の中では素敵」

 リリーはサブライムの方へ手を差し伸べる。誘われるかのようにその手を握る。リリーの手が熱い。

「純血だからって、龍神様だからって、今までと態度変えないよ。だって、私も普通の人と違うから」

「それは有り難い」

「じゃあ、出て行くよ」

 手を離し、歩いていこうとする。しかし、すぐにふらつき倒れそうになった。サブライムが腕を差し出し、リリーの体を支える。顔が赤いため額に手を当てると、酷い熱があった。家を聞き、肩を貸しながら連れて行く。家は町の外れにあり、とても質素な作りをしていた。ベッドに寝かせ、額に濡れたタオルを乗せる。

 しばらくすると落ち着いたらしく、リリーは苦笑しながら喋る。

「ごめんなさい……迷惑をかけちゃって……」

「気にすることはない。大人しく寝ていろ」

 サブライムにとって、人間の看病をするなど初めてのことだった。何故、できるかわからないが嫌な気分ではなく、むしろ少し嬉しく感じている。しかし、そんな感情を遮るように音を立てて、ドアが勝手に開かれた。

 綺麗な装飾がついた服を着ている、青い髪の男が入ってきてリリーへ駆け寄る。ノックもせず家に入ってくることからして、リリーと仲が良いことは鈍感なサブライムにも分かった。男がベッドに寝ているリリーを心配して、優しく声をかける。

「リリー、大丈夫か?」

「大丈夫よ。風邪をひいただけだから」

「体が弱いんだから風邪でも気をつけろよ」

 リリーがひとまずは無事だとわかり、安堵あんどの表情を浮かべている。しかし、サブライムに気づき、男の表情が固まる。明らかにサブライムのことを知っているようだった。眉間にシワを寄せ、とても嫌そうな顔をしている。

「何故……こいつがここにいるんだ?」

「倒れた時、助けてくれたのよ。それにね、イクセスがくれたペンダントを見つけてくれたの」

「そうか。けどな、こいつとは関わるな。ペンダントぐらい何個でも買ってやる」

 会話と男の容姿から、サブライムもその男のことを知っていることを思い出す。青い髪と瞳をした男。間違いなく国王だった。国王イクセス・ベナイン。国王がこんな一般国民の家に来ることがないという概念から、すぐに気づくことができなかった。

 イクセスの言葉にリリーが悲しそうな顔をして、持っていたペンダントを握り締める。

「これじゃなきゃ嫌なの。これ、イクセスが初めてくれた物なんだよ。それに私が最後に見た物でもあるの……」

 今にも泣きそうなリリーにイクセスが慌てふためく。

「すまない……。そういえば、結婚式の日取りが決まったから知らせに来たんだ。城で寸法を測らなければいけないから、体調がよくなったら迎えに来る」

 イクセスは前に会った時は冷たく凍ったような表情をしていたのが、今はとても柔らかい笑みを浮かべている。その差がイクセスはリリーを大切にしていることを表していた。

 結婚式などの日取りを説明し終わると、イクセスが足早に城へと戻っていった。姿を見送り、サブライムが浅くため息をつく。

「結婚か、よかったな」

「……ありがとう……」

 国王と結婚するというのにあまり嬉しそうにしていない。話を聞いている限りでは強制ではなく両者とも承知の上での結婚のはずだ。

「あやつと結婚するのが嫌なのか?」

「ううん。けど、目が見えない私は絶対に迷惑をかける。イクセスとは子供の頃からの知り合いで、いつも迷惑をかけた。だから、これ以上迷惑をかけたくない……」

「そう思っているのなら、正直に国王へ伝えた方がいいぞ。どう返してくるか分からないが、黙って婚約を破るよりもいい」

「あなたっていい人ね。イクセスが言っていたことが信じられない」

 笑顔で言われ、サブライムは苦笑した。

「我はいつも父に怒られてばかりだ。いい人とはどういう面で言っている?」

「えっ? だって今、私にアドバイスしてくれたし、ペンダントだって拾ってくれた」

「……そうか」

 リリーと話していて、サブライムは温かくて楽しいと感じていた。この感情が続くのならば人間のリリーと一緒にいたいと思ってしまう。しかし、相手はどんなことを言っても人間。これ以上一緒にいたら辛さも出てくる。

 人間に情を移すことは龍神にとって無意味で空虚。命の長さが違い、人間の方が先に死ぬ。自らの体が滅びるまで短い命を失った悲しみを味わわなければならない。

 いつまでも話しているわけにもいかず、リリーに別れを告げ自分の住み家へ戻る。そして、龍の姿へとなった。龍の姿になれば時が経つのは、人の姿の時よりも何10倍も早い。時に任せ、リリー達を忘れることを願った。

 数日が経っても、サブライムの頭からリリーのことが離れなかった。リリーに会いたいという気持ちで心がいっぱいになっても、サブライムは会いに行くことはできない。

 どうしようかと悩んでいると龍神がサブライムに話しかけてきた。

『サブライム、そろそろ孫の顔が見たい。人でもいいから早く子を作れ』

「簡単に言うな。思っていたよりも人間と付き合うのは難しい。それに孫なら我が弟の息子がいたではないか」

 サブライムの言い返しに、龍神がため息をつく。そして、真剣な声を発する。

『……お前が龍神を継ぐのはそう遠くないことだ。龍神となったら人と付き合うのが余計に辛くなるぞ』

 前に言っていることが違うことに驚きながらも、サブライムは何も言えなかった。

 龍神を継げば、リリーと私的に会うことは許されない。前は誰でもいいと思っていた結婚相手。それなのに今はリリーでないと嫌だと思っている。混乱してくる。あれほど嫌っていた人間なのに今は好意を寄せてしまっている。

「人間の命を延ばすことはできないのか。病気もなく健康な状態で」

『1つだけある。だが、お前は何のために人の命を長くする? あれほど嫌っていたのに』

「……少しだが人が好きになっただけだ」

 苦笑いして、人の姿になる。やはり、リリーと会いたいという気持ちで、いてもたってもいられない。

 サブライムが家を訪ねるとリリーは外で花に水をやっている。前に来た時には花など無かった。

「その花、どうした?」

「サブライム? この花ね、イクセスが持ってきてくれたのよ。私の大好きな花だからって」

 植木鉢に植えられている花は見たこともない花だった。花を眺めていると腕を掴まれる。

「散歩しようよ。イクセスは外に出るなって言うの」

「何処に行きたい?」

「花園。場所は知ってる?」

 サブライムは住み家以外の森などに入ったことはない。だから花園の場所など全く知らなかった。そう伝えるとリリーは笑い、腕を引っ張り歩き始める。どうやら案内してくれているようだ。

 しばらく歩くと辺り一面、花が咲き乱れている場所へと案内される。どうやらリリーの言う花園に着いたらしい。リリーは寝転び、空を見上げる。見えていないのに空を見て、嬉しそうに笑っている。

「今、見えてないのに空を見て笑っていると思ったでしょ」

 考えていることを言われ、目を丸くする。リリーは笑いながら手を目の前にかざす。

「目が見えないと言っても完全じゃないのよ。太陽なら弱い光としてだけど見ることができるの。だから晴れていると光が見えて、曇っていると光が見えない。光が見えてるから今日は晴れている。だから嬉しいの」

「そうか。そういえば結婚はどうなった? 式はまだだろう? よければ我も参加させてくれないか?」

 本当はイクセスとの結婚の話などしたくないが、何でもいいからリリーと話したい。

 結婚のことを聞くと、リリーがため息をつきながら起き上がる。

「……当分、できないかもしれない。新しい盗賊が出てきて、国王だから退治しなきゃいけないんだって。だから結婚は先送り」

 普通なら悲しむところなのに、リリーは安心しているように見える。ふと、リリーが前よりやつれていて顔色が悪いことに気づく。

「顔色が悪いな」

「最近、具合が良くないの。だから、結婚しないつもり。もう私の命は長くない」

「……」

 薄々気づいていた。黙っているサブライムに、リリーは謝る。

「こんな話をしてごめんね。けど、サブライムには言っておかなきゃと思って」

「……」

「ほら突っ立ってないで行くよ」

 再び腕を引っ張られ、その場を後にした。


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