表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/77

エピローグ1 『桜の約束』

 後日、俺は近所の公園にやってきていた。

 うららかな陽ざしが、景色を柔らかく包んでいる。

 桜吹雪が舞っていた。

 逸美ちゃんや凪に鈴ちゃん、郷ちゃんや晴ちゃんもいっしょだ。ついでに花音もいる。今回の事件に関わった中で、浅野前さんだけは来られなかったけど、「あとで桜の写真でも撮って見せるのだ」と郷ちゃんは言っている。

 初めての面会に行ったとき、所長の権限で郷ちゃんと会いに行ったのだが、そのとき浅野前さんは、

「出所したら、明智さんに伝えたいことがあります」

 と、照れくさそうに言っていた。郷ちゃんはなぜか決まり悪そうだったけど、俺は単純に浅野前さんの出所が楽しみだった。

 そしていま、俺は桜を見上げていた。

 そんな俺の横に、いつのまにか、郷ちゃんが来ていた。

「開、どうかしたか?」

「別に」

 郷ちゃんとふたり、公園で白い犬とフリスビーで遊ぶおじいさんを見る。

 おじいさんは俺と郷ちゃんに気づくと、微笑みを投げかけ、また犬との遊びに興じる。そんなおじいさんから視線を外して、郷ちゃんは俺を横目に見た。

「開、ちょっと聞いてくれるか?」

 改まってどうしたのだろう。

 みんなのほうをチラと見るが、五人は俺たちに構わず先にお弁当を広げていた。

 郷ちゃんに向き直ると、この端然とした佇まいのお姉さんは、物憂げに言った。

「開。久しぶりにいっしょに過ごしてこられて、わたしは楽しかったぞ」

「どうしたの? 急に」

 まるで、十年前のようじゃないか。

 と、そう思って、そうなのかと察した。

 うまく言葉が出ないでいる不器用な姉貴分に、俺は言ってやる。

「郷ちゃん、引っ越すの?」

「う……!」

 虚を突かれたように声を喉に詰まらせる郷ちゃん。

「わかるよ、それくらい。十年前と顔がいっしょだったから」

「さすがだな、開。それがわかるほど、おまえは探偵として成長したのだな。実は、わたしは引っ越すのだ。親の仕事の都合でな、また二年前まで住んでいた場所へ、戻ることになった」

「そっか。寂しくなるね」

 と、俺は視線を落とす。

「なにをしんみりしておる。これまでと変わらんではないか。こうして今回久しぶりに会えただけで、わたしはご機嫌だったのだ。今度は遠慮はいらん。また会おう。また当時に戻ったように、しゃべろうではないか」

「うん。そうだよね」

「だ、だが……。その前に、ひとつ聞いてもいいか?」

「どうぞ。俺に答えられることなら」

 郷ちゃんはらしくもなく、瞳に影を落とした顔で言った。

「わたしは、浅野前の家族を殺してしまった。わたし自身も覚えていないほどの昔だが、それは許されない過ちだ。開、そんなわたしだが、おまえはこれからもわたしを、いままでと変わらず、接してくれるか?」

 なんだ、そんなことか。

 こんなたったひとつしか答えがないような簡単な問いに、俺は迷うはずもなかった。

「もちろん。浅野前さんも、もう恨んでないって言ってたじゃん」

「あいつは、いいやつだからな」

 きっとそれは、向こうも郷ちゃんに対して思っていることだ。

 郷ちゃんはちょっぴり照れくさそうに髪を触る。

「ありがとな、開」

「お礼を言われることじゃないよ」

 そして照れ隠しついでというように、郷ちゃんは俺の肩についた桜の花びらを手に取り、ニヤリとする。

「もうひとつ言っておいてやるぞ。開、昔『大きくなったら、きょうちゃんとけっこんする』と言っていたあの約束を、反故にしてやろう」

「え? なんの話?」

 そんな昔のことをそんな得意げに言われてもな。……いや、そんなこと言っていたのか。覚えているような気もするし、なんだか少し恥ずかしくなるな。

「おまえは自分から言っておいて忘れたのか?」

「うん。で、反故になったら、どうなるの?」

 本当はうっすら記憶にある気もするけど、そう聞き返してみた。

 ゴホン、と郷ちゃんは気を取り直すような咳をして、

「いや、そんな約束をして、そのままでいるというのもあれだと思ってな。そういうのは、改めてだな……そういうときに言う言葉だから、とりあえずは反故にしたワケだ」

 まったく、郷ちゃんはそんな昔の約束まできっちり覚えていて、わざわざそれを反故にするという話をするほどに律儀で、俺はそれが郷ちゃんらしくて笑ってしまった。

「こら、開。なにを笑っておるか。大事な話だぞ」

「うん。ごめんごめん」

「ふっ。開は泣いている顔もかわゆかったが、笑顔が一番似合うな」

 急になにを言い出すんだ、と俺が照れそうになったとき、凪と花音が呼びに来た。

「なにやってるんだい?」

「ほら、二人共。お弁当なくなっちゃうよ」

「おう。わかったぞ、花音。わかったから引っ張るな」

 花音に腕を取られて引きずられるようにする郷ちゃん。

 俺もみんなの元へ行こうとしたとき、

 やわらかい風に桜吹雪が吹き上げる。

 綺麗な桜吹雪に見とれて足を止めると、凪が俺の横に来て、桜を見上げた。

「約束、果たせたね」

 そう言われたけど、俺にはなんのことだかわからない。

「なんの話?」

「ただの小さな約束の話さ」

「ふーん」

 凪が見られた約束は、世界は、どんなものだったんだろう。まあ、みんなで桜を見られているし、細かいことはいいか。


挿絵(By みてみん)




「開くーん」

「先輩」

「さあ、お弁当食べるよ」

「お兄ちゃんも凪ちゃんも早くー」

 逸美ちゃん、鈴ちゃん、晴ちゃん、花音と四人が順番に俺たちに呼びかけ、凪はみんなの元に駆け出した。

 俺もみんなのほうへ歩き出したが、ふと振り返って、再度、桜を見上げた。

 そして浅野前さんとの会話を思い出す。

 なるほど。

 確かに浅野前さんが言っていた通り、彼女が言ったあと二週間というところでしょうかの言葉通り、花はまだ咲き始めたばかりで、桜の木が広がって花が爛々としていた。

 世界はすっかり春だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ