表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/77

第六章12  『routeM 20』

 夕方。

 あれから俺と逸美ちゃんはひと言も交わさず、黙って読書をする逸美ちゃんの横で、俺はぼーっとしていた。

 はた目にはまるで抜け殻のようでもあったと思うけれど、逸美ちゃんが隣にいてくれたから、空虚さは感じなかった。

 日も落ちかけてきた頃になって俺はソファーから立ち上がり、

「逸美ちゃん、今日はありがとね」

 ふわりと逸美ちゃんは微笑んだ。

「いいのよ。開くん、もう帰るの?」

「うん」

「気をつけて帰るのよ。また明日ね」

「また明日」

 逸美ちゃんに手を振り返し、俺は探偵事務所を出た。


 帰り道。

 郷ちゃんの死を実感し、逸美ちゃんと過ごしたことで頭の整理だけはついた俺だが、細い糸が絡みついたようにとぼとぼとゆるい足取りで帰路を歩く。

 視線も下がっていたらしい。

 前方に、誰かが立ち尽くしていたのにも気づかなかった。

 俺を待っていたその気配にやっと顔を上げてみると。

 そこで待っていたのは、しばらく前にも見た顔だった。

「やあ」

「……」

 いまはこいつとしゃべる気力もないんだよな。

 だけど、相手は一方的にしゃべりかけてきた。

「キミを待っていた」

「なにか用?」

「待っていたからには、用のひとつくらいはあるさ。そうだろう? 開」

 そう言って、柳屋凪は、俺を見据えた。

 俺はすがめるように凪を見返す。

「で、まだなにか、俺に話すことでも?」

「キミは、まだ浄化されてない。そうだろう?」

「さっきもしたな、そんな話」

「ぼくはさ、本来的なカタルシスはなくなった。悲劇はカタストロフにしかならなくなった。だから今回の件だって、悲劇を避けられなければカタストロフだって、そう思ってたんだ」

 一瞬、凪の言葉に引っかかる。

「思ってた? いまは、違うのか?」

 うん、と凪はうなずいた。

「カタルシスが必要なんだ。浄化しなければならない。ぼくはキミを、浄化しないといけないんだ。相棒として。そう頼まれてしまったんだ」

「どういう意味だよ?」

 頼まれたって、誰に。

 凪はふんと鼻を鳴らした。

「ぼくはキミを導けなかった愚者だった。ぼくが見たこの世界では、ダメなのさ」

 こいつの言っている意味がまるでわからない。

「いずれね、キミは名探偵として難事件に挑まないといけないんだよ。そう決まっている。てことらしい。でもこれじゃあ、こんな顛末じゃあ、ダメなんだ。カタストロフじゃなくて、キミにカタルシスを見せてあげないといけなかったんだよ、ぼくは」

「それは、おまえがただ後悔してるって話じゃないよな?」

 大きな瞳で、凪は俺を飲み込むように見つめた。

「悪いけど、ぼくにとってはどうでもよかった。だがそれじゃあダメだって話さ。だからぼくは、繰り返す。終わりとはじまりを繰り返す。この螺旋を繰り返す。愚者の旅を繰り返す。そうするよう、仕組まれてしまっている。ぼくが、タイムリープをしなければならない」

 俺はフッと笑った。

「本当に、タイムリープなんかができたらいいのにな。もしおまえが言ってるみたいに、未来が変えられるなら、俺にカタルシスを見せてくれよ。そして、そのときはいっしょに桜でも見ようぜ」

 なんて。そんな冗談みたいな話に乗って、俺は息をついた。

「わかった。じゃあぼくはちょっと行ってくるよ」

 凪がそう言った瞬間、視界が――いや、世界が眩しく見えて、俺は目がくらんだ。

 タイムリープってなんだ?

 そう問いただしたかったけれど、俺はもう、目をつむったまま動けなかった。

 もう目を開くこともできず、立ちくらみにも似た感覚に襲われる中、俺は最後に凪の言葉を聞いた。

「螺旋を抜け出し、これからの愚者の旅が終わったら、みんなでいっしょに桜を見に行こう。約束だぜ、相棒」

 そこで、俺の意識はぷつんと切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ