第六章11 『routeM 19』
「はあ……」
所長を見送ったらなんだか気が緩んだ。
「開くん」
俺の名前だけ呼んで、逸美ちゃんはなにも言わず、ただ隣にいてくれた。
探偵事務所に沈黙が降りる。逸美ちゃんにとってその沈黙は、ガラスでできたような硬質さだったかもしれない。逸美ちゃんは、俺の心の痛みとかまで、必要以上に感じちゃう人だから。でも、俺にとっては落ち着ける空間だった。
それにしても、郷ちゃんはなにを言いたかったのだろう。ふと。今朝見た夢を思い出す。最後の最後で目が覚めてしまい、結局なにも聞かないままだった。
いや。
なんとなくわかっていた。
凪が言っていたように、事件の犯人が浅野前まひるであることとターゲットが自分であることに気がついて、今晩にも決着をつけたら、その事実を俺に話そうとしていたのだろう。それまでは自分が昔放火して人を殺してしまった事実を俺には知られたくなかったのだと思う。本当は俺の家に来たとき話したかったけれど、できなかったのだ。真実を隠してきたことで、俺に拒否されるのが怖くて。
開は、わたしとずっといっしょにいてくれるか?
この問いを俺に投げることで、真実を隠し続けてきたことを先に許してもらおうと思った。いっしょにいることを許してもらおうと思ったのだ。
そして。
答えはあとでいいのだ。
俺が問いに一瞬答えられないでいると、そう言われてしまった。きっとこれはずるいと思ったのだろう。潔くないと。
いまさらだけれど、答えよう。
うん。いいよ。
そんな郷ちゃんといっしょにいる。きっと俺はそうやって、俺へ向けられた彼女の想いを一生抱えて生きていくのだろう。こんな形で死なれたら、忘れられるわけないじゃないか。
……まったく。郷ちゃんはなにを思って死んだのだろう。やっぱり、あんまり潔いのはダメだな。
生まれてからこれまで郷ちゃんと過ごした記憶、そして浅野前まひると出会い、郷ちゃんと再会してからの記憶が、止まることなくぽろぽろと溢れてくる。
窓の外に見える空は、まるでなにもわだかまりがないみたいに澄み渡っていた。
すべて終わった。
いまやっと、彼女の死を理解できた気がした。