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第一章4   『転換期』

 今朝は気をつけてニュースを見てみた。

 昨日凪から連続放火事件の話を聞いたところ、放火は三日か四日ないし五日おきに起きているので、次もその周期で放火されるなら昨日か今日がその日ということになる。しかしながら、そんなニュースはやっていなかった。

 花音がランドセルを背負ったままテレビを見ていたところを、首だけこちらに向けた。

「あ! 新聞なんか読んでめずらしいね!」

 朝に新聞を読む習慣がないから、そう言われても仕方がない。高校生が気にするニュースなんてテレビを何分か見ているだけで事足りるのだから。

「新聞くらい読むさ。ていうか、花音も登校時間までまだ時間があるのに、もう準備ができてるなんて珍しいな」

「だって、あたしもう小学校卒業だよ! 中学生なんだよ! 小学校に通えるのだって、あと一週間くらいしかないんだもんっ」

 それで最近、家を出るのが少しだけ早かったのか。

「そういえば、もうそんな時期だよな」

 一週間ほど前に三年生が卒業したばかりだというのに、自分がまだ一年生だからかあまり実感がないものだ。逸美ちゃんが大学生になるっていうのはしっかり頭にあるんだけどな。

「花音も四月から中学生か。全然見えないな」

「制服を着たら、そうとしか見えなくなるよ。だって、あと一か月で中学生なんだから」

 あの花音が中学生か。制服を着ている姿を想像してみるが、制服に着られてしまっている妹しかイメージできなかった。

「ま。だったら早く学校行けよ」

「言われなくても行くよっ。じゃ、いってきます!」

「いってらっしゃい」

 いまはちょうど、季節の変わり目。変化の時期だ。転換期である。いろいろなものが変わる時期、多くの人の運命の輪が回りはじめる時期である。

『運命の輪』か。

 なかなか、運命って言葉は、どんな現象にも引っかかる言葉であるらしい。


 うちの高校では、二年に上がるときに文理選択があり、必ず文系か理系かを選ばなくてはならず、先日、文理選択用紙の提出があった。

 俺は理系にした。理由は数学が得意だからというのが正直なところで、理系に行ってなにがしたいとか、どこの大学の何学部に入りたいとかいった目的はなかった。しかしハッキリとした目標のない人だって、多いのではなかろうか。

 そんな目標もなく理系を選択した俺を担任が呼び出したのは、昼休みのことだった。なんの用事だろう。優等生で通っているし、特に問題など起こしていないはずだ。

 生徒指導室というのが居心地の悪さを感じるけれど、年中ジャージ姿の体育教師である担任は、こう切り出した。

「明智。知ってると思うが、二年からは文理選択がある。それと共に、成績優秀者が集められる選抜クラスもできる」

「はい。それは知ってますけど」

「おまえの成績なら、理系選抜のクラスになると思うが、どうだ? いいか? いやなら断ることもできるが」

 わざわざ勉強するために高校に入って断るヤツなんてそうそういないだろう。

 俺は即答する。

「はい。お願いします」

「そうか。選抜クラスになる生徒には、一応確認を取らなくてはならいからな。わかった。勉強がんばれよ、明智」

「はい。ありがとうございました」

 これから、我がクラスから選抜クラスに行く他の生徒にも、先生は確認を取るのだろう。

 担任はいい先生だった。仕組みや過程、そのときの人の考え方などを、自らの経験や事例と共に話してくれる人で、俺は担任の話を聞くのは好きだった。でも、これで二年になったら、担任も変わるんだろうな。

 クラス替えか……。

 これもまた、転換期ってところかな。


 職員室や特別教室の一部が入った教員棟から、一般教室が並ぶ一般棟へと戻る最中のことである。

 生徒指導室のある二階から一年生の教室がある一階に下りたところで、正面から背が高くガタイのいい男子生徒、俺の幼馴染である伊倉晴気いくらはるきが歩いてきた。彼は体格の割にゴツゴツした感じがなく、優しい顔をしている。その柔らかく優しい顔を俺に向け、

「やあ、開ちゃん」

 と手を挙げた。

「晴ちゃん。どうしたの?」

「担任の先生に呼び出されてね」

「ふーん。てことは晴ちゃん、来年は選抜クラスだね」

 晴ちゃんの目が大きく開く。驚いた顔をしていた。

「そうなんだ。よくわかったね、開ちゃん。おれはまだなにも言ってないのに」

「たいしたことじゃないよ」

 本当にたいしたことではない。真面目で頭のいい晴ちゃんが問題を起こして呼び出されるはずがなく、その穏やかさと適度な明るさから、担任にクラスの人間関係について相談されることはあっても、教育的指導を受けることはまずない。だとしたら、さっきの俺がそうだったように選抜クラス入組への意思確認だと思っただけだ。

 俺がそう説明すると。

「やっぱりすごいね、開ちゃんは。探偵をやっているだけはあるな。それとも、おれがなにも考えてないだけかな」

「そんなことないよ。晴ちゃんは人間関係には人一倍敏感だし、気を遣うし頭も使う。考えているほうだと思うよ」

「おれは開ちゃんほど頭は使わないよ。開ちゃんは理系?」

「うん。理系にした」

 晴ちゃんはにっこりと笑った。

「そっか。開ちゃん、来年は同じクラスだ。よろしく」

「うん。よろしく」

 小学校からの幼なじみにこう改めて言うのも、どこか照れくさいものがある。しかし微笑を浮かべた幼なじみはなんとも思っていないようで、急に話題を変えた。

「そういえば開ちゃん。昨日、凪くんと会ったんだって?」

「昨日の帰りに、バッタリね」

「凪くんはおもしろい子だよね。なんていうか、実はすごいとか、実はおもしろいとか、意外に彼を評価している人は多いんだよ」

「実は、ね」

 と、俺は苦笑いする。

「凪くんって変わってはいたけど、あんまり悪目立ちはしなかったからね」

 あいつは当時転校した初日から俺に絡んできたため、とにかく学校ではおとなしくするようものすごく言い聞かせておいたのだ。普段のあいつはただのトラブルメーカーだから俺もあいつのはた迷惑な本質を隠すのに苦労したものだ。

「それに対して、開ちゃんは目立ったよね」

「そんなことないよ」

「実はあの探偵王子だってことを学校のみんなには隠していたのに、容姿端麗で成績優秀の優等生、おまけに運動神経抜群だもん、目立って然りだったけどね」

「やめてよ」

 と、俺はちょっと困ったように笑った。そんなに褒められると照れてしまう。

 俺は晴ちゃんに聞いた。

「でも、どうして俺が凪に会ったって知ってるの?」

「クラスの友達と話していてね、そしたら昨日の帰り、開ちゃんを見たっていう子がいたんだ」

「よくそんな情報が入ってくるね」

「いや、それだけじゃないよ。それだけじゃ、相手が凪くんか特定できないだろ。実は、他にも凪くんと同じ予備校に行ってる友達がいて、その子が言っていたこととさっきの子が言ってたことを合わせると、そうなったわけ」

「ほんと、その情報力には舌を巻くね」

「そんなたいそうなものじゃないって。でも、褒め言葉と受け取っておくよ」

 晴ちゃんはただの幼なじみではない。人間関係に関する情報に精通しており、人間について詳しい。人間通といえるかもしれない。呼吸をするように自然になんでも耳に入ってくる。

「晴ちゃんは、情報屋にでもなるといいよ」

 冗談半分にそう言うと、晴ちゃんは肩をすくめた。

「どうかな。おれは人と話すのは好きだし、話を聞くのも好きだけど、情報屋にはなれないよ。情報を引き出す交渉力や情報操作能力がない。それになにより、知識がない。おれは、人の動きはある程度わかる、それだけなんだ」

「なるほど。確かにいろんな能力が必要なのか」

 晴ちゃんの自己評価はいつも、「人の動きはある程度わかる」である。それ以上でもそれ以下でもなく、そこに利用価値はないとも言っていた。

 まあ、情報の売り買いをするには、晴ちゃんは少し警戒心が無さ過ぎるかもしれないな。

「それで、開ちゃん。凪くんとはどんな話をしたの?」

「別にたいしたことは話してないよ。ただ。最近ここら辺で起きてる、連続放火事件についてちょっとね。凪が興味を持ってるみたいなんだ」

「ふぅん。凪くんが。おれが聞いたところによると、今夜あたりに起きるって言ってたなあ」

「え?」

 なんで晴ちゃんが、いや、晴ちゃんの友達はそんなことを知っているんだ。さもありなん、これまでの放火周期から考えれば、誰でもそう思うところではあるのだけれど。

「誰が言ってたの?」

「クラスの友達。元を辿ると、放火事件に関するこうした情報って、二年生辺りから出ているようだね」

 まったく、晴ちゃんの情報網には舌を巻く。

「よくそこまで知ってるね」

 苦笑する晴ちゃん。

「確かに開ちゃんは知らなくても仕方ないね。あまりたくさんの友達としゃべるタイプではないし、おれや凪くん、逸美さん以外には基本的には物腰柔らかで穏やかだもんね」

「それいま、関係ないでしょ」

 と、俺は頬を膨らませる。

 それじゃあ、俺はその三人にはわがままみたいじゃないか。

 晴ちゃんは逸美ちゃんを知っている。俺が探偵として働いているのを知っている数少ない友人だからだ。その点で逸美ちゃんとも面識があり、凪とはまた別で、仕事を手伝ってもらったこともある。

「とにかくさ、いま高校生のあいだでは少し話題になってるんだよ。いつ放火されるとか、次はどこが放火されるとか」

 そんな情報まで出回っていたのか。ならあれはどうだろう。

「放火のルールって聞いてる?」

「それは知らないな。おれもそうだけど、大抵はいつどこが放火されるっていうのが、噂として、みんなの耳に入ることだから」

 なるほど。すなわち、凪が見つけた放火のルール――タロットカードによる犯行予告は、まだ一般的には知られていないわけか。

 俺は質問した。

「さっきさ、高校生のあいだで少し話題になってるって言ってたけど、この学校だけ?」

「おれ含め、北高生は知ってる人多いよ。他の学校はどうかな。おれの通ってる塾では噂する人もいたし……ああ、あの子は凪くんと同じ高校だったな」

 凪の高校は中央高校。

「つまり、この学校だけで噂になってるわけでもないんだ」

「そうなるね。それにさっきも言ったけど、北高では一年生より二年生のほうが先に情報が入ってきているように思うよ」

「そっか」

 会話が途切れる。

 俺と晴ちゃんの横を、生徒が何人か通り過ぎた。

 さっきまでは見事に人が通る気配さえなかったのに、そろそろ授業が始まる時間ということだろうか。

 晴ちゃんは腕時計を確認し、

「あと三分で授業だ。またね、開ちゃん」

 教室に戻る晴ちゃんの大きな背中に「またね」と返すと、晴ちゃんは振り返らずに片手を挙げた。

 しかし、来年は同じクラスか。いろいろと話せる相手がいるのはいいな。少なくとも晴ちゃんは、俺がこの学校の生徒の中で一番信頼できる相手でもある。

 さて。

 一年一組の教室はここから近いので、急がなくても一組の俺は次の授業に間に合うだろう。

 俺は放課後のことなどなにも知らずに歩き出す。

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