第六章5 『routeM 13』
郷ちゃんが帰ってからというもの、俺は修学旅行前日の中学生のように忙しく家の中を動き回り、今晩の張り込みのための準備をした。
探偵事務所に行くのは何時でも構わないと逸美ちゃんは言っていたので、急がず焦らず、夕方にでも家を出ようと思っている。
「今日は六時までだっけ……」
母が帰ってくるのが夕方六時過ぎだし、花音もそれまでには帰ってくるだろう。晴ちゃんの家に母が電話するかもしれず、だとしたら本当に泊まることになるから、泊まる用の荷物をまとめておくのもいいかもしれない。
「意外と時間はあるか」
つぶやくと、ちょうど玄関から音がして、花音が帰ってきた。
居間では花音がテレビを見ていた。
「ただいまー。いま帰ったよー」
「おかえり。俺もテレビでも見ようかな」
花音は録画していたテレビドラマを見ていた。出かける準備もできたことだし、俺もいっしょになってそれを見る。
――それからは。程なくして母が帰ってきた。晴ちゃんと勉強会をするために晴ちゃん宅に泊まることを告げると、やはり母は晴ちゃんちに電話を掛けて確認して、晴ちゃんの家にお土産としてこれを持って行けとなにやら手渡され、俺は晴ちゃんの家に行くことになった。
「お兄ちゃんばっかりずるーい」
そう言う花音のことは無視する。
そして俺は晴ちゃんの家に行き、お世話になりますと挨拶をして、お土産を手渡し、晴ちゃんの部屋に入った。
そうしてようやく落ち着いた。
「晴ちゃん、ごめんね。ホントに家まで行って」
「いや、いいんだよ。これからホントに勉強会しちゃう?」
俺は苦笑する。
「勉強道具持ってきてない」
「開ちゃんが張り込みに行くときは、どうするの?」
「ああ。外の空気を吸いたいからちょっとコンビニにでも行ってくるとか言えばいいんじゃない? それに、もう夜遅くだから、晴ちゃんちの家族もみんな寝ちゃうでしょ」
「そうだね。うちは寝るの早いから、その点は心配いらないよ」
ああ、そうだった。逸美ちゃんに連絡を入れておかないと。何時に事務所まで行くのかが決まったらまた連絡し直さなきゃいけないが、とりあえず現状報告はしておこう。
「ねえ、ちょっと逸美に電話掛けていい?」
「うん。どうぞ」
「ありがと」
さっそく、逸美ちゃんに電話を掛ける。
三コール目で出た。
『もしもし?』
「あ、逸美ちゃん? いま大丈夫?」
『うん。開くんいま、晴気くんといっしょにいるでしょ』
「どうしてわかったの?」
『うふふ。なんとなくそうかなって。蒲生さんや浅野前さんや凪くんとも違う雰囲気だから』
どんな雰囲気だよ。
「で。あのさ、俺いま晴ちゃんの家にいるんだけど、夕飯食べたあとに行くよ。今日は勉強会ってことにして、晴ちゃんちに泊まらせてもらうことになったんだ」
『なるほどね。わかったわ』
「じゃあ、またそっちに行くとき連絡するね」
『いや、集合場所を決めちゃおう? わざわざ事務所まで来なくてもいいでしょ? だから、十時半にファミレスの近くのコンビニ。どう?』
「オッケー。わかった。十時半にあそこのコンビニね」
『うん。遅れちゃダメよ』
「了解」
電話を切って、晴ちゃんに視線を送る。
「てことだから。十時半にファミレス近くのコンビニ。それまではおとなしくしてよう」
それから。
すぐに夕飯の時間になって、晴ちゃんの弟もいっしょにみんなで食卓を囲んだ。食べ終わって食休みをしたあと、瞬く間に家を出る時間になった。
晴ちゃんの親にはコンビニにでも行ってくると言って、二人で外に出る。晴ちゃんはともかく俺に関しては文字通りコンビニに行くことになった。
外はやはり寒かった。
「ごめんね。晴ちゃんも連れ出して」
「いいんだよ。おれも手伝えることなら手伝いたいし。せっかくだからさ、おれにも張り込み、させてよ」
「それは悪いよ」
「だからいいんだって。おれなら一人でも安全だし、適当な場所で張り込んでいても平気だよ」
これまでにも晴ちゃんに手伝ってもらったことは何度かあった。情報提供以外で手伝わせるのは申し訳ない気持ちになるけれど、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。
「ありがとう。じゃあ、頼むね」
うん、と晴ちゃんはウインクした。
「お役に立てるかは保証できないけどね」