第六章3 『routeW 11』
「浅野前さん。こんにちは」
挨拶を返す。
聞きたいことはあったけれど、彼女の言葉を待っていると、やはりこの上級生の少女は自分からここで待っていた理由を説明してくれた。
「実はですね、わたしが明智さんをお待ちしていたのは、お知らせしたいことがあったからなんですよ」
「お知らせしたいこと?」
「はい。次の放火現場が決まりました!」
「放火現場が?」
明日、放火が起きることは、凪の誤情報によって決定した。けれど、放火現場がどこかという情報はまだないのだ。タロットカードについて知ってるのは、俺と凪と逸美ちゃんと鈴ちゃんの四人だけなのだから。あと、放火犯もか。
「はい。明智さんはやっぱり驚いてくれませんね」
「いえ。ちょっとは驚いてますよ」
と、俺は苦笑交じり答える。
「相変わらず、クールですね。明日放火が起きることは知られていますからそれほどの衝撃ニュースでないことは確かですが、現場までは明智さんも知らなかったんじゃないですか?」
「はい。まったく」
「柳屋さんからは聞いていなかったんです?」
俺は答えあぐねる。この質問の裏を返せば、浅野前さんは凪がこの件をすでに知っているとわかっている、ということになる。だから俺はこう訊いた。
「浅野前さんは、凪からその情報を?」
「いえ。わたしは友人から聞きました。クラスメートがしゃべっているのを聞きまして。それで柳屋さんともお話してみると、柳屋さんも知っていた模様でしたので」
「凪とはどこで話したんですか?」
「ついさっき、ここで。柳屋さん、これから探偵事務所に行かれるそうでしたよ」
そうだ。あいつとはこれから探偵事務所で事件についての相談をしないといけないんだ。
これは凪から聞く前に浅野前さんに聞いてしまってよいものだろうか。凪に断りなく独断専行するとか、いまは気にしなくていい場面と判断し、俺は情報を仰いだ。
「よかったら教えてもらえませんか? 次の現場がどこか」
「もちろんです。そのつもりで明智さんをお待ちしていたわけですから」
浅野前さんはメモ帳を開いて読み上げる。
「次はファミレス前。つまり、ファミレス周辺で事件が起きるということのようですね。周辺というのが引っかかります」
それはおそらく、タロットカードが貼られていたのがファミレスの壁かその辺りだったからということだろう。浅野前さんがタロットカードについて知らなかったら無理もない。
タロットカードについて、俺は彼女に話すことはしないでおくことにした。
凪が教えてくれた情報。つまりそれは、仲間が教えてくれた情報なのだから、これこそ断りなしに他者に横流ししていい情報じゃない。
「……しかし、ファミレス周辺か」
口元に拳を持っていき、考えていると、浅野前さんは期待した目で俺を見ているのに気づいた。まあ、その期待の正体はわかる。きっとこれからファミレス前に行こうという話なのだろう。
浅野前さんの持ち前の好奇心が刺激されていないはずがなく、俺だってそのカードがなんなのか非常に気になっている最中で、このまま行っていいものか心が揺らいでいる。
凪や鈴ちゃんもいっしょに行くべきか、浅野前さんと行ってしまってよいものか。
なんだか凪と組むと決めてから、情報の吹聴がしにくいな。
できれば浅野前さんの期待に応えてやりたいけど、凪たちと行くことにした。依頼人に手伝わせるより仲間との捜査が優先というものさ。
言葉選びに少し迷って、俺は言った。
「浅野前さん。他になにか俺に用件はありますか?」
「あっ、すみません。捜査のお邪魔でしたか?」
「いいえ。そんなことはないです。ええと、このまま立ち話も悪いなって思って」
「そうでしたか。気になさらなくて大丈夫ですよ。けれど、わたしからのお話もさっきのですべてですし、柳屋さんも探偵事務所に行かれるようでしたし、わたしはこれにて失礼しますね」
にこりと笑顔を見せる浅野前さんに、俺は慌てて、
「気を遣わせてしまってすみません」
「いいえ。その代わりと言ってはなんですが、また明日、いっしょに登校しませんか? 今朝はわたし、寝坊してしまいして。ひとりで学校へ通うときより起きるのがちょっと遅くなってしまいお迎えに行けなかったので」
俺はくすりと笑った。
「はい。いいですよ。でも浅野前さん、最近はいつも断りなく来てるじゃないですか」
「そうでした。えへへ。ではまた明日です」
ぺこりと頭を下げてきびすを返す彼女に、
「はい。また明日」
とだけ言った。
さて。
俺も探偵事務所へ行こう。




