第六章2 『routeM 10』
放課後。
授業と掃除がやっと終わり、気づけば明日は終業式、これで春休みまでに片づけるべき課題は連続放火事件だけだ。
昇降口で靴を履き替えていると、晴ちゃんに出会った。
「やあ。開ちゃん」
と、背の高さ通りの大きなサイズの靴(二十九センチくらいありそうだ)を片手に、晴ちゃんは言った。
「ああ、晴ちゃん。晴ちゃんもいまから帰り?」
「そうだよ。いっしょに帰らない? 途中まででいいからさ」
「うん」
晴ちゃんに用があったのでちょうどよかった。
「俺、今日は一旦家に帰ってから探偵事務所に行こうと思ってるんだ」
「へえ。そうなんだ。でも、どうして? もしかして、今日起こるっていう放火事件に関係が?」
さすが晴ちゃん、その程度の情報は当然の如く自然にわかっているみたいだった。
「今日張り込みをしようと思ってるんだ。だから、まずは家に帰って準備して、それから探偵事務所に行く予定。それで、晴ちゃんに頼みがあるんだけど」
晴ちゃんはにこりと微笑んで、先手を打つように言った。
「いいよ。帳尻合わせとかかな?」
「うん。夜に家を出てったら親に心配かけるし、放火事件に関わっているとも言いにくいからさ。だから、今日俺が晴ちゃんちに泊まることにしておいてほしいんだよね」
「オッケー。それくらいお安いご用だ」
やっぱり晴ちゃんに頼んで正解だ。こんな事情をわかってくれる友人、他にはいないよ。
にしても、今日はタイミングが合わなくて昼休みに郷ちゃんと会うことはなかったのが残念だったけれど、晴ちゃんに会えたことだし、連続放火事件についてなにかわかったことがないか聞いてみてもいいかもしれないな。
「晴ちゃん。連続放火事件について知ってること、なにかある?」
「うん。開ちゃんも今日放火が起こるの知ってるみたいだし、ファミレスの近くで起こるっていうのも知ってるよね」
「それはね」
「他だと――相変わらず、目撃談は北高生と中央高校の生徒。そして、特徴として当てはまる個人では、凪くん。おれの知る限りだと彼だけだったよ」
「なるほど。凪か……」
今回が最後になるかもしれないという噂はないのだろうか。また、タロットカードに関してはどうだ? いまさら晴ちゃんに隠すことでもないように思えるので聞いた。
「ねえ。タロットカードって知ってる?」
ややリアクションが遅れて、晴ちゃんは聞き返す。
「タロット?」
「そう。実は現場に、タロットカードがあったんだ。犯人からのメッセージだと思うんだけどね、それは同時に犯行予告にもなってる」
「すると、それに気づいた誰かが、いついつどこどこで放火が起こると噂しているわけか。初耳だよ」
晴ちゃんでも初耳か。無理もない。きっと俺でも凪に言われなければ気づかなかったと思うし、噂の発信源から直接聞かなければ辿れない糸だ。
「それで、タロットカードは燃えなかったの?」
と、晴ちゃんは問うた。
「ん? ああ、燃えないよ。近くの壁に貼ってあって、大体が徒歩二分圏内にある」
「そうか。でもいいの? おれなんかに教えて。開ちゃんにとって、大事な情報だったんじゃないの?」
「いいんだよ」
浅野前さんにももう教えてしまったけれど、一応晴ちゃんにも軽く口止めはしておく。
「でも、あまり人には言わないで」
「わかってる。そのことは、開ちゃんと逸美さん、あと所長さんしか知らないわけ?」
浅野前さんの名前を出しても仕方ないし……。代わりに、別の名前を上げる。
「いや。凪は知ってる。この情報も、元はと言えば凪から聞いたんだよ」
「そっか。凪くんか。凪くんねぇ……」
なんだろう。なにかまだ言いたいことがありそうな晴ちゃんだった。そういえば前にも晴ちゃんが、凪くんには気をつけて、というようなことを言っていたことを思い出す。俺が勝手に邪推している部分があるにしろ、知ってることがあるならどんな些事でもいいから教えてほしい。
俺はつい下を向いて考えてしまったところだった。
「凪くん」
ん、凪がどうしたというのだろう。まるで呼びかけるように言われても、と思って晴ちゃんの顔を見上げる。
足まで止めて、しかし晴ちゃんはこちらを向いていない。前を向いてにこりと微笑んでいる。
それにつられて俺も前を見た。
「奇遇だね。合縁奇縁、そのうち会うことになろうと思っていたよ、伊倉くん」
そこにいたのは、柔和な顔をしたくせっ毛の男子高校生、柳屋凪だった。