第五章3 『routeW 6』
逸美ちゃんの音頭で帰ることにした俺たち。
探偵事務所を出て坂道を下って少し歩くと、交差点に差し掛かった。
そこで、俺たちはそれぞれ分かれることになった。
「俺はこっちだよ」
「わたしはあっち」
「あたしは向こうです」
俺、逸美ちゃん、鈴ちゃんのルートが分かれるけれど、凪は俺のほうへと来た。
「ぼくはどこからでも行けなくないが、開とおしゃべりでもしようかな。同行するぜ」
「いいけど」
別に、凪が来ようと構わない。
まだ俺は鈴ちゃんという子についてあまり知っていることも多くないし、凪から話を聞いてみるのも悪くない。
「じゃあね、逸美ちゃん、鈴ちゃん」
「開くんもみんなもバイバイ」
と、逸美ちゃんが手を振ってくれた。
鈴ちゃんは小さく会釈して、
「さようなら。では、また明日行きますね」
そんな二人に凪が手を挙げて、「気を付けて~」とだけ言い歩き出した。
こうして俺たちは三手に分かれた。
数十秒、無言で歩いていたが、俺がそろそろ鈴ちゃんについてなにか聞こうかと思ったとき、凪のほうからしゃべりかけてきた。
「開、どこか曇ったような顔だね」
「そう?」
「うん。そう見える」
確かに俺は、どこか胸騒ぎのようなものを感じ取っていた。なにかが起こるような、このままでなにか大切なものを失ってしまうような、そんな虫の知らせじみた空気感を。
「でも大丈夫。キミは大丈夫さ」
「どういうこと?」
しかし、俺の問いへの回答はない。
本当になにを考えているのかわからない、つかめないやつだ。
そして、凪は口を開いた。
「開、知ってるかい?」
「知らねーよ」
ぶっきらぼうに返すが、凪は俺の反応など気にせず語り出す。
「タロットカードは、それ自体が物語になっているんだ。はじまりを意味する魔術師ではなく、愚者から大アルカナがはじまる。大アルカナに愚者は含まれないって考えもあって、愚者の番号は0なんだ。そこがポイントでね、愚者はどこにも属していないがゆえ、特別なのさ。物語は、愚者が旅する世界。それぞれの番号を旅してゆく愚者の物語。愚者は世界を見ると、旅を終える」
「へえ。おもしろい。なんで世界が最後のカードか解らなかったけど、そう言う意味で『世界』のカードは、最後を表すにはピッタリなのかもね。『愚者』が『世界』を見て終わりっていうのも、結構好みだな」
「うん。ぼく好みでもある」
こんな話、本来なら物知りの逸美ちゃんから聞けそうな話だ。
「この旅の愚者が誰か、キミはわかるかい?」
皮肉めいた瞳と言い方だった。
「さあ。誰だろうな」
凪は深くため息をついて、
「キミはしょうがないやつだ」
「おまえにだけは言われたくない」
俺のつっこみに凪はくすっと笑った。
「そうか。困ったものだね。ときに開。愚者は世界を見ないと旅は終えられないみたいなんだ。世界って、どんな世界でもいいわけじゃない。きっと、浄化された世界だとぼくは考える。キミはどう思う?」
「愚者が見るべき世界ってこと?」
凪の質問の意図がわからず聞き返すと、凪は目を丸くした。
「そうか。愚者自身が見るべき世界って意味ではないかもしれないのか。なるほど」
「なに勝手に納得してるんだよ」
「愚者は白い犬を連れている。そういうことさ」
つまり、連れに見せる世界が正しくないと、愚者は旅を終えられないのか? まだ凪の言っていることが見えてこない。
「螺旋のような旅にも、終わりはあるものだからね」
と、よくわからないことをつぶやく凪だった。
俺は空を見上げる。
「でも、今日はよかったのかな? 俺たち、なにも事件について話し合ってない。外に出て事情聴取のひとつくらいはやったほうがよかったんじゃないか?」
「大丈夫」
そう言う凪の表情は穏やかだった。
なにを隠しているのか、俺には読み取れない。
「大丈夫って、どういう……」
思わず俺が問いを重ねようとしたが、凪は振り返って片目をつむった。
「次の放火が起こる日時がわかったのさ」