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第五章3   『routeM 6』

 浅野前さんは佇まいからして、ずっと俺を待っていたかのようだった。

 郷ちゃんと違い、浅野前さんの私服は休日らしく私服だった。萌葱色のパーカーとピンクのレースのスカートを穿いている。シンプルなようでいて、デザインや組み合わせも細かい部分にまで気を遣っている装いだ。

 浅野前さんは子供のような明るい瞳で、

「こんな時間にすみません。報告したいことがありまして」

 報告? わざわざ日曜日に俺の家にまで来て、報告するようなことがあるのだろうか。電話やメールではなく、口頭で伝えたいことなのだろうか。確かに昨晩は放火があったし、そのことで話したいことがあったのかもしれない。

 じっと浅野前さんの目をみはる。

「それで、報告したいことってなんですか?」

「いえいえ。そんな難しい顔をしないでください。明智さんはなんでも深読みし過ぎなんですよ。わたしはただ、ちょうどこの辺りを通りかかったもので、せっかくならお話でもと思った次第であります」

 昨日、凪にも言われたな。考え過ぎだの懐疑的だのと。

「ええと。じゃあ、うちに上がって行きます? わざわざ来ていただいて、ここでの立ち話というのも悪いですから」

「やめてくださいよ。そっちのほうが悪いです。そんなつもりで来たわけではないですから。かえって、立ち話のほうがいいです。それでですね、わたしがお知らせしたいのは、次の放火現場が決まったという話なんですよ!」

「次の?」

 まさか。昨日の晩にあったばかりなのに、もう次の放火があるというのか。いままでよりも放火の間隔が短くなっているということだろうか。

「わーい! 明智さん、驚いてくれましたねっ。明智さんって穏やかだけどクールで、驚くってことがないですから、一度驚かせてみたかったんです」

 と、浅野前さんはバンザイした。

「俺だって驚きますよ」

「蒲生さんなんかは表情に出やすくておもしろいんですけどね。わたしは今日、柳屋さんにバッタリ会いましてね、少しお話したんですが、もう次の放火が決まったと言われまして。さすがは柳屋さんです。耳が早いです」

 まったくだ。耳が早いどころじゃない。本当に耳が早いというのは、晴ちゃんのことを言うのだろうけれど、凪の場合は不自然に早過ぎる。

「てことは、浅野前さんは凪に聞いたんですね? 昨日のことは」

「はい。任せてください。明智さんにお伝えするために、メモにまとめてきました。柳屋さんに言われたんですよ、開に会ったら伝えておいてほしい情報があるって」

 あのあと、新しく発見したことでもあるのだろうか。

「なんですか?」

「はい」

 と、浅野前さんはメモ帳を開いて読み上げる。

「『次のカードは、北高の近くにあるファミレス前だ』って。この、カードってなんですか?」

 小首をかしげる浅野前さんに教えることにした。浅野前さんに言伝を頼む程度だ、一応はいままで隠してきたけれど、発見者である凪がいいと言っているようなものだし、教えても構わないはずだ。

「タロットカードが、これまでの事件現場にあったんですよ。それが犯行予告になっていて、そのカードがある場所の周辺が、次の放火現場になるんです。凪はそれが犯人からのメッセージであるとも言いました。これは凪が気づいたらしいんですけどね、俺は発見者じゃないので、いままで黙っていました。すみません」

「いえ。謝らないでください。謝られると困ってしまいます」

 浅野前さんはメモを取る手を止め、ぱたぱたと手を振った。

「探偵業には守秘義務がありますから、仕方のないことですよ。でも、しかし驚きました。実はそんなことがあったんですね。犯行予告のタロットカードですか……なんでそんなところにカードなんて貼っておくんでしょう。これって別に、犯行予告とは限らないと思いませんか? 犯人からのメッセージって、どうして柳屋さんはわかるんでしょうね」

「まあ、可能性として高いのがメッセージ説だったってことだと思いますけどね」

「なるほど。可能性の高さですか。十分な根拠ですね」

 それから、浅野前さんは期待した目で俺を見る。まあ、その期待の正体はわかる。きっとこれからタロットカードを見に行こうという話なのだろう。

 浅野前さんの持ち前の好奇心が刺激されていないはずがなく、俺だってそのカードがなんなのか非常に気になっている最中で、このまま行っていいものか心が揺らいでいる。

 凪からの情報はこれ以上なさそうだ。それに、凪はこれまでのカードも俺自身の目で確かめさせてきた。今回も本人から教えるつもりはないだろう。

 まあ、いまから出かけて不都合が生じるわけでもないし、彼女の期待に応えてやるか。

「浅野前さん、行きますか?」

「はいっ! 明智さんなら、きっとそうおっしゃってくれると信じてました!」

 これからピクニックに行く園児のような笑顔で、浅野前さんが普段いっしょに登校するときと同じように歩き出した。


 やはり当然ではあるけれど、朝に登校する風景と、こうして夜に学校に向かう風景はまるっきり別世界のようだ。いや、一人でも夜に道を歩くけれど、私服の浅野前さんと並んで歩く景色が不慣れな別世界的印象をくれているのかもしれない。

 夕陽は沈んでいて、このままカードを見てまっすぐ帰れば、ちょうど七時くらいになるだろうか。

「タロットカードといいますと、わたしなんかは蒲生さんを思い浮かべてしまいますね。前に言いましたよね? 蒲生さん、タロットについての知識を持っているんですよ。わたしも教えてもらったことがあるくらいです」

「ああ、昔弓道部の大会前に、タロット占いをしてもらっていたって話ですよね」

「ええ。まさに。占ってもらうこと自体が必要な工程だったということでしたね、明智さんの考えでは。それがジンクスであると。わたしもそう思います。いえ、納得させられました。でも、この奇妙な繋がりはどうなんでしょうね。蒲生さん、家が被害に遭ったじゃないですか。それにタロットカード――蒲生さんが被害者として以上に深くこの件に関わっていないか、心配です」

 浅野前さんは、郷ちゃんをどう思っているのだろう。言い方からして、犯人候補というより、友達が巻き込まれていないかを心配している口調のようだけれど。

「ちなみに、明智さんはどう思われますか?」

「どうかな。俺にはまだ、わかりません。郷ちゃんだけじゃなく、俺や逸美ちゃんや凪、浅野前さんも条件は満たしていることになりますからね。それは一つの情報として、あくまで参考材料の一つとして、です」

「なるほど。そうですか」

 と、うなずいて、浅野前さんは前方を指差した。

「あ、学校です。すぐですよ、明智さん」

 このまま通り過ぎてまっすぐ行けば、一分ほどで例のファミレスには着く。

 校門の前を通り過ぎながら思う。もし次のターゲットが学校なのだとしたら、どこを燃やすんだ。木だって生えているし、花壇もある。校舎を燃やすことだってできるだろう。徐々に大きくなる被害を思うと、寒さのせいかはわからないけれど、鳥肌が立った。

 浅野前さんは俺の横を笑顔で歩く。


 ファミレス前にやってきたけれど、カードがどこにあるのかわからなかった。暗いから見つからないのかもしれないが、どこかにはあるはずだ。

 駐車場のほうを探していると、浅野前さんが手を振った。

「こっちです! ありましたよ!」

「ホントですか?」

 浅野前さんが指し示す場所を確認してみると、そこにはこれまで同様にタロットカードが壁に貼ってあった。

「えーと、これは『世界』ですね。正位置のようです。わたしは詳しくないので意味まではわかりませんが」

「THE WORLD」

 月桂樹で作られた輪の中に一人の女性がいる。カードの四隅にはそれぞれ天使、牛、ライオン、鷲が左上隅から時計回りに描かれている。

「カード番号は21。最後のカードだ」

「これが最後ってことですね」

「おそらくは」

 犯人は最初に『愚者』をもってきた。はじまりを意味する『魔術師』ではなく、カード番号0番の『愚者』をもってきたのだ。その犯人のことだ、『世界』をもってくるからには、これが最後だと言いたいのだろう。

 次に、なにかしらの決着がある。そう予感させた。

 ケータイを取り出して、写真を撮る。そして時間を確認する。まだ時間的な余裕はあるだろうか。

 よし。このまま一度、探偵事務所に寄ってから帰ろう。一度逸美ちゃんに報告したい。

「浅野前さん。悪いんですけど、今日は俺、このまま探偵事務所に寄ってから帰ります。だから――」

 俺が言い終わる前に、

「わかりました。明智さんといっしょに帰れないのは残念ですが、わたしはこれにて失礼します」

「すみません。今日のうちに報告しておきたいので」

「明智さん、今日も探偵事務所に行っていたのだと思いましたけど、今日はお休みでしたか?」

 そうか。浅野前さんは今日、郷ちゃんが俺の家に来ることは知らなかったんだっけ。

「はい。いまから行ってきます」

 郷ちゃんについてはわざわざ言うことでもないし、まあいいか。

「いってらっしゃい。夜道ですから、気をつけてくださいね、明智さん」

「浅野前さんも、気をつけて」

 手を振り合って、早々に浅野前さんと別れた。


 探偵事務所に向かう途中、逸美ちゃんに電話を掛ける。

「逸美ちゃん。まだ事務所にいる?」

『うん、いるけど。どうしたの? 急に』

「放火事件について、新しい情報が入った。いまから行くね。帰らないでまだ待ってて」

『わかったわ。わたしは待ってるから、慌てないで気をつけて来るのよ、開くん』

 いつにも増して過保護でお姉ちゃんな口調の逸美ちゃんだった。

「わかった」

 電話を切って、ポケットにしまう。

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