第五章1 『routeW 4』
翌日。
特に時間は決めていなかったけど、午後の一時に探偵事務所にやってきた。
そこにはすでに逸美ちゃんが来ており、凪と鈴ちゃんの姿はまだない。
逸美ちゃんに凪と鈴ちゃんが来てないことを確認してみると、
「そうなの。まだ二人は来てないわ。凪くんからの連絡もないけど、きっともうしばらくしたら来るわよ」
「そうだね。のんびり待つか」
しかし、俺が郷ちゃんと約束した午後の一時にあいつが来ないなら、約束を反故にする必要もなかったじゃないか。こんなことなら郷ちゃんとちょっと遊んでから来るんだった。とはいえ、今日は花音の友達が来ることになっていたんだっけ。
しかしもし郷ちゃんがうちに来ていたら、今頃は俺の部屋でも見せていたんだろうな。
ふと、逸美ちゃんが読書していた本から顔を上げて言った。
「開くん、世界は収束するって知ってる?」
「なんの話?」
「収束理論よ。わたしが勝手に作った名称だけどね」
また逸美ちゃんの造語か。
「数学的には確率の収束についてそんな理論があったよね」
「そうそう。わたしの話の場合、ちょっとSFな話になるんだけどね、世界はいくつもの世界線に分かれている――ある選択、偶然によって、未来が分岐するの。でも結局、同じところへ、同じ結末へと収束してしまう」
これに俺は反問する。
「一概にはそうとも言えないんじゃない? ある人が、別の未来とは違う人と結婚したら、生まれてくる子供はまったくの別人になる。これだけでその論理は破綻しない?」
ううん、と逸美ちゃんは髪を揺らせて首を振る。
「世界には自分そっくりの人が三人いるって話があるみたいにね、相似的でそっくりな人が存在するでしょう? まったく同じではなくても、近しい人が。そんな人たちが何代も結婚して子供をもうけて、未来が分岐していこうと、ただひとつの場所へと収束するの。倫理的には言いにくいことだけど、二組の夫婦の子供同士が結婚したら、結果として同じ血が流れる子が生まれるように」
選択式の性格診断ゲームみたいに、選んだ道が違っても同じ場所を通る如く。そしてそれが、どこか同じ到達点を持ってしまう。
「たとえ最初の変化は大きくても、起こるべきことは起こるってこと?」
「そう。誰かがするはずのことをその誰かがやらなくても、別の誰かがやることになるし、誰かに聞くはずだったことも、別の誰かに聞くことになる」
ある人がいなければ台頭して活躍できた人がいるように。その人がそのとき台頭できていれば、未来ではいま活躍しているある人より傑人になっていたように。代わりに成す人が生まれ、代わりに成される事象が生まれる。そういうことだろう。
「たとえある事象が起こらないルートも、宇宙から見た長い長い果てしない時間からしたら結局は同じで、別の時代に起こる事象であり、未来はある一点に収束する。それが、収束理論」
逸美ちゃんもよく考えるものだ。
「なるほど。俺たちがいるのは、果てしない時間の一瞬だもんね」
「うん。だから、開くんはいろいろ考え過ぎちゃうところあるけど、あんまり根をつめないでねって、それが言いたかったの。開くん、理屈を引っ張り出さないということきかないときあるから」
ふふっと笑う逸美ちゃん。
このお姉さんには敵わないな。ありがとう、逸美ちゃん。おかげで少し肩の力が抜けたかもしれない。
その後の探偵事務所には、穏やかな静かさが降りている。
ゆっくりと流れる時間を、逸美ちゃんは読書、俺は勉強をして、あの二人を待った。