第四章3 『routeW 3』
ファミレスで俺たちを待っていたのは、小柄な少女だった。
座っていても小さいのがわかる。制服は着ていないが、まだ中学生ってところだろう。
金色の髪は水色のリボンでツインテールに結ばれ、前髪は切り揃えられている。目は大きく、唇の形もいい。整った顔立ちと聡明さを感じさせる雰囲気、そしてなにより清楚でお嬢様だということが一目でわかる。
第一印象としては、この子はきっと、純真で心の綺麗な子なのだろう、と思った。見た目の清らかさだけでなく、そんな空気があった。
彼女は、俺たちに気づくと、上品な所作で立ち上がり、通路に一歩踏み出した。
凪は少女の手前まですたすたと進み、俺と逸美ちゃんに向き直って口を開く。
「彼女は、御涼鈴。現在中学二年生。ぼくと開より二つ下だ」
少女は丁寧に俺と逸美ちゃんにお辞儀した。
「はじめまして。御涼鈴といいます。よろしくお願いします」
「はじめまして。御涼さん」
俺が定型句のように挨拶を返すと、凪は彼女の隣に座った。
「鈴ちゃんでいいよ。ぼくもそう呼んでるし」
「はい。構いませんよ。開さん、逸美さん」
この子のほうはすでに俺と逸美ちゃんを下の名前で呼んでいるし、俺も下の名前で呼ばせてもらうとしようか。
「わかったよ。よろしくね、鈴ちゃん」
「よろしく、鈴ちゃん」
と、俺と逸美ちゃんが順番に言った。
「キミたちも座りたまえ」
そう言われて、俺と逸美ちゃんは、凪と鈴ちゃんの向かいの席に腰を落ち着ける。
この場合、誰が率先して口を開くべきなのだろうか。
ちょっと考えたが、やはり口火を切ったのは凪だった。
「開、逸美さん。鈴ちゃんには、もうキミたちふたりのことは話してある。だから、キミたちが鈴ちゃんに聞きたいことを聞く会としよう」
気の進まない会だ。こんな真面目そうでいたいけな少女を質問攻めにするには、少し気が引ける。
けれども、俺の隣に座る天然お姉さんに遠慮はなかった。
「はーい。じゃあ質問。鈴ちゃんと凪くんはどういう関係なの? わかりやすく教えてくれないかしら。鈴ちゃんから見た凪くんとの関係でもいいのだけれど」
ふむ。
いい質問だ。
状況を整理していくうえで、彼女の性格などは話していればつかめてくるし、関係性は先に把握しておきたいところ。
鈴ちゃんはやや逡巡したが、
「あたしは、この人を先輩と呼んでいます。同じ学校の先輩後輩という間柄ではありませんが、習い事がきっかけでした」
学校以外でも、先輩後輩という関係性が育まれる環境はいくらでもある。
「同じ習い事をしていたの?」
俺の問いに、鈴ちゃんは小さく首を横に振った。
「正確には違います。あたしはクオーターなので金色の髪を持っています。しかし日本で暮らすからには容姿に関係なく、内面的に日本伝統の所作を身に付けるべきだとの両親の意向により、茶道を習っていました。その際、茶道の教室にいらして。でも実際、先輩は茶道の先輩でもなんでもなく、ただふらりと遊びに来ていただけなんです」
と、鈴ちゃんはくすっと笑った。
これは冗談かなんかだろうか。いや、凪を知っている俺にはわかる。凪は、自分に関係ないところにも平気で顔を出すような、変なやつなのだ。
「凪とはそこで出会ったの?」
「いいえ。最初の出会いはまた違うんです。その話はまたあとでしましょう。これから、いくらでも話す機会と時間はありますから」
出会いのきっかけが、二人の現在の関係性に直接的な影響はないってことか。
鈴ちゃんは微笑を浮かべて、
「先輩とのエピソードはいろいろありますが、出会ったのは数か月前。そして、関係性はというと、いまはただのお友達でしょうか」
なんかいろいろありそうだった割に、ただの友達かよ。
拍子抜けした気分の俺に、凪は付け足す。
「で、これからは仕事仲間だ」
「仲間って響きはやっぱりステキね~」
と、のんきな逸美ちゃん。
俺は凪に視線を向ける。
「つまり、ふたりは友達同士であり、鈴ちゃんに俺たち探偵の仕事を手伝える適性があると凪が認めたから連れてきた。そう解釈すればいいんだな?」
「理解が早くて助かるよ。現在付き合いがある友人リストの中で、最も思慮深くぼくら三人と馬が合うのが彼女だと思っての推薦さ」
「理屈はわかった。探偵の手伝いも馬鹿じゃできない。でも、本人を前にして言うのも悪いんだけど、どうして仲間が必要だと思ったの?」
さらに問うと、
「キミの未来のため、かな。事件の話でいえば、後手に回らないためさ。人数が多いほうが行動に多様性を持たせられるからね」
これが凪の答えだった。
いつも、こいつの言葉は理解しにくい。わざとなにか含ませ、なにかをはぐらかす言い方をするやつなのだ。だから素直に俺と事件解決のためには人数がいたほうがいいって理由だと解釈しておこう。
「そういうことで、今日の顔合わせは終わりだ。あんまり長くなるとうちの人も心配するだろう」
凪の言葉に従い、今日のところは解散となった。
別れ際、鈴ちゃんと連絡先も交換して、そのあと凪が言った。
「それじゃあ、明日は探偵事務所に行くからね」
了解、とだけ俺は答えておいた。
家に帰ると、花音がおばあちゃんとテレビを観ていた。
そういえば言ってなかったかもしれないけど、うちにはおばあちゃんがいるのだ。おじいちゃんは俺が中学一年生のときに他界したので、現在は五人家族だ。
「お兄ちゃん、おかえり」
「ただいま」
「そういえば、明日あたしの友達がうちに遊びに来るから」
「わかった。俺は出かけるから気にしないでいいよ」
「うん」
花音がうなずくのを見て、俺は自分の部屋に入った。
さっそく郷ちゃんにお詫びの連絡を入れないと。
電話かメールか迷ったけど、メールを打った。
『凪が連絡したみたいなんだけど、明日の予定キャンセルになっちゃってごめんね! また今度遊びにきてね』
すると、五分ほどしてから返信がくる。
『構わん。わたしのことなら気にするな。うちの人の都合もあるだろうしな。いつでもよい。また遊ぶぞ!』
本当にごめんね。ありがとう。それだけ伝えて、俺はお風呂に入った。
湯船に浸かって、郷ちゃんのことを考える。
明日以外となると、いつがいいのかな……?




