第四章1 『routeM』
決めた。
立ち尽くして迷うこと、どれくらいだったろうか。
凪からの選択肢はどちらも悩ましいけど、俺は選んだ。
そして、告げる。
「俺はおまえを信用できない。組まないよ」
「フッ」
凪は小さく笑った。
「なんだよ?」
「キミは疑り深いね。そこがキミの美点でもあるが、同時に損なところだ。探偵という性分は疑うことにアリ、という具合かい? ぼくたちは相棒だったじゃないか」
と、凪は俺に手のひらを向ける。
「悪いけど、ただの信用問題だ」
こいつが犯人かどうかなんてわからない。
でも、俺は危険性をはらんだ相手と行動を共にする勇気がなかった。
凪にはこれまで出会ってからいっしょにいた時間、ずっとずっと迷惑をかけられ続けてきた。そして、それ以上にこいつの底が見えなかったんだ。
ゆえに俺は、友達として、こいつを怖いと思った。
いや、こいつの言うように、昔は相棒だった――と思う。ただつきまとまれていただけどさ。だが、いまはというと、時間が作った溝を埋めるには、こいつとの距離が絶望的だった。不安だったのだ。
凪はコートのポケットに手を入れて、空を見上げる。
「ぼくたちが道を違えたときのことを、キミは覚えているかい?」
そんなこと、とうに忘れた。
「それがどうかした?」
「どうもしない。ぼくたちは普通に高校に進学し、別々の高校へと進路を選んだゆえに、距離ができてしまった」
「距離もなにも、昔だっておまえが勝手に俺に付きまとってただけだ。おまえが探偵事務所に来たり俺に構ってこなければ距離ができるのは当然だ」
「まあ、そうかもね。どちらかが主導し距離を縮めようとしない限り、人間繋がりなんてもろく消えてしまうものさ」
「そういえば、凪だってうちや俺の高校からそう離れたところにいたわけじゃないのに、ずっと会わなかったなんて不思議だな」
北高と中央高校は、俺の家からは方向が逆だけどそう遠くない場所にある。探偵事務所もまた然り、遠くはない。なのに、ただの一度も凪に会うことなどなかったのだ。
凪は肩をすくめた。
「ぼくもやることがいろいろあってね。だから、普通にしていたら出会うことなんてそうそうないんだよ。開、キミは別の高校へ進学した旧友に何度会った?」
「俺が中学を卒業したあとに、会った友達。ええと……」
確かに、考えてみれば登下校時に方向の問題で会う人・見かける人を除けば、たったの数人……いや、見かけただけでもせいぜい十人ってところか。俺がそう言うと、
「まあ、そんなもんさ」
「それにしても、凪はなんでいまさら、また俺と組もうと思ったんだ?」
この質問に、凪は答えようとしない。
無言の空間が生まれたが、数秒して、
「楽しそうだったから。かな」
と、言った。
「そうか」とだけ、俺も返す。
そして、凪はメモ帳を閉じて上着の内ポケットにしまった。
「逸美さんを待たせているんじゃないかい? 悪いけどぼくは、そろそろ失礼するよ。収穫もあったしね」
シニカルな笑みというにはあまりに穏やかで人のよさそうな笑みを見せ、凪はくるりと身をひねった。
「じゃあまた。すぐに会うだろう」
「だと思った」
相変わらずおかしな相槌を打つ凪に辟易しつつその背中を見送り、俺もきびすを返すことにした。