第三章5 『特攻隊長』
受付のお姉さんの顔は覚えていなかったけれど、こっちの顔は知ってもらえているようで助かった。ちなみに院長さんの顔は知っているのでこれが院長さん相手なら、
「開くんか。聞きたいことがあるなら、なんでも聞いてくれていいよ。ぼくが知ってることなら話そう」
と言ってくれただろう。俺が探偵助手として働いていることは知らないけれど、快く答えてくれるような人だ。
ともあれ。
浅野前さんのあの押しの強さは真似できるようになったら便利だろうなと思いつつ歯科医院を出た俺である。
「明智さん、聞いた情報はメモしておきましたからね」
「ありがとうございます。助かります」
「いいえ! わたしもお役に立ちたいので」
そして浅野前さんはチラリと横目に郷ちゃんを見て、
「どなたかはあまり聞き込みには向いていないようでしたので、せめてわたしが頑張らないといけませんから」
「むぐぐ。わたしは話を聞くまでの流れを作ったのだ。開が聞きやすいようにな。先陣を切ったわたしに責はない」
「わかってます。ほんの冗談じゃないですか」
ふんと子供っぽく顔をそむける郷ちゃんだった。
ただの言い争いに見えて、郷ちゃんがこうも感情を出す相手も珍しいのではなかろうか。これで、郷ちゃんは浅野前さんを友人として信頼しているのかもしれないな。
「次はどこに行きましょうか。浅野前さんはどこがいいですか?」
「わたしはどこへでも、明智さんについていきますよ」
「郷ちゃんは?」
俺が目配せすると、郷ちゃんは若干ためらいがちに言った。
「わたしの家がオフィスビルの横なのだ。だからここからでは公園のほうが遠いのだが、公園を先にしてくれるとありがたい」
「そうだね。じゃあまずは公園からにしようか」
「了解です!」
場所が公園では聞き込みする相手もいなかろうが、周辺にいる人に話を聞くくらいはできるはずだ。
公園までは基本的に浅野前さんが楽しそうに一人でしゃべって、俺と郷ちゃんが話を聞いていた。
先日凪と来た公園はそのときと比べなんら変化はない。
燃やされたのはゴミ箱。
燃やされたゴミ箱がどんなモノだったかは知らないけれど、新しい白い網目状のゴミかごと形にあまり大きな違いはないだろう。
浅野前さんはメモ帳を取り出し、説明をする。
「わたしが聞いた話ですと、燃やされたのはゴミ箱。かご式のモノで、こちらにあるモノと変わらないと思います。全焼したワケではありませんが、一部が溶けてしまったので、新しいモノにしたようです」
やっぱりそうか。
「浅野前さん、他に知ってることはありますか?」
「いいえ。ですので、現場の写真を撮影したら、聞き込みでもしましょうか。この公園に遊びに来ているお子さんのお母さん方なら、知っているかもしれません」
「だな」
と郷ちゃんはうなずく。
「わたしが聞いて来てやろう」
「みんなで聞きに行こうよ」
郷ちゃんだけに任せることはできなさそうだ。ここは全員で聞いて回るのが無難だろう。
そう思っていると、浅野前さんが俺と郷ちゃんのあいだに割って入り、胸の前で掌を合わせるようなポーズをして、提案した。
「こういうのはどうでしょう! わたしが一人で聞き込みをし、蒲生さんは明智さんと二人で聞き込みをする。そして、あとで合流して結果報告! いかがですか?」
まあ、郷ちゃんは逸美ちゃんより自立できていると思っていたけれど前言撤回で、やっぱり郷ちゃんも一人じゃ危なっかしいし、浅野前さんは行動力もあって要点も押さえていそうだ、確かにこれならより効率的に情報を聞き出せるだろう。
「そうですね。それでいいと思いますよ」
「うむ。わたしも、開を一人にはできん。浅野前、開の面倒を見るのはわたしに任せておけ」
そう言う郷ちゃんに、面倒を見るのはこっちになりそうなだけど、と思いジト目を向ける俺である。
浅野前さんは満面の笑みでペコリと頭を下げた。
「ではお任せします、蒲生さん! 質問することは、犯人らしき人物を目撃しなかったか、でいいですよね? わたしはあっちのほうから聞いて参りますので、お二人はそちらからお願いします!」
手を振って、浅野前さんはツインテールと赤いリボンを揺らしてタタタと走って行った。天真爛漫とまでは言わないけれど、明るくて元気な先輩だった。
郷ちゃんは俺に向き直って、
「よし、開。声をかけるのは任せろ」
と胸を張った。うん、声をかけるのだけは任せよう。質問役は俺が請け負うとして、郷ちゃんには特攻隊長を務めてもらうとしようか。
「この公園に来るのは初めてなのだ。いい公園ではないか」
「結構広いしね」
それにしても、こうして二人で歩き回るのはおよそ十年ぶりか。郷ちゃんの背中を追いかけていた当時の記憶が甦る思いだ。
さて。
いつまでも懐かしんでいては、せっかく浅野前さんが二手に分かれて聞き込みの効率化を図る案を出してくれたのに、それも無駄になってしまう。
「じゃあ行こうか、郷ちゃん」
少し歩くと、ベンチに腰を下ろして砂場の子供を見ている母親を発見する。
「まずは、あそこにいる子連れの母親から聞いてみようか」
「うむ。任せておけ」
俺は郷ちゃんのあとをついていくように近づいていく。
子供の母親は三十歳くらいだろうか、彼女は郷ちゃんを見上げてこちらをうかがうように膝の上で手をそろえる。
「すみませんが、この前の連続放火事件について、聞きたいことがあるのですが」
「連続放火事件ですか」
すぐに俺が横から口を出す。
「僕たち事情があってその件について調べているんですよ。それで、犯人についての目撃談を集めている最中なんです。どんなささいなことでも構いませんので、なにか知っていることがあったら教えていただけませんか?」
「そうなの。でもごめんなさい。聞いてないですね」
「噂を耳にしたこともありませんか?」
「……噂。それも、ちょっと」
「そうですか。ご協力ありがとうございました」
郷ちゃんの腕を引っ張ってその場から離れる。
空振りか。
仕方ない。ここでの放火はひと月近く前になるのだ。噂なんて聞いても忘れているかもしれない。
「おい、開。もっと聞き出さなくていいのか?」
「本当に知らなそうだったし、これ以上聞いても時間の無駄だよ。こっちがもっと自分たちについて説明しなくちゃいけなくなる」
「そういうものなのか。わたしにはわからんな。犯人を捕まえようとしている探偵だと言えばいいではないか」
「俺たちは高校生だし、そういう捜査をしていても、警察以外が信頼を得られることはないんだよ。まあ、高校の新聞部だとか言えば、相手は高校生だしって無責任に教えてくれることもあるかもしれないけどさ。逆に、事件について真剣に思い出したりもしてくれない。こういうのはやっぱり、警察の領分なんだよ」
「なるほどな」
あまりわかっていなそうな郷ちゃんだったけれど、それについては郷ちゃんが理解するまでもない。
さて。
次を探そうか。
浅野前さんは子供にも話を聞いている絵が浮かぶけれど、俺たちは大人からだけでいいだろう。子供に聞いても有益とは思えない。
「なあ開、あの人に聞こう」
で、郷ちゃんが次のターゲットに選んだのは広場で野球やサッカーをしている子供たちの横で犬にフリスビーを投げて遊んでいる色黒のおじいさんだった。
それはないだろ。
「別の人にしようよ」
「いいではないか。この公園で遊ぶのが日課であるくらいの自然さだぞ。この公園に溶け込んでいるではないか」
子供とその母親以外が公園に溶け込んでちゃダメだろ。まあ、お年寄りならセーフだけれど、あのおじいさんはどうなんだ。春までもう少しというこの時期に、半袖半ズボン、それもボロボロだぞ。まるで浮浪者みたいだ。
「ていうか、半袖っていうよりタンクトップだし」
「おお。ランニングのことだな。いいではないか、健康的で。開もあれくらい日に焼けると健康そうに見えるぞ」
「郷ちゃんは俺があんなになってもいいのかよ」
「む……」
「悩むなよ! もう。こんなしょうもないやり取りをしていたら日が暮れるよ」
「わたしはどんな開でも、見捨てたりはせん」
いや。もうこの話は終わりにしよう。
「というワケで、行くぞ」
「え? 結局行くのかよ」
ぶっきらぼうにそう言ってとっとと足早にタンクトップの色黒おじいさんの元まで歩いていく郷ちゃんのあとを追う。
「ったく。俺はフォローなんてできないからな……」