第三章1 『星座占い』
明日の朝も迎えに行きますね!
そうメールしてきた浅野前さんは、その言葉の通り今朝も家の前で待っていて、席替えをした三日後のような慣れを感じつつ、ここ二日の行動がもう習慣化されてきたかのような自然さでいっしょに登校した。
話題は言わずもがな、浅野前さんは昨日凪と話した内容を愛用のメモ帳を開いてこんこんと聞かせてくれた。
「早くも新情報です。明日、放火があるそうですよ。柳屋さんが言うには、クリーニング店の近くだそうですね」
「クリーニング店なんて、たくさんあるでしょう? どこのクリーニング店ですか?」
「それは、ハナミズキの通りですよ。街路樹としてハナミズキが植えられている」
あそこか、と見当がつく。
しかしなぜ凪はそれがわかったんだ。またタロットカードを見つけたのかもしれないけれど、昨日俺たちと別れたあと、すぐに予備校に行ったようなのに、どうしてそれを浅野前さんに教えることができたんだ。
俺たちと別れてすぐに見たに違いない。でなければ、会ったときに俺に教えているはずだ。
「あれ? 明智さん、聞いてます?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと考えちゃってて」
浅野前さんはずいっと俺に顔を接近させて、
「推理ですね!」
目を輝かせる浅野前さんには悪いけれど、俺はまだ全然推理をする段階には至っていない。まったくの否定というのも彼女をがっかりさせそうなので、
「そんなたいそうなものじゃないですよ」
とやんわり濁らせた。
「えっと、なんの話をしてくれていたんですか?」
「はい。そうでした。明智さんがどこから聞いていなかったのかわからないので、最初から説明しますね。わたし、こう見えておとめ座なんですよ。小さい頃なんて、お前はそんな乙女って感じじゃないだろって言われたものです。ヒドイですよね。それでですね、今朝星座占いを見ていたら、今日のおとめ座は運気が絶好調らしいんです。それでわたし、これはラッキーだと思ったんですよ」
運がいいからラッキーなのかラッキーだから運がいいのか。それにしても。
「浅野前さん、占いとか信じるほうですか?」
「あはは。いいところだけしか信じません。だから今日のわたしは、星占い信者ですね」
ここで、他にどんな占いを見るかと言われても、テレビや雑誌でチラッと見る程度ですよ、とか言われ そうだ。占いついでにアレについて聞いてみる。
「タロットは?」
浅野前さんはあっさりとしていた。
「結果が良ければ信じますよ。悪かったらもう一回やって、いい結果を見てから、忘れるかもしれませんね」
なるほど。
「おみくじの結果が悪かったら、もう一回引き直す、みたいな感じですか」
「そうですそうです。でもタロットはよくわからないので、わたしには向いていませんね。それより、蒲生さんのほうがそういうのに詳しそうじゃないですか?」
郷ちゃんが? 見るからに占いとか信じなさそうだけれど。
「蒲生さん、やけにルールとか気にするじゃないですか。ゲン担ぎとか好きそうですよね?」
「そういう意味でなら、確かにゲン担ぎは好きそうですね。でも、占いは信じなさそうですけど」
俺が苦笑いを浮かべると、浅野前さんはメモ帳を閉じて話し始めた。
「わたしが聞いた話なんですけどね、蒲生さん、中学時代に弓道の大会でいいところまでいったらしいんですよ。そのとき、クラスにタロットが得意な子がいて、占ってくれたみたいで。それで結果、その通りになったことがあるそうなんです。蒲生さん、興味を覚えてカードのこととかその友達に話を聞いて、ちょっと詳しくなったって言ってましたよ。それから毎回、大会前はその友達にタロットでみてもらっていたと、本人から聞きました」
ふぅん。なんだか意外だ。郷ちゃんは占いなんて、当たったとしても信じそうにないのに。
「あ。もしかして、郷ちゃんは占いの結果なんて気にしてなかったんじゃないかな」
「どういうことですか?」
「それもゲン担ぎなのかなって。占いの結果が良かったから安心して大会に臨めるとか、そういうのじゃなくて、その友達に占ってもらった結果大会でいい成績を収められたから、大会前は占ってもらうのを自分のルールにしたのかなって」
「なるほど。そういえば、その友達の占いは当たるとか、そういったことは一切言ってませんでしたね。確かにそのほうが、蒲生さんらしいです」
当たっていたところで外れていたところで、占いの結果を言及する郷ちゃんではないだろう。
浅野前さんは、いままで知らずに見上げていた星に有名な星座の名前があることを初めて教えられた女子中学生のように感心していた。うんうんとうなずいて、メモ帳に書き込む。
「今日蒲生さんに聞いてみます」
「それで、なんの話でしたっけ?」
「ああ、そうです。別にたいした話ではなかったんですよ。今朝の占いでわたし、運気が良かったって言ったじゃないですか。十二星座中一番で、すべてが順調に行く日だそうです。おおらかな気持ちで過ごせて、恋愛でも進展があるって言ってたんです。ふふっ」
占い好きな乙女のような笑みで楽しそうに歩く浅野前さん。
俺は今朝、占いを見たかどうかさえ覚えていなかった。
「そういえば、おとめ座って属性が地なんですよ」
唐突な俺の星占い解説も、浅野前さんにはぽかんとされてしまった。
「属性ってなんですか?」
「十二星座は四つの属性に分けられるんです。火・水・風・地。その中でもおとめ座は地なんだって、いっしょに助手をしている逸美ちゃんに聞きました」
「密さんですね。覚えてますよ。へえ。密さん、占いが好きなんですかね」
「逸美ちゃんはなんにでも関心があるんですよ。読書が好きで、知識欲が旺盛で、ただそのひとつだと思います」
「なるほど。密さん、頭良さそうでしたからね。明智さんも頭いいですよね。来年は理系選抜ですから」
「それは浅野前さんもじゃないですか」
浅野前さんは苦笑混じりに首を振った。
「いいえ。わたしは文系科目のほうが得意で理系科目が苦手な、論理的思考ができない頭の弱い子です。蒲生さんにもよく、なんでおまえが理系に来たんだって言われますので」
「頭が弱かったら、そもそもこの高校には入学できませんよ。とびっきり頭がいい学校というわけでもないですけど、それなりにいいですから。選抜クラスにだって、頭が良くないと入れません」
言っているうちに自分を肯定していることにも気づき、若干の気まずさを感じつつ質問に変える。
「でも、だったらなんで理系に?」
「蒲生さんにも言われました。理由は、そうですね、苦手を克服するためでしょうか。そう言ったら本当ではないかもしれません。でも、いろいろあるんです」
曖々とした笑顔だった。
俺は数学が得意だから理系に進んだくらいに適当な理由だけれど、浅野前さんはもっとはっきりとした目的があるのだろうか。いまの言葉ではなんとも言い難かった。他の高校生もみんなしっかり考えているのだろうか、晴ちゃんはどうして理系なのか、ふと気になった。
そういえば。
晴ちゃんや浅野前さんは部活をやっていないと聞いているけれど、郷ちゃんはどうなのだろう。前は聞きそびれてしまった。中学時代は弓道をやっていたと先の話で言っていたし、弓道部かな? 弓道着姿は似合いそうだ。袴だって男子よりカッコよく着こなしそうなイメージである。
「浅野前さん。郷ちゃんはいま、弓道部なんですか?」
「そうですよ。明智さん、知らなかったんですね。意外です。蒲生さんは中学からずっと弓道をしていまして、いまも続けているようです。わたしは蒲生さんとは中学が違うので、詳しくは知りませんが」
「でも、弓道は郷ちゃんのイメージに合いますね。ところで、浅野前さんは、中学時代はなにか部活はしてましたか?」
「わたしはテニス部でした。ソフトテニスです。いやあ、あの頃は大変でしたよ。よく走ったものです。ラケットを握る握力もつきましたしね。右手だけ力が強いんです、わたし」
と、力こぶを作るポーズをする。握力に力こぶは関係ないだろ。しかしなんとなく浅野前さんのテニスウェア姿は想像しやすい。郷ちゃんに袴が似合うように、浅野前さんにはスコートが似合いそうだ。
「あ、もう校門が見えましたね」
浅野前さんとの登校はあっという間に終わり、気づくと校門の前まで来ていた。陽気な彼女とのおしゃべりは楽しいけれど、思うところもあった。考えたら、今日は放課後、彼女と放火現場に赴き捜査をしなくてはならないのだ。
「明智さん。今日は下駄箱の前で待ってますね!」
「はい。わかりました」
俺のほうが早く授業後の清掃が終わる可能性など一ミリも考えていなそうな浅野前さんにはそう返答し、もし俺のほうが早く終わったなら、そのときは俺が下駄箱前で待っていようと思った。
浅野前さんが明るく品よく胸の前で手を振って、昨日一昨日と同じように昇降口で別れた。
結局。
わかったのは明日また放火が起きるということだ。それもクリーニング店の近くで。
捜査ついでに、浅野前さんを連れ立ってクリーニング店周辺を確認してもいい。
にしても、今日あたりは、郷ちゃんに会いたいな。昨日思い出した、廃工場でヒーローごっこした思い出話をしたい。郷ちゃんも覚えているだろうか。