第二章16 『正義の炎』
現れたレンタルビデオ屋の店員さんは男性だったので、逸美ちゃんが前に出て質問役をしてくれた。逸美ちゃんが美人なのもあり、店員さんは面倒がらずに話を聞いてくれたのだけれど、犯人に関することはなにも知らないということで、一切の情報を得ることなく、徒労を覚えながらここでの聞き込みはあっさりと終了した。
凪から情報をもらったことだし、喫茶店とレンタルビデオ屋以外も見ておきたい。
あと逸美ちゃんと見ておくべきは、一件目の廃工場と二件目の会社、六件目のパチンコ屋の三つだ。
「開くん、どこにする?」
ここから近いところからしらみつぶしに見て行くというのも悪くないけれど、一般の会社には聞き込みもしづらい分、そこはあとに回してもいいな。
「ここから近いのは?」
「あと三件だよね。ここからだと、廃工場かしら。歩いて十五分くらいで行けると思うわ」
「ならそこから行ってみよう」
廃工場か。場所は俺も知っていた。俺が幼稚園の年中さんだった頃、当時年長さんだった郷ちゃんとそこで遊んだ記憶があった。
あれは、秋のことだった。
季節を象徴するものは周りになにもなく、イチョウの木でもあれば黄色い落ち葉が季節を彩ってくれたのだろうけど、廃工場ではそんなモノはないほうが普通である。ただ、郷ちゃんと二人で、前の日にドングリを拾って、それを携えて廃工場に行ったことは覚えている。
虫を捕まえようと虫取り網と虫取りカゴを用意して、公園や林を駆け回ったにも関わらず、気づけばどんぐりを集めていた。それを虫取りカゴにじゃらじゃらと入れて、
「開。あしたは工場に行くぞ」
虫取りかごにどんぐりを捕獲した郷ちゃんは息巻いていた。
それを見て、「うん」と素直に明日を楽しみに待つ俺だった。
そして翌日。俺は郷ちゃんと廃工場に行った。
郷ちゃんを先頭に、廃工場に侵入する。
「きょうちゃん、だいじょうぶかな?」
怖々と郷ちゃんの服の裾をつかむ。
「平気だ。わたしがいるじゃないか」
「うんっ」
不安もあったけれど、郷ちゃんがそう言ってくれるので元気が出てきた。郷ちゃんがついているというだけで安心感があり、それ以上に冒険心いっぱいになってきて、未開の地を探検する冒険家になった気分だった。
廃工場は、元はなんの工場だったのかわからないが、大きな鳥かごのような檻(たぶんあれは、フォークリフトで運ぶ台とかだったんだと思う)やら、ネジとか釘みたいな小さな機械の部品やら、いろいろなモノがあった。
ドングリの入った虫取りかごを持ってきたにも関わらず、ドングリそっちのけで大きな檻に入って、
「わたしをここから出せ!」
と捕まったふりをして喚く郷ちゃんを、俺が悪者役になって「どうだ。まいったか」と悦に浸ってみたりした。
そして、郷ちゃんは変身する。
「赤レンジャーさんじょう!」
かけ声を上げて、檻からするりと出る。子供なら悠々と通り抜けられる幅だったので、赤レンジャーは変身しなくても普通に檻から出られるのだが。
「ファイヤーパンチ」
戦って赤レンジャーが勝って終わり。
昔から郷ちゃんは特撮の戦隊ものでもレッドを好んだ。俺もレッドがよかったのに、レッドを譲ってくれなかった。
何度かやったあと。
「ぼくも赤レンジャーやりたいよ」
「レッドはわたしなのだ。ほのおは正義のしるしだからな」
「せいぎ?」
「悪いやつをこらしめるのは、ほのおのレッドなのだ。火はつよいから、悪いやつは勝てない」
俺は子供心に納得した。それ以来、俺は炎が好きになったのかもしれない。バトルゲームをしても、炎の属性を持つキャラクターやモンスターが好きだったし、炎は強いという俺の中でのルールというか概念というかそういった認識は、そのときの郷ちゃんの言葉によるところが大きいように思う。
「わたしはつよいから、レッドなのだ」
そんなこと言われても、その理屈は俺には理解できなかった。いや、もはやそんな言葉は聞いていなかった。
「きょうちゃんばっかりずるいよ」
俺がぐずりはじめると、郷ちゃんは自分が泣かせてしまったかのような決まりの悪そうな顔で、
「しょうがない。こうたいだ」
と譲ってくれた。
「ありがとう」
いつもこんな調子でレッドをやらせてもらえる。
しばらく俺も赤レンジャーを楽しんだので、また檻に入り、
「きょうちゃん、たすけて~」
と、炎のヒーローを譲った。またもやヒーロー役になった郷ちゃんに俺が助けを求めると、ヒーローは俺を檻から出してくれた。
「だいじょうぶか? レッドがきたから、あんしんだ」
「うん」
「ほのおはつよいからな」
そして俺は、テテテと檻に戻っていく。
「きょうちゃん、たすけて~」
「なに? またやるのか」
敵がいない状況にはなるけれど、俺は郷ちゃんの赤レンジャーが見たくて何度も助けを求めた。
「きょうちゃん、たすけて~」
「とう! 赤レンジャーさんじょう!」
「赤レンジャー!」
「もうあんしんだぞ」
そして俺はまた、テテテと檻に戻っていく。
次第におかしくなってきたのか、郷ちゃんはひとつに結んだ髪を振り乱して笑った。
そして今度は、二人して捕まったフリをして、声を合わせて助けを呼んでを繰り返し、おかしくなってそろって笑いころげた。
やっと。
疲れて座り込み、せっかく虫取りカゴに入れて持ってきたドングリの出番が回ってきた。でもネジや釘でただ潰されるだけのドングリの遊びは盛り上がらず、結局廃工場に全部捨ててきた。
廃工場でヒーローごっこをした帰り道、夕陽で赤く染まった地面を見ながら歩く俺に、郷ちゃんは言った。
「母さんがな、火はいのちだと言っていた。火がきえるのは、死ぬときなのだそうだ」
空っぽの虫取りカゴを振り回す郷ちゃんは得意そうだった。
「どういうこと? 火がきえると、ひとは死んじゃうの?」
「いや。そうではない。ひとも火もおなじなのだ」
「へえ」
わからないまま、俺はうなずいた。きっと郷ちゃんもよくわかっていなかったんだと思う。それ以上はなにも言わなかった。
炎は正義のしるしだとか、炎は強いから、悪いヤツは勝てないのだとか。
郷ちゃんがそう言っていたから、俺は炎を危険なものと思ったことはあまりなく、むしろ、正義のための強さの証だと信じていた。
しかし今回の事件も、正義のための火なのだろうか。
凪の言っていたメッセージという言葉も、それはつまり、正義を貫くためのメッセージなのだろうかと邪推してみる。
いや。
まだ情報を掻き集めなければならない段階なのだ。やはり邪推でしかない。