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第二章15  『台風の目』

 最近また少し日没までの時間が伸びてきたように思う。まだ暗くならない空模様は、やっと冬が抜けてきたように感じる。風の寒々しさがなくなれば春の到来もすぐだろうか。

 レンタルビデオ屋まで行くと、凪は中には入ろうとはせず、入口より少し手前で、はためいているノボリを指差した。

「被害はノボリ旗が三本、燃やされたようだ。ポールも使えなくなって、新しいモノになっている。見るべきはタロットかな」

「なるほどね。あとはタロットカードから見るしかないわね」

 同意を示しながら、逸美ちゃんは凪から聞いた情報を手帳に書き込んでいた。凪のような速記術を使わない逸美ちゃんは、本人か俺くらいしか読めないような大雑把な字で記していく。

「じゃあタロットカードを見ようか。すぐ目の前にあるんだ」

「うん。で、タロットカードはどこに?」

「そこの壁さ」

 凪の指差すほうへ視線を送ると、凪の言うようにここから見える壁にカードがあるのが確認できる。貼られている壁はどこかのマンションのようである。

「行ってみよう」

 逸美ちゃんのメモが終わったのを確認して俺は言った。

 近くまで行って、カードを注視する。

「THE HIGH PRIESTESS」

 と凪が英語を読み上げる。

「『女教皇』ね。しかも逆位置。意味は、残酷・身勝手・わがまま・神経質・不安定・ヒステリー。こんなところかしら。この座っている修道女のような人が女教皇よ」

「なるほど。これも、意味はいろいろ取れそうだね。むしろ多すぎるくらいだけど」

 絵解きといきたいが、どうだろうか、このカードは。女教皇そのものからどう読み解くかだけど、あまり深い意味を感じない。

 凪はうなずいて、そして言った。

「そもそも、ぼくたちは全カードに意味があると思っていないだろうか。ぼくが言いたいのはね、意味がないカードもあるんじゃないか、ということさ。単なるインタルードだよ。つまり、幕間劇でしかない可能性もあると思ったんだ」

「だとしても、幕間劇には幕間劇なりの意味があるんじゃない?」

「合間でしかないかもしれないし、そうでないかもしれない。ぼくの示唆する可能性も、開が吟味してくれたらいい。その行為自体が不要と思うなら、しなくても構わないさ」

 凪がそこまで言うなら、素直に考えておこう。

「そんなに長々と話してもらったんだ。しておくよ」

「それがいい」

 凪は文字板が綺麗な青色をした腕時計を見て、

「そろそろ、ぼくは失礼するよ。店員さんへの聞き込みは二人でやってほしい。開は愛想も容姿もいいから、簡単に聞き出せるハズだよ。ついでに口もうまいしね。もし相手が女性ではなく男性なら、逸美さんが前に出るといい。逸美さんも美人だからね」

「ありがとう凪くん。こういうこと、開くんは言ってくれないのよ~」

 と、逸美ちゃんは右手で自分のほっぺた押さえる。

 そんなこと、思ってても言うわけないだろ。

「開は面倒なヤツだからからね。身内相手には特に」

「そうなのよね、ふふっ。凪くんもなかなか整った顔してると思うわよ」

「いやいや。開や逸美さんほどじゃないさ」

 まったく。ここで発破をかけてやらないと凪のヤツ、いつまでも無駄口を叩いていそうだ。

「凪、早く行かなくていいのかよ」

「そうだったね。でも最後にひとつ言わせてくれ。情報はひとつのソースからでは信頼性に欠ける。二つ以上を照らし合わせるべきだ。ということで、じゃあまたね」

 また、と俺は軽く手を挙げる。

「またね、凪くん。ありがとう」

 あっさり引いて、凪は歩いていった。その内面の軽快さとあっさりとした感じは、やっぱり飄々としているという言い方がしっくりくる。いろいろと情報を提供してくれた凪だけれど、どんな意図で俺たちに情報を回しているのだろう。これまでも凪に計算高さを感じたことはないが、今回は……。

「ねえ、逸美ちゃん」

「なに? なにか聞きたいことでもありそうな顔してるけど」

 約一年ぶりに再会した元クラスメートについて、俺が連続放火事件に関わることになってから、どうしても一度逸美ちゃんに聞いておきたいことがあった。それも、逸美ちゃんをこうして凪に会わせてから、聞きたいことだ。

「凪について、どう思う?」

 逸美ちゃんはあらかじめ用意していた解答を配るように言った。

「うーん。凪くんは、風、って感じかな」

「どういうこと?」

 たまに感覚的で抽象的なのが逸美ちゃんの特徴でもある。

「普通の風じゃなくてね。属性としての風よ」

「属性?」

「ほら、古代ギリシアの四大元素ってあるでしょ。火・水・風・地。一般的には、この地は土に当たるの。そして風は空気。この四大元素によって、万物は作られているという考え方よ」

「で。つまり?」

 逸美ちゃんは、家庭教師のお姉さんが出来の悪い生徒に懇切丁寧に教えるような口調で、

「この四大元素というのはね、様々なものに影響を与えたのよ。そのひとつが、タロットカード」

 タロットになぞらえて凪を表現したってことか。

「カードには、大アルカナと小アルカナがあるって前に話したわよね。その小アルカナには、四つ組があるって話、覚えてる? その四つの組には、それぞれ属性が与えられているわ。それが火・水・風・地。これらは、トランプのクラブ・ハート・スペード・ダイヤのスートに当てられるし、タロットの棒・聖杯・剣・硬貨にも当てられるの。他にも、占星術的には、おひつじ座・しし座・いて座が火、かに座・さそり座・うお座が水、ふたご座・てんびん座・みずがめ座が風、おうし座・おとめ座・やぎ座が地よ」

 どう? みたいな顔の逸美ちゃんだけど、俺にはまださっぱりだ。

「ますます言いたいことがわからないよ」

 逸美ちゃんはさらに言う。

「火・水・風・地の四つのエレメントは、現代物理学の定義する物質の四態――プラズマ(火)・固体(地)・気体(風)・液体(水)――と対応しているわ。また、スイスの心理学者であるカール・ユングは、直観(火)・感覚(地)・思考(風)・感情(水)とも対応していると言っているのよ」

 しかしよく覚えたものだ。逸美ちゃんにはよくよく感心させられる。まあ、そこら辺が役に立つかは置いておくとして。

「風は、凪の属性とも考えられるってこと?」

「うん。その通り。凪くんの性格は、四大元素で言うなら風って感じがするの。水でもなければ火でもない。地とも言いづらい」

「まあ。そもそも『凪』ってさ、意味としては無風の状態でしょ?」

「そうね。かざがまえの部首の、中に入っている部分が『止まる』だからね。名前の意味はそうなるわ。『凪』というのは、波風のない穏やかな状態という意味なのよね」

「俺には、あいつが台風の目に見えるよ」

「開くん、うまいこと言うわね」

 なんというか、俺には逆に、凪は自分だけ無風の穏やかな状態であり、それはさながら台風の目のような、そんな感じに見えるのだ。

「でも、凪の名前は風関係の名前だもんね。そういえば、風は火を煽るみたいな、そういうのってなにかなかったっけ?」

 逸美ちゃんは一瞬にして膨大な記憶の引き出しから、必要な情報を引っ張り出してくる。

「五行思想に通じるわね。あれは風じゃなくて、木・火・土・金・水、なんだけどね。水剋火――水は火を消し止める、みたいな」

 なるほど。

「あ。四大元素にも相性はあるのよ。火と風、水と地がそれぞれ相性がいいとされてるの。風は火を強くするからね」

「へえ」

 今回の事件は、連続放火事件。

 エレメントにもある、火だ。

 火と風。

 これがどういう意味を持つかはわからないが、おいおい考えていくとしよう。

 さて。

 いなくなった凪のことは忘れるとして。

 俺は逸美ちゃんに向き直った。

「それじゃ、店員さんに聞き込みに行こうか」

「そうね。行きましょう」

 きびすを返し、レンタルビデオ屋へと戻った。

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